『エイリアン:ロムルス』©2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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「構造も攻撃本能も見事なものだ。すばらしい純粋さだ。生存のため良心や後悔などに影響されることのない、完全生物だ」

参考:『エイリアン:ロムルス』意外な健闘? 評価と興収が連動してこなかったシリーズの歩み

 1979年、邪悪なダイアログとスイスの画家ギーガーのデザインによって生まれた宇宙生物エイリアンが、再び恐怖の威光を取り戻したようだ。20世紀フォックスがディズニーに買収されてから初めてとなるシリーズ最新作『エイリアン:ロムルス』が北米をはじめ、世界中で大ヒットを記録している。45年にわたり続いてきたシリーズ通算7本目となる最新作。とはいえ、人気が翳る度にリブートが行われ、完全復活とは言い切れない結果を繰り返してきただけに、今回の仕上がりに懐疑的なファンも少なくなかっただろう。監督は『ドント・ブリーズ』などを手掛けてきたウルグアイ出身のフェデ・アルバレス。第1作『エイリアン』から『プロメテウス』『エイリアン:コヴェナント』とシリーズを継続してきた創造主リドリー・スコットは、プロデュースに回った。

 舞台設定は第1作と第2作『エイリアン2』の間。宇宙の果てにある植民惑星で若者たちが過酷な開拓事業に従事させられている。レイン(ケイリー・スピーニー)らは衛星軌道上に浮かぶ廃船“ロムルス”に忍び込み、新天地を目指そうとするが、そこには恐ろしい秘密が隠されていた。ファンには懐かしい伏線をちりばめつつ、アルバレスはシリーズに馴染みのない観客を惹きつけることに成功している。形態によって異なるクリーチャーの怖さが際立ち、おなじみのエイリアン初登場シーンには古参ファンも膝を打つ新味があった。ゲーム好きを公言しているアルバレスだけに、シリーズ初期作の強い影響を受けている『バイオハザード』(映画版ではなくゲームの方)を一周回って取り入れた感もある。次から次へと訪れる危機と状況設定の明確さはさながらゲームプレイ的で、現在の観客にはちょうどいいテンポ感かもしれない。

 『エイリアン:ロムルス』が『エイリアン』や、時系列では最も古い『プロメテウス』の要素を引き継いでいることから、シリーズ未見の観客はこの機会に過去作にも触れてみたくなるところだろう。名だたる巨匠がほぼデビュー作で挑んできた『エイリアン』シリーズは、設定も主人公も同じながら作品ごとで全く異なるトーンを持つ独自のフランチャイズである。その意欲的な試みは時にファンの反感を買うことも少なくなかったが、現在のハリウッドでこれほどチャレンジングな続編開発はそう容易くはない。

 第1作『エイリアン』は1979年、長編第2作目となるリドリー・スコットが監督した。御年87歳、今なおハイペースで大作を撮り続ける巨匠が、45年前にはあらゆるSF映画に影響を及ぼすヴィジュアルスタイルを確立していたことに驚かされる。薄汚れた船内のインダストリアルデザインや、未知の惑星の景観は後の自作『ブレードランナー』から近年の『オデッセイ』に至るまで見受けることができる。舞台となる宇宙船ノストロモ号は、石油リグにも見えれば古城にも見え、なぜか雨が滴る貨物スペースはSFでありながらゴシックホラーの趣を湛える。エイリアンの姿をほとんど出すことなく、劇伴も極限まで抑えられた洗練は現在の観客により静かで、不気味に映るはずだ。

 映画は中盤に至るまで主人公を明らかとしない群像劇の体裁を取っており、誰が生き残るのかわからないスリルがある。ジョン・ハート、ハリー・ディーン・スタントン、イアン・ホルムら名優が揃ったキャスティングはジャンル映画のリアリズムを補強し、性格俳優によるアンサンブルは後のシリーズにも受け継がれていく。物語が進むと、観客は徐々にリーダーシップと凛々しさを発揮していく航海士リプリーこそが主人公であることに気付き始める。今でこそアクションヒロインの代名詞とも言えるリプリーを、当時まだ新鋭のシガーニー・ウィーバーが舞台仕込の演技力で造形した。実力派女優の起用は『エイリアン:ロムルス』にも反映され、ウィーバーとは対称的に小柄で、未だ少女の面影を宿すケイリー・スピーニーは恐怖演技で“受けの芝居”の巧さを見せ、先達に比肩している(日本では10月4日より公開されるスピーニーの出演作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』も必見)。

 エイリアンの造形をはじめ、性的隠喩がちりばめられているのも本シリーズの異色さであり、1986年の続編『エイリアン2』では心的外傷に苦しめられるリプリーの再生をテーマに、キャラクターはさらに深められていく(ウィーバーはこの第2作でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた)。監督は当時、『ターミネーター』をヒットさせたばかりのジェームズ・キャメロン。後に『タイタニック』でオスカーを制し、『アバター』シリーズで歴代興行収入記録を塗り替えた大ヒットメーカーが当時32歳で見せた才気みなぎる演出は、全てを手に入れた現在よりもずっと巧みだ。前半1時間を超えるまでエイリアンを出すことなく、トラウマを負ったリプリーの葛藤を丹念に描く。リプリーは1作目の後、50年以上もコールドスリープしたまま宇宙を漂流し、地球に残してきた娘と死に別れてしまったのだ。そんな彼女のもとに宇宙開拓団と交信が途絶えたとの報告が入る。屈強な宇宙海兵隊に随員するリプリーは唯一生き残った少女ニュート(キャリー・ヘン)と出会い、彼女を守るべくエイリアンの大群と戦いを繰り広げていく。母性・女性信奉とも言うべきモチーフは後のキャメロン作品の重要な核となり、プロットラインは『アバター』でも反復された。怒涛のアクション演出が今なお観る者を熱狂させる、紛れもないシリーズ最高傑作だ。

