夏休みが長くて苦しい…ディズニーランド行った自慢や自由研究で露呈する「残酷な格差」

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「あーあ、どうせ、みんな、2学期が始まったらユニバに行った、ディズニーに行った、海外旅行したって自慢するに決まっている」

夏休みが始まって早々、都内の小学校に通う4年生の息子が何気なく口にした不満に、母親の会田美知子さん(仮名、40代)は焦りを感じた。クラスメイトの多くが遠出し、大阪のユニバーサルスタジオジャパンや東京ディズニーランドなどに出かける。

1年前の9月、美知子さんが2学期の授業参観に行くと教室や廊下には子どもたちが取り組んだ夏休みの課題が飾ってあった。理科の実験、工作、ポスターなどのなかには、海外旅行に出かけた家庭の子どもが海外で撮ったスーパーやレストランの写真を使いながら、物価や為替レートを調べるハイレベルな自由研究をする子どもの制作物があった。

昨年のことを思い出し、夏休みに入った時点で息子は既に9月2日の新学期の登校日を心配していたのだ。

「せめて何か体験をさせてあげなくては」と美知子さんがスマホを手に取って調べると、陶芸やガラス細工などの伝統工芸体験はもちろん、キャンプ、工場見学、学校から出る夏休みの自由研究や工作の課題を行う教室まで、次々に情報が目に飛び込んでくる。忙しい親にとっては体験と宿題ができる一石二鳥のイベントだろう。

美知子さんのママ友は自身が年収1000万円近く、彼女の夫も同様に高収入で日々、忙しいことから「宿題を見てあげる時間なんてない。時間も体験もお金で買うしかない」と、いそいそと体験イベントを申し込んでいる。そして、子どもが体験イベントに参加する様子をSNSにアップして満足なようだ。

価格帯は2000〜3000円の良心的なものもあるが、兄弟姉妹も行けばそれなりの値段になる。船に乗っての釣り、釣った魚を調理して食べるなどの体験イベントは1人当たり1万〜2万円のものまである。田舎での稲刈り体験は親子での参加で1万5000円以上。自分で釣った魚や収穫した米を調理して食べる。どれも体験させてあげたいようなことばかりだが、体験イベントの値段を眺めるうちに美知子さんは「まるでビジネスの世界だ」としか思えなくなった。子どもの体験が”消費”の対象になっているのだ。

たまたま子どもが通っていた保育園の園長と街中で会った美知子さんが「確かに体験は必要だと思うけど、高いんです。消費化された体験に意味があるのだろうか」に愚痴を漏らすと、園長は「そんなに無理して参加しなくても良いと思いますよ。やりたいこと、行きたいところができれば、いずれ自分の力で実現するようになりますから。今は、そのエネルギーを溜める時期で、友達と思い切り外で遊ぶ。それだけで十分です」と諭してくれた。

だが、そもそも美知子さんの息子には、外で一緒に遊ぶことのできる友達がいない。首都圏では5人に1人が中学受験をしているなかで、受験のために塾通いをするクラスメイトが多く、周囲の子どもたちの夏休みは夏期講習で予定がびっしり詰まっている。塾がない日を狙って「ご褒美だ」と言って体験レジャーや旅行に出る家庭ばかりのようだ。

「遊ぶ相手がいない」という現実

こうした状況は地方でも深刻で、中学受験が過熱していない地域であっても子どもたちが塾や習い事で遊ぶ相手がいないというケースがある。少子化で学校や公共施設が統廃合されることで児童館や公園が近くになければ、遊びに行くにも親の送迎が必要な地域もある。親の就労状況や家庭状況は、子どもたちが一緒に遊ぶという体験にまで影響を与えている。

美知子さんの息子のクラスメイトの家庭を見ると、父親は年収1200万円以上で母親は専業主婦というようなケースが少なくない。美知子さん夫婦は共働きで世帯収入が1200万円。国税庁「民間給与の実態調査結果」によれば、2022年の東京国税局での平均給与が年527万3000円。美知子さん夫婦の収入は平均を上回っているため他の家のように家計から体験の消費に回す余裕がないわけではないが、作られた体験をさせることに釈然としない思いがしている。

