NTTが光ファイバ伝送路の状態を測定器なしでエンドツーエンドに可視化できる技術を開発 世界初・世界最高精度の実証に成功

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NTTは、光ファイバ伝送路の状態を測定器なしでエンドツーエンドに可視化する技術を開発し、商用環境を模擬した北米フィールド網にて世界初、世界最高精度の実証に成功した。

今回開発した技術は、光ネットワークのデジタルツインの実現を大きく前進させ、IOWN APNにおけるエンドツーエンド光接続の迅速な確立/保守への応用が期待される。

本成果は、2024年3月24日から3月28日に米国カリフォルニア州サンディエゴで開催された光通信技術に関する国際会議OFC2024(The Optical Fiber Communication Conference and Exhibition)の最難関発表セッションであるポストデッドライン論文として発表された。

●背景



NTTグループが展開を進めるIOWN APN(All-Photonics Network)は、光信号を電気信号に変換することなく、エンドツーエンドで光接続することで、大容量・低遅延・低電力な通信を可能にする次世代インフラである。この光ネットワークのデータ伝送容量を最大化するためには、光信号パワーなどの光ファイバ伝送路の状態を全長にわたって監視し適切に制御する必要があり、それらの実現に向け、光ネットワークのデジタルツインの適用が広く検討されている。

光ネットワークのデジタルツインは、サイバー空間上に再現された仮想的な光ネットワークであり、その光伝送性能を分析/予測することで、現実の光ネットワークのデータ伝送容量の最大化や、障害予知などが迅速に実施可能になる。

ただし、デジタルツインの実現には、現状2つの課題があります。1つ目は、現実のネットワークの状態を精緻に再現するには、多数の専用測定器を用いた全拠点での測定が必要となるため、測定に時間とコストがかかることである。ネットワーク異常が発生した場合には高度なスキルを持った作業者が光時間領域反射計(OTDR: Optical time domain reflectometer)などの専用測定器を用いて現地測定を行わざるを得ない場合もある。2つ目はIOWN APNのように遠隔の顧客拠点間を光のまま接続する場合、光ファイバ伝送路の監視範囲を顧客拠点にまで拡大する必要があることである。

このような複数組織にまたがる光ネットワークにおいては、セキュリティ上、管轄外のネットワークの状態(光信号パワーなど)へのアクセスが困難になってしまう。

●研究の成果

本研究における主な成果は、以下3の3点。

1:光ネットワークの端点に設置されている光トランシーバに到達する光信号のみから、光ファイバ伝送路のエンドツーエンドの光信号パワーを、専用測定器を用いずにわずか数分で可視化するDigital Longitudinal Monitoring(DLM)技術の開発

2:光信号パワーの可視化を距離方向だけでなく、時間、周波数、偏波方向にまで拡張した4次元光パワー可視化技術の開発

3:デューク大学、NEC Laboratories America, Inc.との共同実験のもと、商用環境を模擬した北米フィールド網[3]にて、世界初、世界最高精度の実証に成功

これらの成果は、光ネットワークの構築に必要な光ファイバ伝送路状態の測定が、DLM技術を用いることで光トランシーバのみで実施可能になることを示している。これにより、専用測定器を用いずに顧客拠点間のすべての光ファイバや光増幅器を一括測定可能になるため、光接続の設計や異常の特定にかかる時間を大幅に短縮可能となる。

●開発技術に関する詳細



1:光ファイバ伝送路の長手方向光パワー可視化(Digital Longitudinal Monitoring)技術:

DLM技術は、光トランシーバに到達する受信信号波形に高度なデジタル信号処理を施すことで、光ファイバ伝送路の長手方向に分布する光パワーを可視化している。

一般に、システムの入出力波形から、システム内部の分布パラメータを求める逆問題は非適切問題と呼ばれ、通常解くことは極めて困難とされている。NTTは、光信号が光ファイバ中を伝搬する様子が非線形シュレディンガー方程式に従うことに着目し、世界で初めて光パワーを可視化する問題を逆問題として数学的に定式化し、解の導出に成功した。これにより高速高精度に光パワーを可視化することが可能となった。

本技術は国際会議OFC2024の最難関発表セッションであるポストデッドライン論文として発表されたほか、同会議の展示会におけるデモ環境「OFCnet」を用いて動態展示された。NTTはその後も継続して開発を進め、本技術を実用化に向けてさらに精錬している。

2:4次元光パワー可視化技術:

DLM技術により可能となった、光ファイバ伝送路中の距離方向に分布する光信号パワーの測定に加え、偏波、周波数、時間方向にまで拡張した4次元光パワー可視化技術の開発に成功し、これを同フィールド環境下で実証した。この次元拡張技術により、光ファイバ伝送路中の複数の異常を位置特定することが可能となった。

偏波、周波数、時間方向の光パワー可視化技術の内容は以下のとおり

偏波方向:光ファイバの伝搬方程式として偏波多重マナコフ方程式を採用することで水平偏波と垂直偏波それぞれの光信号パワー分布を独立に求めることができるようになった。これにより、従来の光ネットワークでは不可能であった偏波依存損失(PDL: Polarization dependent loss)の分布測定が可能になった。

周波数方向:波長分割多重(WDM: Wavelength division multiplexing)伝送システムにおける複数の周波数の光信号を用いてDLMを実施することで、任意の距離における周波数方向の光パワー分布を取得することが可能になった。これにより、光増幅器の周波数特性の異常の位置特定や次世代の広帯域光伝送システムにおいて顕在化するラマン散乱による信号間の光パワー遷移を詳細にモニタできるようになった。

時間方向:今回光トランシーバに高速波形取得機能を実装したことで、連続的に受信した信号波形から光信号パワーの時間変動を可視化できるようになった。これにより、人的作業による光ファイバの曲げ損失など、光ファイバ伝送路中で発生した光パワーの時間変動の発生箇所を特定することが可能になった。

●実証実験の概要



NTTは米国ノースカロライナ州ダーラムに実際に敷設されている光ファイバと商用光トランシーバを利用し、DLM技術のフィールド環境での実証実験を行った。本実験は、NTTとデューク大学、NEC Laboratories America Inc.との共同実験であり、デューク大学によるフィールド敷設光ファイバ/実験設備の提供、NEC Laboratories America Inc.による実験装置の提供と最適化の協力のもと行われた。さらに今回の実証実験は、フィールド敷設光ファイバを用いたほか、800Gbpsの商用光トランシーバで高密度WDM伝送を行う商用光ネットワークを模擬した条件で成功しており、本技術のフィージビリティを示すものとなっている。

●今後の展開

本技術により、IOWN APNをはじめとした光ネットワークにおいて、専用測定器を用いることなく、わずか数分で簡易に光ファイバ伝送路の状態を把握することが可能になり、迅速な光接続の確立/保守の実現が期待される。

NTTは、IOWN APNのさらなる発展に向けて、独自の光ネットワーク可視化技術を深化させ、デジタルツインによる光ネットワークの自動運用の実現に向けた研究開発を進めていくとしている。