 人気を決定付けた『エイリアン2』から6年をかけ、1992年に『エイリアン3』が公開される。監督は本作が長編映画デビューとなったデヴィッド・フィンチャー。巻頭早々、前作で好評を博した人気キャラクターたちを退場させ、キャメロンの作った戦争映画のトーンから再び密室ホラーへと転換。暗く陰鬱な世界観は不評を買い、後年にはニール・ブロムカンプが『エイリアン2』の正統続編をリブートする報も飛び交った。フィンチャーは自身のビジョンを実現するため毎日のようにスタジオ側と衝突し、憔悴。以後、監督第2作『セブン』まで3年を要することとなる。彼が今なお本作を忌み嫌っていることは、2023年作『ザ・キラー』に主人公の“仕事”を解せぬ投資家を登場させたことからも伺える。2004年には約30分の未公開シーンを収めた『完全版』がリリース。ディレクターズカットではないものの、劇場版では省略された人物や世界観の描写に時間が割かれ、宗教的モチーフとSFホラーの組み合わせはシリーズを追い続けてきた者にこそ満足感がある。アメリカ映画界を代表する巨匠となったフィンチャーのデビュー作は、今なお一見の価値ありだ。

 SFホラーというジャンルやクリーチャーデザインだけではなく、リプリーの受難と戦いこそがシリーズの骨子であったことは今振り返ることでよくわかる。1997年には『エイリアン3』の200年後を舞台にした続編『エイリアン4』が公開。遺されたリプリーの血液から軍がエイリアンを再生し、生物兵器に転用しようと目論む。監督はフランス人のジャン=ピエール・ジュネ。ファンタジックでビザールな悪夢的SF映画『デリカテッセン』『ロスト・チルドレン』のヒットで白羽の矢が立った格好だが、ジュネが後にラブコメディ映画『アメリ』で世界的なヒットを飛ばしたことを思うと、要求されていたのはたった4日で現場を離脱したという共同監督マルク・キャロのテイストだったのではと推測される。撮影監督は後にフィンチャーはじめ名だたる名匠の作品を手掛けていくダリウス・コンジ。全編、セピアがかった仄暗さとシリーズ随一のグロテスクな美意識に彩られた異色作である。シガーニー・ウィーバーはエイリアンと人間のDNAが混ざったクローン・リプリーを超越的に演じ、当時人気絶頂期だったウィノナ・ライダーとの間には耽美的な妖しさも漂っていた。

 地球に降り立ったクローン・リプリーは「これからどうなるの?」という問に「わからない。私にも初めての星よ」と答える。第1作目から18年、リプリーの物語は全く異なるペルソナの帰還で終焉を迎え、シリーズは行き先を見失っていく。2004年には20世紀フォックスの人気キャラクターの1つ、プレデターとエイリアンが戦う企画モノ『エイリアンVS.プレデター』が公開。今日で言うところの“ユニバース”が形成されるが、まるで宇宙サムライのようなプレデターを前に終始やられ役に徹したエイリアンからは、本来の神秘的なまでの邪悪さが失われてしまっていた。

 これに業を煮やしたリドリー・スコットはシリーズ第1作に登場した宇宙人の正体と、エイリアン誕生のルーツに迫る『プロメテウス』を製作する。しかし、人類の起源にまで至るデイモン・リンデロフの壮大な脚本は2時間の劇映画には過積載で、オリジンの輝きを取り戻すには至らなかった。筆者は劇場公開当時、大作監督スコットのIMAX絵巻に魅せられたものの、スマートフォンやパソコンのモニターで視聴する現在の観客には物足りなく映るかも知れない。スコットはさらに2017年に続編『エイリアン:コヴェナント』を発表。自身のもう1つの代表作『ブレードランナー』にも緩やかに交錯しながら、創造者と創造物の関係を描く哲学的な主題は『エイリアン』シリーズから遠ざかり始める。とはいえ、歳を重ね厭世と死の匂いが濃くなり始めた老匠のフィルモグラフィから見れば、禍々しいまでの邪悪なムードを湛えた本作には気圧されてしまうものがあった。スコットは3部作を構想していたようだが、20世紀フォックスがディズニーに買収されたことで企画は消滅する。

 そんな45年間の紆余曲折を経た『エイリアン:ロムルス』の大ヒットを受け、さっそく続編の噂が飛び交っている。アルバレスはオリジナルシリーズに則り、拙速な製作を避け、十分な企画開発を行う意向のようだ。一方でディズニーはフランチャイズの拡大に余念がなく、2025年にはテレビシリーズ『エイリアン:アース』がディズニープラスで配信される。物語は『プロメテウス』からさらに時代を遡り、シリーズ初の地球を舞台に展開するという。ショーランナーを務めるのはノア・ホーリー。テレビシリーズ版『ファーゴ』やマーベル原作ドラマ『レギオン』を手掛けてきた奇才だけに、相当捻った作品になるのは間違いない。シリーズの伝統に倣えば『エイリアン:ロムルス』とは全く異なるトーンで観客をギョッとさせることも大いにあり得る。衝撃と慄きは『エイリアン』シリーズの醍醐味である。今こそ異形のシリーズをぜひとも楽しんでもらいたい。(文=長内那由多(Nayuta Osanai))