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【経済ニュースの核心】

「ニデック記念館」設立で流れる創業者・永守重信氏の退任説…2027年完成で憶測呼ぶ

 超克するには乗り越えるべき壁があまりに厚かったということか。ヤマハ発動機(ヤマ発)の日郄祥博社長が9月末、辞任した。後任は渡部克明会長が兼務する。

 日郄氏は同16日午前3時ごろ、静岡県磐田市の自宅で就寝中、同居する娘に包丁で切り付けられ、長さ15センチの創傷を負った。キズの程度は「軽傷」とされているが、肉体的な損傷より事件が本人はもとより、それを目撃したであろう家族に与えた精神的衝撃の深さはいかばかりだったろう。想像を絶する。このためまずは「家族のケアに専念したい」として、トップのイスをなげうつ決断に踏み切ったという。

 これに対してSNS上などでは「最善の選択」などとしておおむね好意的な受け止めが広がる。市場の動揺も今のところ見られない。むしろ辞任発表後のヤマ発の株価は上昇気味だ。殺人未遂容疑で逮捕された娘も10月4日には静岡地検が不起訴処分を決定。家族のもとに帰された。理由は開示されていないものの、日郄氏らによる「尽力」が功を奏したとも言われる。

 それにしても「辞任」とは異例の決断だが、それを後押ししたであろうとみられているのが、足元におけるヤマ発の業績の好調ぶりだ。2023年12月期は売上高2.41兆円、営業利益2506億円といずれも過去最高を更新。今12月期も売上高2.6兆円、営業利益2600億円と増収増益が「ほぼ確実」(市場関係者)な見通し。4期連続で史上最高を塗り替える。

 ヤマ発はホンダに次ぐ世界2位の二輪車メーカーだ。海外売上高比率は9割を超えるが、ブラジルやインド、インドネシアといった新興国を牽引役に高価格帯のバイクの売れ行きが止まらない。これに「想定外の円安」(ヤマ発関係者)といった追い風も吹く。1750億円としている今期の最終利益予想も「近々、上方修正される」(証券筋)との観測が専ら。日郄氏からすれば、現経営陣に後事を託すことへの不安は相対的に少なかったと思われる。

 逆に言えば仮にヤマ発の業績が低迷し、その台所が「火の車」であったなら、日郄氏の懊悩と煩悶はそれこそ極限状態に達していたに違いない。

 その日郄氏にとって心残りがあるとすれば底ばいが続く国内二輪車市場の活性化か。「経済産業省と振興策を探っていた」(事情通)とされるが、その姿はまだ見えていない。

(重道武司/経済ジャーナリスト)