昔からゴミ屋敷にしてしまったという依頼者の兄。部屋の至るところに闘病の跡が見える(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

昼だというのに洞穴のように暗いマンションの一室で兄は孤独死していた。警察からの連絡を受け、遺体を確認した後、妹は初めて兄の部屋を訪れた。兄が住んでいたのは生ゴミでいっぱいのゴミ屋敷だった。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

遺体のあるゴミ屋敷の片付けはどのようにして行われるのか。ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長に聞いた。

動画:「キッカケは兄の死」家を見たらゴミが散乱した部屋で過ごしていた

兄が孤独死をした現場

兄妹たちは長い間、疎遠になっていた。警察署の保管庫で安置されている兄の遺体を確認した後、妹は兄が住んでいたマンションへと向かった。賃貸なので早いうちに空にして大家に引き渡さなくてはならない。

しかし、あまりの荒れ具合に妹は玄関より奥に入ることができなかった。ワンルームの狭い部屋だというのに太陽の光が部屋の中に届いていない。ゴミとモノで埋め尽くされた洞穴のような部屋だった。

通路にはカラーボックスがひとつ。その上には食器類が乱雑に積み上げられている。妹いわく兄は昔からモノをため込む癖があったというが、この時点でその傾向が見てとれる。


入り口にはモノが積み上がり、通路を塞いでいる(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

【写真】妹は部屋に入り言葉を失ったーー兄が孤独死した部屋を片付け【ビフォーアフターを見る】(28枚)

暗い部屋に入ると一気にモノとゴミの量が増える。大量のモノがギチギチに詰め込まれていて足の踏み場もないが、わずかに残った床面には空き缶、ペットボトル、調味料、使ったままの食器などの生活ゴミが転がっている。生ゴミも交じったままだ。

部屋の真ん中には二段ベッドがあり、兄は下段を主な生活スペースにしていたようだ。上段にはダンボールや衣装ケースが天井まで積み上がっていて、太陽の光を遮断している。黒カビで覆われたキッチンには料理をしていた形跡があった。使ったままの茶碗と鍋には白く濁った水がたまっている。


部屋の真ん中に鎮座する二段ベッド。主に下の段で生活していたようだ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

一人で暮らす兄は透析に通っていた

妹から片付けの依頼を受け、イーブイのスタッフ5人が現場に入った。立ち会った妹が兄について話す。

「ここに住んでいたのは一番上の兄になります。7〜8年くらいは住んでいたと思います。ちょっと病気がちで透析をしたりしていたので、ご覧の通り、身の回りのことって自分の周りしかできていないと思うんですけど」

唯一の生活スペースだった二段ベッドの下段にも細々としたモノが散乱している。しかし、ベッドの周りを見てみるとマメな一面も垣間見える。いろんな場所に生活に必要なモノがぶら下がっていて、座ったままでもすぐに手で取れるようになっているのだ。病気で思うように動けなかった様子が浮かんでくる。


二段ベッドの下の段には薬や生活用品などが散らばり、生活の跡が見てとれる(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

収納棚に目をやると、あらゆるモノに説明書きをしたシールが貼られていることに気付く。「冬物ジャケット」と書かれたシールが貼られた衣装ケースは中身が季節ごとに分けられている。調味料には「しお」「さとう」「かたくり」と書かれ、タッパーにはそのサイズまで記入してある。電気のスイッチにはそれぞれ押すとどこの電気が付くのか記されていた。

「過去に8年ほど私の家に住んでいたこともありましたが、同じような状態でした。そのときは体も悪くなかったので自分で片付けていたんですが、やっぱりモノが多くて私も大変な思いをしていました。ベッドもすごかったでしょう。それがいつも一番困るんですけど好きみたいですね。穴開けたりしたらダメって言うんですけど」(妹)

妹の言う通り、ベッドの周りはさながらコックピットのようだ。モノの配置に対する強いこだわりがなければ、そもそもここまで大量のモノをパズルのようにこの狭い部屋に詰め込むこともできなかっただろう。


コックピットさながらに改造された二段ベッド内(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

妹は「いつかはこういう日が来るんじゃないかと思っていた」と話した。しかし、距離的にも年齢的にも自分たちだけで片付けるには大きな労力と時間がかかってしまう。すぐにイーブイへ依頼することを決めた。

いつまでも鼻の粘膜に残る孤独死の臭い

イーブイにとって孤独死の現場は珍しいものではない。代表の二見氏に片付ける手順を聞いた。

「この現場にはウジ虫が湧いていたので、作業の前の見積もりの時点でドアの隙間を養生テープで埋めました。そうしないとウジ虫が外に出てきちゃうんです。大阪に多い文化住宅(2階建ての木造アパート)なんかだと、わずかな間をすり抜けてウジ虫が隣の部屋にも出てくるんですよ。それが通報のきっかけにもなったりするんです」(二見氏、以下同)

