スペインの優勝で幕を閉じたユーロ2024。決勝トーナメントの戦いは、さながらチャンピオンズリーグ(CL)を国別にした組替え戦を見るようだった。

 欧州のクラブサッカーにおいて、EU圏内の選手に関して外国人枠が事実上あってないものになった現在、クラブチームは多国籍化の一途を辿る。CL決勝ともなると、スタンドには、出場選手それぞれの国旗が存在感を誇示するようになびく。サブまで含めれば両軍合わせて15カ国では収まらない。まさに万国旗揺らめく状態にある。

 W杯でベスト8以上を目標に掲げる森保一監督だが、まだその晴れの舞台に日本人選手は立ったことがない。ユーロ2024決勝の舞台に立ったスペイン、イングランド両国の選手のなかで、CL決勝のピッチを踏んだ経験のある選手はそれぞれ5人いた。個人の出世争いと代表強化が高次元でバランスよく融合する、理想的な姿を見せらつけられた気がする。

 舞台となったベルリン五輪スタジアムは、地元ドイツ人と、スペイン、イングランド両サポーターに大きく3分割された。それ以外の国旗を見つけることは難しかったはずである。

 だが、たとえば後半2分、スペインが先制ゴールを挙げた瞬間、ガーナ、リベリア国民はスペイン国民と同じくらい狂喜乱舞したのではないか。得点者のニコ・ウィリアムズは、生まれこそバスク地方のパンプローナだが、父親はガーナ人、母親はリベリア人である(兄のイニャキはガーナ代表を選択)。

 ニコのゴールをアシストしたラミン・ヤマルの場合は、生まれはカタルーニャ州だが、父はモロッコ人で母親は赤道ギニア人だ。モロッコの人々も赤道ギニアの人々も、準決勝のフランス戦でヤマルが左足でスーパーゴールを決めた瞬間、我がことのように歓喜したに違いない。少なくとも日本人だったらそうなるはずだ。


スペイン代表に変化をもたらしたラミン・ヤマル(左)とニコ・ウィリアムズphoto by Kazuhito Yamada/Kaz Photography

 ニコとヤマルの両ウイング。今回のスペインの優勝を語る時、このふたりは外せない存在になる。これまでスペインの代名詞は"中盤サッカー"だった。ユーロ2008、2010年W杯、ユーロ2012と国際大会を3大会連続で制覇した要因は、優秀な中盤の選手がどこよりも豊富だったことにある。だがそれは、以降の10年少々、低迷した理由にもなった。その中盤サッカーは中央攻撃と同義語になり、攻撃的なプレッシングサッカーを実践しようとした際に不可欠となる、サイド攻撃に弱みを抱えることになった。

【「きれい」になったスペイン】

 そんなタイミングでニコとヤマルは登場。不足していたパーツをきれいに補うことになった。

 彼らはともに移民の子どもだ。動き的にも従来のスペイン人選手像から外れる。多様な人種がうまく融合した結果による優勝、と捉えることもできる。

 人種に関して筆者が最初にカルチャーショックを受けたのは、マリユス・トレゾール、ジェラール・ジャンビョン、ジャン・ティガナを擁してベスト4入りした1982年スペインW杯のフランス代表。次がルート・フリット、フランク・ライカールトを擁して優勝した1988年欧州選手権のオランダ代表になる。

 そしてそれは、1998年フランスW杯で決定的なものとなる。アルジェリアにルーツを持つジネディーヌ・ジダン率いる開催国フランスがブラジルを破り初優勝に輝いた時、かのヨハン・クライフは勝者を「人種が融合した崇高なる結果である」と讃えたことが忘れられない。

 フランスやオランダのそれぞれの歴史を辿れば、納得できる話ではある。驚いてはいけない話なのかもしれない。以降、その波はドイツ、イングランド、ベルギー、スイスなどに広がっていき、そして今回、スペインにも遅まきながら伝播した。

 両ウイングにスペイン以外の国と地域をルーツに持つ選手を注入した今回のスペイン代表チーム。真ん中に固まりがちだったスペインのサッカーは、内と外とのバランスがよくなり、総合力向上のみならず、見た目にもきれいになった。

 その一方で、きれいさが落ちた国もある。その筆頭はフランス。プレーが常に暴れている感じで、落ちつきに欠けた。シャレの効いたパス回しを売りにしたミシェル・プラティニ時代のフランスとは正反対のチームになったと言っても過言ではない。フランスを見ていると、一時期のアフリカ諸国のサッカーを想起させた。その最高位は2018年ロシアW杯まで、ベスト8だった(2022年カタールW杯でモロッコがようやくその壁を突破した)。

【欧州以外にルーツを持つアタッカーたち】

 ドイツの場合は気質に変化が生じている。かつて他国を怯えさせたゲルマン魂は、どこかへ消えてしまったかのようだ。準々決勝のスペイン戦。後半44分に同点に追いついたシーンでは一瞬、ゲルマン魂が復活したかに見えた。かつてなら、追いつけば試合はドイツのものだった。気合いで逆転弾を叩き出したものだが、今回は逆にやられてしまった。どことなく優しくなった印象だ。

 大会全体を見ると、元気を失っているように見えるチームもあった。象徴的なのがイタリア代表だろう。生粋のイタリア人を前面に立てて戦った結果がベスト16での敗退だ。センターバックにナイジェリア国籍も持つマヌエル・アカンジを置いて戦うスイスに0−2で完敗した。

 GKマイク・メニャン(フランス)、DFアカンジ(スイス)、フィルジル・ファン・ダイク、デンゼル・ダンフリース(ともにオランダ)、マルク・ククレジャ(スペイン)、MFファビアン・ルイス(スペイン)、FWニコ、ダニ・オルモ、ヤマル(いずれもスペイン)、コーディ・ガクポ(オランダ)、キリアン・エムバペ(フランス)。

 以上が筆者の選ぶベストイレブンになるが、ククレジャ、オルモ、ファビアン・ルイスの3人以外は、欧州以外の国にルーツを持つ選手だ。

 この他、アタッカーだけでもジェレミー・ドク(ベルギー)、ブカヨ・サカ、ジュード・ベリンガム(ともにイングランド)、ヤマル・ムシアラ、レロイ・サネ(ともにドイツ)、ウスマン・デンベレ、ブラッドリー・バルコラ(ともにフランス)と、活躍した選手の大半が欧州以外にルーツを持つ。

 特にウイングは、その台頭が目立つポジションだ。かつてのルイス・フィーゴ(ポルトガル)、ライアン・ギグス(ウェールズ)、マルク・オーフェルマルス(オランダ)、ミカエル&ブライアンのラウドルップ兄弟(デンマーク)のような、欧州的な香りのするウインガーは見つけにくくなっている。

 ニコ、ヤマルというふたりのウイング登用は、バランスに優れた完璧な補強だった。左ウイングに駒を欠いたイングランドは、その点においてスペインに劣った。決勝の結果には、そうした意味で必然を覚えるのである。