「ヤッター!」中学受験2月初の”合格”も…第一志望の「不合格」親が子にできること

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「勉強嫌いの息子の中学受験は、完全に親のエゴでした。でも最後に『中学受験をしてよかった』という息子の言葉を聞いてホッとしています」

こう語るのは、森将人さん。慶應義塾大学を卒業した元大手証券ディーラーだ。

どのように「親のエゴ」と感じたのか。そして子どもとどのようにコミュニケーションを取り、「やってよかった」という言葉が出てきたのか。

息子の孝多くん(仮名)との受験の道のりを率直に綴る連載「勉強嫌いの中学受験」第10回は第一志望の慶応受験をはじめ、首都圏の中学受験の天王山と言われる2月2日と3日の受験のリアルを伝えている。

「前受け校」は1月に合格していたが、地方の学校で行く予定はなかった。第2志望の立教新座が受かっていたら2月1日以降慶応だけに集中する計画だったが、補欠合格だった。そこで、2月1日の午前中に第1志望の慶応を受け、遅刻しながらも午後都市大附属を受けた。しかし遅刻があだとなったか、残念ながら不合格。確実に行きたいと思える別の学校の合格を目指し、作戦を立てる。

そして2月2日午前中には第3志望の明大付属校、午後には都市大等々力を受験。どちらかが合格しないと、ますます焦りを感じてしまう。

ではその結果はどうだったのか。携帯を開き、結果のボタンを押したのは孝多くん本人で……。

ついに合格だ

「ヤッター」

孝多の声が、車中に響いた。ついに合格だ。

妻がすぐに、家で留守番している青葉に伝える。大喜びの孝多と、運転して気が抜けないぼく。合格発表にこれほど実感できない展開は想像していなかった。

家では青葉が、喜んで待ってくれていた。青葉も今まで、よく我慢してくれた。気まずい雰囲気になると、青葉は家のなかで居場所がない。家族の邪魔になると、八つ当たりの罵声が飛んでくるからだ。

「早く受験が終わって、家が平和になるといいな」

青葉はよく一緒に風呂に入ると、嘆いたものだ。それがもう目の前に来ている。晩ご飯を食べると、孝多はすぐに翌日の慶応中等部の準備をはじめた。準備といっても今から過去問を解く時間はないし、簡単に解説を眺める程度だ。少しでも雰囲気がわかればいい。

大事なのは、前向きな雰囲気でテストを迎えることができることだ。慶応中等部の問題は、今までほとんど解いたことがない。実力勝負だ。できなくても仕方ないと思えば、気楽に受けることができる。

子どもたちが笑顔で話している姿は、最近見ていなかっただけに新鮮だった。兄妹が仲良くなったように思えるのが一番うれしい。孝多は9時半に布団に入ったが、気持ちが高ぶっているのかなかなか寝られない。

何度も理由をつけては布団から出て、10時に発表された都市大等々力の合格を確認してから眠りについた。S特選という、最難関国公立大学を受験するコースでの合格だ。明日が最後のテストに決まった。もしかしたら、人生最後の進学受験になるかもしれなかった。

3日に「第一志望」の合格発表が

2月3日。

受験の最終日だ。3年間いろいろあったが、ついにここまで来ることができた。朝は緊張感より開放感のほうが大きい。勉強もほとんどしていないが、何もいう気になれない。お守りがあると、自信がつくのだろうか。

一番の変化は顔つきだ。受験する服装は、襟付きのシャツにVネックのセーターというのが慶応スタイルとして知られている。慶応普通部の受験の際には取ってつけたようだったこのスタイルが、今では板についている。二日間でここまで表情が変わるのだろうか。

三田に向かう電車のなかは、受験生が少ない。子どもたちも、順次ゴールを迎えているということか。みんな開放感からか、テキストも見ていない印象だ。孝多を送って帰ると、ぼくは図書館と買いもので時間をつぶした。

ぼくが考えていたのは、慶応普通部の合格発表をどこで確認するかだった。ほかの友だちがいない場所がいいが、中等部からの帰り途中なので中途半端な場所になってしまう。友だちと話しながら出てくる孝多を迎えると、駅に向かう階段で合格発表を見ることにした。

慶応普通部は、専用のサイトに合格者の受験番号が順番に並べられる。ぼくが先に結果を確認する気はなかった。受験するのは孝多だし、何度も自分で確認したいといっていたからだ。

スマホで…

「ない」

孝多が驚いたような表情を見せた。もう一度確認して、補欠合格の欄に気づいて、そちらもたしかめる。そこにもない。ぼくにスマホを返したとき、ぼくは孝多から目を背けそうになった。

今までどれだけの時間を、普通部の対策に使ってきただろうか。合格する確信がどれほどあったかわからないが、自分なりにやってきたことに自信を持っていたのだろう。ショックで声も出ないようだった。

「ママと青葉が新宿にいるけど、一緒にご飯食べるか?」

「ここで食べるよ」

孝多は一人で、駅ビルに入っていった。田町駅近くの駅ビルは、週末ということもあって休みの店が多い。案内版を見ると、地下にあるイタリアンに向かった。

店の前では、親子が喜んで電話している。スマホをスピーカーにして話している様子からすると、慶応に合格したのだろう。ものすごい喜びようだ。

「オレも6年間勉強して、慶応に入りたい」

「ずっと頑張ってきたからな」

大学受験で、もう一度挑戦するということだろう。自分の気持ちを見せてくれた孝多を誇らしく思うと同時に、今まで頑張ったことをねぎらってあげたかった。

慶応だけが進路じゃないし、明治だって立教だっていい学校だ。10年間通うだけの意義がある。勉強以外にやりたいことが見つかれば、それを追いかけたっていい。でも今はそんなことをいう気になれなかった。

「今から受けられる慶応ってないの?」

イタリア料理店では、中等部の受験帰りの生徒はすぐにわかる。親と二人連れで、慶応スタイルに身をまとっているからだ。

隣の席からは、進路をどこにしようか、という声が聞こえてくる。普通部が不合格だったのだろう。後ろの席では、ママの隣で必死に問題を解いている男の子がいる。明日も受験なのだろうか。孝多はパスタとガーリックトーストを頼むと、水を飲んで氷をかみ砕いた。

「今から受けられる慶応ってないの?」

「慶応は3つしかないからな。今日の中等部で最後なんだ」

「もう一回、受けたいな」

「あんなに勉強したのに、もう一度やるのか?」

孝多はぼくの質問に答えずに、横を向いた。答えは求めていなかった。自分なりの考えだ。本当にその道に進むかどうかは、時間をかけて決めていけばいい。その前にやりたいことが見つかるかもしれない。選択肢を与えるのが、親の役割だと思うからだ。

パスタを食べると、駅の近くの携帯ショップに行った。中学校に入ったら、スマホを持っていいといわれているらしい。いろんな種類を見比べる姿が楽しそうだ。

店を出ると、孝多はサッカーの練習があるか妻に電話で訊いた。早く復帰したいのだろう。友だちとかなり体力差がついてしまっているので、身体を慣らしたいという。普通の小学生の生活が待ち構えていた。

勉強嫌いの中学受験、すべり止め校の「不合格」を知った直後の受験の空気