パラ五輪日本代表女性アスリートに賠償命令 「投稿者に厳しく慰謝料も相場より高額」判決のポイント解説
ブログに匿名で名誉を傷つける投稿をされたとして、パラアーチェリー選手の小野寺朝子さんが約169万円の損害賠償を求めていた裁判で、東京地裁は8月6日、同じパラアーチェリー選手でパリ・パラリンピック日本代表の重定知佳さんに約124万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
アスリートへの誹謗中傷が問題とされている中で、「アスリートによる中傷」が1審で認められたとして注目されている。地裁の大久保紘季裁判官が「卑劣なものというほかない」と厳しい言葉を投げかけた投稿はどのようなものだったのか。そして名誉毀損が認められたポイントはどこにあったのか。
インターネットの誹謗中傷に詳しい田中一哉弁護士は「今回の判決は投稿者に厳しい内容で、特に慰謝料額は相場よりかなり高額」と指摘する。田中弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●ブログに匿名で書き込まれた2つの投稿
--裁判で争われたのは、どんな投稿でしたか
裁判で問題となっていた2つの投稿は、自身の競技歴などを紹介する小野寺さんのブログのコメント欄に書き込まれたものです。いずれも2021年1月5日に匿名で投稿されました。
【1つ目の投稿】 (午後0時56分) いい加減もう東京パラも無理だし代表入りも無理なの気づきませんか? 悪あがきもほどほどにした方がいいですよ。 ちゃんとルールを守れないような人、代表になんかなれないです。
【2つ目の投稿】 (午後6時33分) ルール違反してない?してるから言ってるんですけど。 車いすに乗って競技してはいけないのに車いすに乗ってますよ。何度も注意してるのにきかない。 代表選手になりたいならルールを守るのは最低限のマナーです。あと、ちゃんと結果を残すことですね。
これら2つの投稿について、発信者情報開示請求の訴訟を起こしたところ、重定さんによるものと判明しました。その上で、損害賠償を求めたのが本件訴訟になります。
●判決は名誉権侵害を認めた
--裁判所の判決は、投稿が権利侵害にあたるかについてどう判断しましたか
1つ目の投稿については、「一般の読者に、原告の小野寺さんが、東京パラリンピックの代表選手になることに支障を生じさせるようなルールに違反し、同大会への出場やその代表選手候補入りが不可能であるにもかかわらず、なおもこれを目指すという悪あがきをしている人物であるとの印象を与える」として名誉権侵害の成立を認めました。
また、2つ目の投稿についても、「小野寺さんが、再三の注意にもかかわらず、車いすからの行射(ぎょうしゃ:矢を射ること)の可否に関する競技ルールに違反して車いすから行射しており、東京パラリンピックの代表選手になるための最低限のマナーすら守ることができず、競技においても結果を残していない人物であるとの印象を与える」として名誉権侵害になると認定しました。
--重定さん側は裁判でどんな反論をしていましたか
1つ目の投稿について、「この記事は匿名で投稿されているため、読者は、その信用性を高く評価しない。仮に、信用するとしても、その投稿内容は、公共性・公益目的があり、かつ、真実である(少なくとも、被告は真実であると信じていた)から、違法とはいえない」と反論していました。
2つ目の投稿については、その内容が、原告の社会的評価を低下させること自体は争わず、「投稿内容に公共性・公益目的・真実性(真実相当性)があるから、名誉権侵害にならない」と反論していました。
裁判所は、2つの記事が、いずれも小野寺さんの社会的評価を低下させ、かつ、これらに違法性阻却事由はないとして、重定さんの反論を退けました。
●裁判所の指摘…ルール違反指摘にあたり「匿名の中傷を選択した」
--慰謝料額について、裁判所はどのような点を考慮しましたか
裁判所は以下の事情を慰謝料額算定事情として考慮しました。
(1) 重定さんは、競技ルールに疑義があれば、競技団体等に指摘することができたのに、敢えて、匿名で、小野寺さんのブログに中傷コメントを投稿するという方法を選んだこと
(2) 投稿された記事の中に、虚偽の事実摘示や、強い表現を使った小野寺さんへの非難、挑発的あるいは嘲笑的言及が含まれること
(3) 「記事を投稿したのが自分のライバルであった」と知ったことによる、小野寺さんの精神的苦痛が大きいこと。
--民事だけでなく、小野寺さんは2022年7月29日、名誉毀損罪で刑事告訴しました。東京地検は同年12月19日、不起訴(起訴猶予)処分としています。評価をお願いします
ネットの書き込みによる名誉毀損については、略式命令で罰金刑となることが多いです。本件が不起訴で終わった理由はわかりませんが、記事内容に照らして、小野寺さんの社会的評価を低下させる度合いが低いと評価された可能性があります。
●匿名ではなく実名であれば慰謝料は減額された可能性がある
--重定さんも反訴して、棄却されています。重定さん側の請求はどんなものでしたか
重定さんは「小野寺さんが、プロバイダから開示された重定さんに関する情報を、重定さんの所属する競技団体や勤務先などに電子メールなどで知らせたことが、自身の名誉権またはプライバシーを侵害する」と主張して、小野寺さんに賠償金の支払いを求めました。
これに対し、裁判所は、主として、伝播可能性が乏しいこと(=知らせた内容が拡散される恐れが小さいこと)を理由に、名誉権侵害にあたらないと判示しました。
また、「当該事実を公表する利益が、事実を公表されない利益を上回ること」を理由に、違法なプライバシー侵害にもあたらないと結論づけました。
--パリ五輪でもアスリートに対する匿名の誹謗中傷があったとされています。もしも今回、重定さんが実名で同じ投稿をしていた場合、判決の結果は異なっていたでしょうか
今回の判決では、「関係者と思しき匿名の人物から、身に覚えのない投稿を立て続けにされたこと」が、慰謝料額算定の場面で考慮されています。そのため、仮に、重定さんが実名で投稿していれば、賠償額は減額された可能性があります。
また、その場合、発信者情報開示請求訴訟の費用も掛からなかったはずですので、その費用も賠償額から除外されたでしょう。
--最後に判決の評価をお願いします
今回の判決は、記事内容の解釈、賠償額算定の両面において、同種事案における他の判決よりも、投稿者に厳しい内容だと感じます。特に慰謝料額については、記事数及び内容に照らして、相場よりも、かなり高額だと考えられます。
●小野寺さん「判決に満足しています」、重定さんは「ノーコメント」
以上が田中弁護士の解説となる。
弁護士ドットコムニュースの取材に、小野寺さんは「判決に満足しています」と答えた。重定さんにも取材を求めたが、代理人弁護士を通じて「ノーコメント」とした。
【プロフィール】 田中 一哉(たなか・かずや)弁護士 東京弁護士会所属。早稲田大学商学部卒。筑波大学システム情報工学研究科修了(工学修士)。2007年8月 弁護士登録(登録番号35821)。現在、ネット事件専門の弁護士としてウェブ上の有害情報の削除、投稿者に対する法的責任追及などに従事している。 事務所名:サイバーアーツ法律事務所 事務所URL:http://cyberarts.tokyo/