ハエの幼虫であるウジ虫は白色の体をしている。しかし、イーブイが見るウジ虫のほとんどは茶色だ。孵化直後のウジ虫は白色だが、成長とともに色が濃くなっていくのだ。

「マンションの管理人が『子どもらがベビースターラーメン散らかしたんだ』と思って掃き掃除をしようとしたら、ウジ虫だったということがありました。『部屋で人が死んでいるかもしれない』と連絡があったので行ってみると、やはり中で住人の方が孤独死されていました」


腐りかけた調味料や水がたまったままの鍋が残されたキッチン(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

二見氏がはじめて孤独死の現場に立ち会ったのは約10年前。身寄りのない老人が一人で住んでいた部屋だった。怖さや悲しさよりも臭いに対する抵抗が圧倒的に強く、ほかに何も考えられなくなったという。

「あの臭いだけはほかに例えようがないんですが、とにかく脂っこくて粘っこくて、粘膜にまとわりついてくるんです。初めて孤独死の現場に入ったスタッフは、家に帰って夜ご飯を食べているときもずっとその臭いがしたって言いますね。酸っぱさや甘ったるさはないんですが、ツンと辛いときはあります。ご遺体によって臭いも変わるんです」

人が亡くなっているとはいえ、悲しんでいる余裕はない。依頼主の目的はあくまで部屋をきれいな状態に戻すことである。現場では片付けを始める前に、まずは遺体があった場所を確認しなければならない。

「絨毯の上で亡くなられていた場合などはまるでそこに人の影があるように、人の形に体液が染みています。そして、どこまで体液が染み込んでいるかをチェックします」


ゴミ屋敷ではあるが、所どころに几帳面な家主の性格が表れている(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

遺体の腐敗は死後72時間以内に始まるとされている。5日目までに体内の細菌が増殖することでガスが発生し遺体は膨張。以降、皮膚や組織が液化して体液が漏れ出す。その体液の臭いはとても強い。

「体液を踏んでしまうと臭いが靴の裏にこびり付いてしまいます。その状態で歩き回れば部屋全体に臭いが付いてしまいますし、僕らはゴミや荷物を外に運び出すわけですから、下手したらマンション中がその臭いになってしまうんです。だから、はじめに遺体の場所を確認して、体液を踏まないようにしないといけないんです」

遺体があった場所を把握したら体液が染みた部分に薬剤をかける。すると、「シュワシュワ〜」という音を出しながら染みた部分がふやけてくる。雑巾で拭き取ればある程度の臭いは取れるそうだ。


足の踏み場もない部屋を片付けている様子(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


ひと通りゴミを出し終わった後、存在感のあったベッドを解体(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

浴槽で亡くなった現場がもっとも“過酷”

孤独死の現場でもっとも過酷なのが、浴槽で亡くなっていたケースだ。考えられるのはまず自殺。この場合は先に挙げた例と同じ手順で体液を拭き取れば済む。

しかし大変なのは、お湯に浸かった状態で突然死を遂げた場合だ。イーブイはその現場に出遭ったことはまだないというが、もちろん処理の方法は心得ている。

「変色しているので見た瞬間にわかるはずですが、湯船にたまった水には体液が混じっています。仮にその状態で湯船の栓を外してしまったら、体液が排水溝を駆け巡ってマンションの全部屋がその臭いになってしまうんです。だから、ドロドロになった水をバケツやらポンプやらを使ってすべてくみ上げないといけないんです。その作業をしたことがある同業者は『二度とやりたくない』と言っていました」

もし浴槽の栓を抜いてしまったら……。マンションのオーナーや管理側の身になってみると想像するだけでも恐ろしい。本当にしゃれにならない。


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この部屋で亡くなった兄の体液を適切に処理した後、まずは動線を確保するために玄関周りのゴミから外に運び出していった。

二段ベッドを解体すると一気に空間は広くなり、2時間半足らずで部屋の中は空っぽになった。依頼主である妹はとにかくその速さに驚いていた。それほど兄が住んでいたゴミ屋敷の印象がセンセーショナルなものだったのだろう。


ゴミやモノがすべてなくなり、きれいになった室内(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


部屋の明け渡しが迫っていた依頼者もホッとした様子だ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

【写真】妹は部屋に入り言葉を失ったーー兄が孤独死した部屋を片付け【ビフォーアフターを見る】(28枚)

(國友 公司 : ルポライター)