日本人の多くが誤解している「インド」という国…「親日」だけでは済まない「本質」

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軍事・経済共に世界第3位の超大国になりつつあるインド。2040年代には米中印の「G3時代」を迎える、とも言われている。核保有国でもあるインドは、国境を接する中国とは対立しつつも非同盟中立という姿勢を崩さない。

日本国内の認識とは裏腹に、インドの関係性定義は日に日に重要度を増しているーー中国研究者でありインドの国立大学研究フェローの中川コージ氏は『日本が勝つための経済安全保障--エコノミック・インテリジェンス』(ワニブックス刊)にてそのように主張する。本書より一部を抜粋して紹介する。

高い成長率を維持するインド

2024年、中国の人口を超え14億人オーバーの世界最大の国民を抱えることになったインド。GDPについても、為替換算によって若干の変動はあるものの、圧倒的な第一グループである米中に続いて第三位から第五位の間の第二順位グループに食い込んできています。

年齢中間値はまだ20代のこの「若い国」(日本は48歳!)は、人口ボーナス期を迎えて高い成長率を維持しています。軍事費は今世紀に入ってから対GDP比で2.5から3%を確保、数年前から2%近傍、2024年度予算では2%を割り込みましたが、米中(露)に続き、現状でさえ世界で第三位ないしは第四位の軍事大国であります。急速な経済成長によってさらに軍事費総額は大きく増えていくでしょう。

歴史的に対立を深めてきたパキスタンや国内テロとの闘いを念頭にインテリジェンス当局(RAW=調査分析局)もすこぶる元気で、核保有国でもあります。どこをどう切り取っても成長余剰が大きいのです。

日本とインドの関係性は未定義

もちろん、米欧諸国が批判するように数々の人権問題やヒンドゥーナショナリズムやカースト制の将来内在課題、内政腐敗問題などを抱えていますが、米中と並ぶ超大国入りするゴールデンチケットをすでに持っているのがインドであるといえるでしょう。

日本では、「超大国」に手をかけたインドというイメージが薄いため、まだまだ遠い途上国といった扱いをメディアでされることが多いものですが、数字から見ても全くそれは間違った認識でしょう。またインドは「親日」といったイメージも多いものの、それも鵜呑みにすると、誤解を生じやすいものです。

米国が対中対立を深める中で、敵の敵は味方論に基づいてインドを味方につけようとする動きが目立ちます。そうした米中対立の文脈と宣伝戦の影響を受けた日本としては、インド=良い国、と漠然と考えられてしまっているようですが、実際には、日本とインドの関係性は未定義であるといえます。

現在の日本ではあくまでも中国=ヒール役、チャイナ・ファクターがあってこその、日印友好が全面に押し出されている気配があります。日本側はインドの本質を見極めて、早急に日本と、ニューカマー超大国インドの関係性定義をしなければならないタイミングになってきています。

印中間で顕在化する経済安全保障

インドの経済安全保障もまた、中国との間で分かりやすく顕在化しています。

現在三期目を迎えるナレンドラ・モディ政権ですが、2014年の第一期政権発足からしばらくは中国との関係は安定的でした。

しかし2020年に印中間の係争地であるガルワン渓谷に中国が進出したことに端を発して、両国軍の間で戦闘が発生しました。一連の戦闘によって、インド側の発表によればインド兵20名が死亡しました。

中国側は本件の世論的エスカレーションを避けるために被害状況の言明を避けましたが、死者数は若干名あったとされています。情報統制の盤石な中国側は核保有国同士の挑発スパイラルを忌避して、国防部、外交部またネット言論統制など様々なルートで冷静さを演出しました。

対中強硬策に転じるモディ政権

一方で、ナショナリズムの高揚が内政的にポジティブな側面を持つモディ政権は対中強硬策に転じ、過激さを増していきました。インド国民感情も刺激され反中感情が増長されていきました。同じ事件に対して、印中両国の対応が綺麗なコントラストを描いて真逆になっていました。

