【運動科学者が明かす】続けると健康を害するかもしれないのに…一流選手は決してやらない「ダメな筋トレ」が決してなくならない深いワケ

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やみくもに筋力アップだけを目指す筋トレ(ラフ筋トレ)は健康を害する可能性がある。間違った筋力トレーニングの弊害を示す科学的研究もある。にもかかわらず、なぜ筋トレ愛好家はラフ筋トレをやめられないのか。運動科学者・高岡英夫氏が行った超一流選手との対比に基づく独自の分析を、『レフ筋トレ 最高に動ける体をつくる​』​よりお届けしよう。

【前編】全力で筋トレしてはいけません! 75歳にして現役の武術家・運動科学者が提唱する「筋トレ革命」とその中身

なぜ、ラフ筋トレはなくならないのか

1989〜93年にかけて発表した『鍛練の理論』(恵雅堂出版)をはじめとする鍛練シリーズ4部作などの著作を通じて、私は関係主義の立場から批判を行いましたが、この理論に触発された勉強熱心なスポーツ科学者、コーチ、トレーナーなどが、トレーニング方法の改革に着手し始めます。

私の用語を使って表現すれば、「ラフ筋トレ」を一新しようというのですから、この改革は日本スポーツ史上最大の意義をもつものだったはず、なのですが、はたしてその改革が完遂されたのかというと、「レフ化」の奥行の真の深さと広さを知る私が見る限り、ごく一部の例外を別にすれば、まだまだ大きな“のびしろ”が残されていると感じています。

そのおもな原因は2つあります。

一つは、「ラフ筋トレでも、筋量と筋力はアップする」という事実にあります。

高校野球を例に挙げましょう。常に甲子園出場を決め、優勝候補に挙がるようなチームが、専門のトレーナーを招いて徹底した筋トレを行っていることがあります。個人に目を向けると、プロ入りがささやかれ、実際にドラフト指名される高校球児がいるような学校でも、「ラフ筋トレ」は行われています。

「ラフ筋トレ」を徹底的に行えばスキルは落ち、打撃やピッチングが粗っぽくなるなど、選手の能力は伸び悩み、さらに精神面でも成長できません。

ところが高校野球の場合は、ある程度の素質さえあれば「筋力が上がったこと」そのものがプラス要素となり、強豪校に所属していてもレギュラーとして通用する場合があるのです。ときには好投して観客を驚かせたり、4割以上打つなど活躍してプロに誘われる選手すら出てきます。

ところが、その先のプロ野球ともなると、ほとんどの場合、歯が立ちません。プロ野球の世界では、単なる筋力はアドバンテージにならないのです。脳と身体の高度な統合に基づいた優れたパフォーマンスが発揮できなければ、一軍のレギュラー選手にはなれません。

余談ですが、高校野球のシーズンになると私がつい、やってしまうことがあります。個々の出場選手に着目して、

「彼は一軍で継続的に活躍するはずだ。○」

「一軍には上がれるが、継続的に活躍するのは難しいだろう。△」

「この選手は、残念ながら一軍では通用しないだろう。×」

と、将来の選手の伸びを3段階評価で予測してみるのです。

結果は、ほとんど予想どおりになります。普段からレフ筋トレを実践する私の目から見れば、能力の向上が頭打ちになりそうな選手はその理由とともにわかるのです。

「やり切った感」という避けがたい罠

ラフ筋トレがなくならない、さらなる原因として挙げられるのが、ラフ筋トレによって得られる2つの満足感、「筋肉隆々の満足感と自信」と「やり切った感」です。前者の「筋肉隆々の満足感と自信」はあまりにわかりやす過ぎるので、論じるまでもないでしょう。記事では後者だけに話を絞ります。

ここで、ちょっと思考実験をしてみましょう。腕立て伏せをしている自分を想像してください。あるいは、本書を脇に置いて横目で見ながら、実際にやってくださっても構いません。回数は筋力(筋持久力も含む)の強さに応じて適切に選んで決めてください。

