”人が全然足りない”日本社会はどうなっていくのか…これから賃金が上昇する「納得の理由」

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この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?

なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……

注目の新刊『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

日本経済はいま、長く続いたデフレーションの出口に立っている。これからの物価上昇の原動力となるのは、構造的な人手不足とこれに伴う賃金水準の上昇である。日本経済の構造が変化するなかで賃金はその行方を左右する重要な変数になっており、長期的な視点に立てば、人手不足の深刻化による労働市場のさらなる需給ひっ迫は、今後も継続的な賃金上昇を引き起こすことになるだろう。

もちろん、現実の経済はそんなに簡単なものではないという異論もあるかと思う。しかし、日々統計データの動向を分析し、かつ企業経営者や個々の労働者の実際の行動を丹念に探っていくなかで、大局的には、これまでさまざまな実証研究によって証明されてきた標準的な賃金決定の理論が現代日本においてもいまなお当てはまっているということを、強く実感させられるのである。

このように考えれば、人口減少経済の行く先を予想することはそう難しいことではない。今後は賃金上昇を媒介として労働者の労働参加はさらに拡大し、その一方で企業は省人化に徹底的に取り組むことを強いられる。市場メカニズムが人手不足を解消するために必要な調整を促す展開になるのである。

物価や賃金の動向はあくまで財・サービス市場や労働市場の需給から決定されるものであって、上がるから良くて下がるから悪いという単純なものではない。しかし、価格や需給環境の変化に応じて、各経済主体の行動様式が変わるということもまた事実である。そうであれば、これから恒常的に続くとみられるタイトな需給環境は、はたして日本経済の高度化につながりうるのか。これが今後の日本経済をめぐる最大の焦点になるとみられる。

そして、これは当然に企業の生産性上昇の取り組みが市場環境の変化についてこられるかという点に依存する。つまり、生産性の上昇が追いつかず財・サービス市場や労働市場の価格だけが上がっていくというシナリオもあれば、価格上昇に生産性の上昇がしっかりとついていくというシナリオもありうる。どちらのシナリオが色濃くなるかについては、その時々の科学技術の動向などにもよることから、ふたを開けてみないとわからないというのが正直なところでもある。

しかし、『ほんとうの日本経済』で紹介した多数の企業の事例からもわかるとおり、企業経営者の多くはこの新しい経済の局面に対峙するなかで、生き残りをかけた経営改革に乗り出そうとしている。そして、その過程において、多くの企業が現代の新しい技術を活用しながら現場の業務構造を抜本的に変革しようとしている様子をうかがい知ることができる。こうした企業のさまざまな事例を見ていくと、これから起こる物価や賃金の上昇局面に対して、企業の生産性上昇の取り組みがこれについてこられる可能性は十分にあると感じる。

そうであれば、これからの新しい経済の局面において必要になる考え方は、人が足りないから人を移入させようとか、企業が困っているから補助をしようというような発想ではなく、むしろ日本の企業経営者や個々の労働者が持つ潜在的な力への厚い信頼を基礎として、市場メカニズムに身をゆだねながら必要な調整を促していくという考え方になってくるのではないか。こうした前提のもとでは、政府の政策による関与についてはあくまで市場ではどうしても解決できない問題にとどめるべきであって、民間経済への政府による不要な介入は原則として避けるべきであると思う。

これまでのいつの時代においても、日本経済の高度化をけん引してきたのは民間企業の活力であった。今後、日本社会が市場メカニズムに真摯に向き合うなかで、経済の供給能力が十分に高まっていくことになれば、これから先の日本経済はまた新たな定常に向かう。そこには、従来の農業や製造業だけでなく第三次産業も含め、機械と人が高度に組織化された豊かな経済社会が広がっている。そして、それは世界に比類のない日本独自の経済システムになる。他国に先駆けて人口減少経済に突入しようとしている日本社会の選択に、世界がいま注目している。

つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。

多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体