その後、本事件を受けて、インド政府はBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)らのメッセンジャーや検索サービス、バイトダンスのTikTokなどの国内使用を禁止にしました。すでにインド内でシェアを拡大していたシャオミーなどの中国資本スマホブランドなどへの規制も強化されました。

中国内で製造された製品をインドに輸入することの阻害にもつながり、モディ政権が従前から掲げていた「メイク・イン・インディア(インド内の生産製造インフラを向上させる総合的施策)」とも合致しました。しかし現実的には、シャオミーらはインド内生産を拡大するものの重要なハイテク部品は中国製造品の輸入に頼らざるを得ないと言われています。

これら一連のインド側のアクションは、中国側にどれだけのダメージを与えたかの計量問題は別にして、ガルワン渓谷での印中間衝突を受けたインド側のエコノミック・ステイトクラフト発動といえるでしょう。

印中の立ち位置ギャップ

ただし、インドにとって中国は単独の国家主体として最大の貿易相手国である一方で、中国にとってインドは対全世界貿易の数パーセント程度の相手国にすぎない、という相手国の立ち位置ギャップがあります。

さらに、規制対象となった中国資本企業は企業戦略上の修正を余儀なくされたはずですが、民主的な政治体制の国とは異なり、それらの中国企業が主体的になって中国財界から中国政府を突き上げるという手段を持ちあわせていません。

逆の例示としては、日本の特定産業がどこかの国からエコノミック・ステイトクラフトを発動されたら、日本政府は当該産業支援に動かざるを得ません。

もちろん、中国政府も当該企業群を支援するかもしれませんが、支援するか放置するかは、情緒的民意ではなく国家戦略に合致するか否かで決定されるものでしょう。中国内の言論空間においても、中国企業の不利益が中国政府への不満に転換されることを、中国政府はブロックすることができてしまいます。

よって本件のエコノミック・ステイトクラフトは中華人民共和国という国家としての経済ダメージは軽微であります。類型化するならば、本件(インドによる対中エコノミック・ステイトクラフト)は、相手国威圧型というよりも国威発揚型エコノミック・ステイトクラフトという印象が強いものです。

米中印の「3G」世界で、日本はどう生きていくか

米中対立(G2構造)の中における、「非同盟中立」「非同盟2.0」「戦略的自律性」「プルーリラテラリズム」を標榜しながらも国力途上中の謎の自信だけを持つ国といった、現代の日本国内に認知されたインド像だけではその将来の振る舞いを分析しきれません。

経済力を蓄え、軍事力を強化し、国際インテリジェンス能力を高め、外交力を重層的にし、国際フレームワークを活用し、ソフトパワーを発達させ、自信を強めた2040年代以降のインドの姿を見据えれば、超大国として独立した一つの極を形成するインド像の想定が急務でしょう。我々がいま議論しがちなのは、米中のどちら側にインドがつくのか、権威主義側か民主主義側かというものですが、それとは全く異なったロジックです。

今般話題のグローバルサウスの盟主に誰がなるかなどは矮小化された議論であって、メタな米中印というG3の競争対立構造が絶対的に支配する可能性があります。

米中対立は2プレーヤーの関係性でしたので計算が単純でしたが、G3は2プレーヤーが握れば1プレーヤーが没し、相対的に強くなった2プレーヤーが覇権を争う過程の中で没していた1プレーヤーと組むなど、動的で複雑な環境パラダイムを生成してしまいます。

まるで、小説『三体(The Three-Body Problem)』(劉慈欣・著)の世界のように、G3の配置によって「恒紀」と「乱紀」を繰り返し、米中印以外の諸国はその環境影響を受けながら生存空間を探し続ける世界がやってくるかもしれません。

続く記事【世界を見れば「反中」の国はそんなに多くない…日本が目を背けてきた「事実」】ではアメリカから世界覇権奪取を目指す中国の実像に迫ります。

世界を見れば「反中」の国はそんなに多くない…日本が目を背けてきた「事実」