まず軽くできる適切な回数を10〜15回の間で選んで決定、その回数をnとし、全力でn回、プッシュアップしてください。ちょっと疲れましたね。

続けて同じペースで2n回までがんばってみましょう。三角筋や上腕三頭筋がパンパンになってきました。

さらに3n回までペースを落とさずに続けてください。限界でしょうか? いや、ここで挫けてはいけません。まだがんばってみましょう。

ペースを落とさずに4n回目、ぐっと曲げた肘を「ッッッアアアア!」と絶叫しながら伸ばしきって、あなたは見事、腕立て伏せ4n回をやり終えました。n=10の人で40回、n=50の人で200回です。

何を感じますか? 筋肉の張りや疲労感とともに、妥協せず、甘えず、限界までやり切ったという心地よさが残るのではないでしょうか。それこそが「やり切った感」です。

ラフに筋トレに打ち込んでいる人は、いつしか筋トレよりも、この「やり切った感」を味わうためにトレーニングに励むようになります。トレーニング以上に、トレーニング後の感覚がある種の“生きがい”になってしまう──そういう現象が見受けられるのです。

もちろん、それも間違いなくひとつの大事な価値観ですが、ラフ筋トレを続けても、人としての能力の向上はかなり早い段階のどこかで頭打ちになります。さらに、過剰にやり続ければ健康を害することにもなりかねません。同じ負荷の筋トレをレフにやれば健康増進につながり、ラフにやれば健康を損ねるリスクが高くなることが科学的に解明できています。

固く肥大しモコモコした扱いにくい筋肉、そして一時的な「やり切った感」の2つと引き換えに、「健康」や「人としての成長」から遠ざかっているとしたら、それは誰にとっても実にもったいなく、残念なことではないでしょうか?

超一流は必ず「レフパワー」を身につけている

筋トレを「筋量と筋力を増大させる手段」にすぎないと思っている人も多いことでしょうが、筋量と筋力の増大は、筋トレの一面──心技体の「体」の部分の、ほんの一部──にすぎません。

筋トレとは本来、身体のありかたそのもの、意識(心)、スキル(技)、認識力、はては人間関係の能力など、脳が司つかさどる多様な能力をもその要素として含んだ、トータルな人間現象としてとらえられるべきものであり、ラフパワーではなく、レフパワーを向上させるものでなくてはいけないのです。

すでに見てきたとおり、筋トレにラフに打ち込んでいる人ほど、身体の全組織を緩解させる必要があることを忘れてしまい、また、センター(軸)を通す必要があることまでを忘れて打ち込んでしまいます。そのような人は例外なく、強い筋出力をするときに顔を歪め、うめき声をあげ、力みかえっています。

では、レフな筋トレに取り組んでいるアスリートたちはどうかというと、まったく対照的に、ゆるゆるにゆるみきって、素晴らしくバランスの取れたセンター(軸)が通り、穏やかに飄々(ひょうひょう)とプレーに取り組んでいます。その表情、身のこなし、そして言動は、すべてレフパワーによるものです。

以前の記事では、その身体使いから見て、日々レフな筋トレに取り組みレフパワーを高めていた(あるいは現在も高めつつある)と思われるアスリートを紹介しました。イチロー、大谷翔平、ウサイン・ボルトの3人です。

真のトップ・オブ・トップは、ほかのアスリートと比べてもさらにゆるみきって、圧倒的にバランスの取れたセンター(軸)が通り、まったく力んでおらず、穏やかで、外からは冷静に見えるし、内面では実に冷静に集中しているのです。

彼らはクールな表情で驚異的なパフォーマンスをこなしてみせます。それが観客を引きつけますが、試合中に限らず、トレーニング中はもちろんのこと、練習から生活のあらゆる場面にわたって、高く洗練された身体活動を続けています。それこそが運動から行動、生活全般の「レフ化」であり、脳のレフ化による「生き方のレフ化」です。

選手のメンタルもレフ化されてきますが、そのことは表情や発言からわかります。一挙手一投足、言葉の一つ一つに精神性が現れ、見ている人がひきつけられるのです。

だからこそ私は、筋トレを全人的な現象、つまり人間のさまざまな能力領域に影響を与える現象だと説いているのです。筋トレブームと言われて久しい昨今、レフ化の視点が欠けているのは、恐ろしいほどにもったいないことと言わざるを得ません。

全力で筋トレしてはいけません! 75歳にして現役の武術家・運動科学者が提唱する「筋トレ革命」とその中身