『体験格差』(講談社現代新書)では、幼い時期から継続的に生じる「体験格差」の実態を明らかにするため、筆者の今井悠介氏が代表理事を務める公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが2022年10月に日本で初めて実施した「子どもの体験格差に特化した全国調査」の内容が記されている。2000人以上の保護者がアンケート調査に回答すると、年収300万円未満のいわゆる「低所得家庭」では、子どもたちの約3人に1人が過去1年間で「体験ゼロ」だった。

体験ゼロとは、スポーツ系や文化系の習い事の参加もなければ、家族旅行や地域のお祭りなどへの参加も含めて「何もない」ということ。放課後の体験も休日の体験も、すべてゼロという子どもが全体の15%を占めた。「体験ゼロ」の割合は、年収300万円未満と年収600万円以上とでは2.6倍の差が生じた。

文部科学省の「子供の学習費調査」では、学習塾や家庭教師などの「補助学習費」と「その他の学校外活動費」の支出額が分かる。スポーツや音楽などの習い事、キャンプなどのレジャーにかける「その他の学校外活動費」を見ると、公立小学校に通う小学生の家庭では世帯年収400万円未満の家庭で年間7.9万円だが、世帯年収1200万円以上の家庭で年間20.1万円となり、2.5倍以上の格差がある。

夏休みに格差が拡大している

親の収入格差の影響が最も出るのが、夏休みなのではないだろうか。体験が消費化されることで、より一層と格差は広がっていくことが懸念される。美知子さんと同じように夏休みの体験イベントを調べながら「完全に手が届かない金額ですね」と話すのは、都内に住む正志さん(仮名、40代)だ。

正志さんの年収は600万円で東京での平均年収を得ているが、妻が出産を機に退職せざるを得なくなって以降、パートで働く。扶養の範囲内で働くため妻の年収は約100万円。世帯年収は700万円だが、物価高が家計を圧迫。小学2年生と4年生の子どもたちの進学費用を貯蓄するので精一杯だ。

保育園で一緒だった息子の友達の親が地方に転勤し、昨夏、引っ越し先に遊びに行ったときに海で釣りをした。自然のなかで遊んだ経験が楽しかったからか、息子たちは釣りに興味を持った。今年の夏休みも釣りがしたいと息子たちが目を輝かすが、近所に釣りができるような海や川がない。正志さんが船に乗って釣りをできる体験サービスを調べると、やはり前述のように1人1万円近い費用がかかる。家族4人で釣り体験を申し込むと4万円もしてしまう。

店内の水槽で釣りができ、釣った魚を調理して食べられる体験型の居酒屋を見つけ行ってみたが、釣れれば楽しくて1匹では済まない。調理代も含んで1匹釣ると800円前後かかるため、正志さんは「安い魚を釣るんだよ」と言うが、それでもあっという間に数千円になる。居酒屋での家族4人の食事の支払いが2万円近くかかり、痛い出費となった。

正志さんは「周囲の家族を見ていると、値段を気にせず1匹4000円もする魚を釣らせてあげて盛り上がっていましたが、うちは『高い魚は釣らないでね』と、冷や冷や。こんなことにも格差が見えてきますね」と苦笑いする。「体験」が商業化しつつあり、そこに巻き込まれる親子は少なくなさそうだ。

日本全体の平均年収は2021年で443万円、2022年で458万円だが(国税庁「民間給与実態調査」)、物価高や教育費負担の重さから、「ちょっと贅沢しよう」という余裕のない家計で「普通の暮らし」がしにくくなっている。そうしたなかで、体験するための余暇に使えるお金は限られる。

『体験格差』では、「体験」の価値はその時々の楽しさだけではなく、子どもの社会情動的スキル(非認知能力)にも関係されるとし、子どもたちへの短期的な影響(楽しさ)だけでなく、長期的な影響を及ぼす可能性があると指摘している。体験が少ない、あるいはまったくないなかで、何かをしたいと思うことすらなくなる子どもたちもいること、体験ゼロの状態が将来の選択を狭める可能性があることを同書は問う。

体験が子どもにとって「必需品」なのではないかということに気づいた親は、なんとか体験をさせてあげたいと思う。そうした格差の再生産を懸念する親心が見透かされるように、「体験ビジネス」が拡大しつつあるが、それは本当に子どもにとって必要な「体験」なのだろうか。大人が用意した環境でする「体験」を消費することが中長期的に子どもにとって「必需品」であるのか。改めて考える必要がありそうだ。

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