「8耐」こと鈴鹿8時間耐久ロードレースは、おそらく日本で最も有名な二輪ロードレースだろう。年間を通じて行なわれる日本国内チャンピオンシップの頂点は全日本ロードレース選手権で、世界最高峰のMotoGPも毎年秋に栃木県のモビリティリゾートもてぎで日本GPが開催される。8耐の場合は世界耐久選手権(EWC)の一戦という位置づけだが、一般的な知名度という点では、1980年代から1990年代にかけて大ブームになったこの8耐が、今でも最も大きいかもしれない。


歴代最多6度目の優勝を狙う高橋巧 photo by Honda Mobilityland Corporation

 その8耐が、今年も三重県・鈴鹿サーキットで行なわれる。1978年の開始以来、今年で45回目の開催だ。公式日程は、7月19日金曜日の公式予選、その上位10チームがタイムアタックでグリッド順位を争う20日土曜日のトップテントライアル、そして21日日曜日午前11時半にスタートして日没後の19時半にチェッカーフラッグが振られる決勝レース、というスケジュールだ。

 8時間という長丁場のレースでは、誰も予想しなかったような出来事が発生する。参加するエントラントの数だけ、何らかのドラマがある。それが人々の心を強く揺り動かすのは、フィクションの作品ではとうてい発想できないことが現実に発生し、しかも大勢の人々が見守る中で推移してゆくからだ。つまり、鈴鹿8耐には人々がスポーツに魅せられる原初の核のようなものが凝縮されている、と言ってもいいだろう。

 そんな8耐で今年の優勝候補最右翼と目されているのが、2022年と2023年を連覇したホンダのファクトリーチーム、Team HRC with Japan Post(高橋巧/ヨハン・ザルコ/名越哲平)だ。高橋は、昨年の優勝で宇川徹と並ぶ通算5回の歴代最多優勝回数タイ記録に到達した。今年も勝利すれば、歴代単独首位に立つことになる。

【ホンダのライバルとなるのはドゥカティか】

 ザルコはMotoGPで21回の表彰台を獲得している実力者で、昨年までドゥカティ陣営に所属し、今年からホンダへ移ってきた。耐久レースの人気が高いフランス出身で、8耐に興味があることを以前から公言してきたザルコは、6月に公式テストへ参加した際の印象を以下のように述べている。

「バイクは戦闘力が高く、(いつも乗っているMotoGPマシンとの)違いにもすぐに適応できて、戸惑うことは何もなかった。コースを知り尽くしている日本人ライダーがよいお手本になって、伝説的な鈴鹿サーキットの攻略も進んだ。とても印象的なコースで、路面とグリップが良好なので、些末なことを忘れてひたすら走りを楽しむことができる。ライバル陣営にはいくつか速いチームとライダーがいて、非常に安定した速いペースで走っていた」


ドゥカティが鈴鹿でどんな走りを見せるのか photo by Honda Mobilityland Corporation

 ザルコは特定のチームやライダーを名指しはしなかったが、おそらく彼が示唆しているであろう強力なライバルのひとつが、Ducati Team Kagayama(水野涼/ジョシュ・ウォータース/ハフィス・シャーリン)だ。

 スズキのライダーとして活躍してきたチームオーナーの加賀山就臣は、二輪ロードレースの存在感を向上させるための取り組みに熱心で、Team KAGAYAMAで横浜の交通安全パレードに参加したり、鈴鹿8耐にグランプリライダーを参加させたりするなど、さまざまな活動を行なってきた。今シーズンはチーム名称からもわかるとおりドゥカティの全面的な協力を得て、全日本ロードレースに水野が世界スーパーバイク選手権(SBK)のチャンピオンマシンで参戦している。

 8耐にはその耐久仕様で臨み、水野とオーストラリア人のウォータース、マレーシア人のシャーリンというラインナップを揃えた。ドゥカティはMotoGPで圧倒的な速さと強さを披瀝しているが、そんな彼らのマシンが耐久レースで果たしてどのような戦いを見せるのか、世界的にも大きな注目を集めそうだ。

【環境を考えたサステナブル燃料で参戦】

 さらにEWCのフル参戦組では、開幕戦優勝・第2戦2位のYoshimura SERT Motulと、開幕戦2位・第2戦優勝のYART-YAMAHAは、ともに耐久レースの戦い方を知悉(ちしつ)しているチームだけに、鈴鹿でも上位争いに絡んでくることは必至だ。

 そしてもうひとつ、注目したいチームがある。Team SUZUKI CN CHALLENGE(エティエンヌ・マッソン/濱原颯道/生形秀之)だ。


サステナブル燃料を使って走るスズキ photo by Honda Mobilityland Corporation

 チーム名にもあるとおり、CN(カーボンニュートラル)を視野に据えたサステナブル燃料やタイヤ、ブレーキなどの部品を使用したプロジェクトで、「エクスペリメンタル(実験的)クラス」への参戦となる。チームを率いるのは、2022年まで長年スズキのMotoGPプロジェクトを牽引してきた佐原伸一。

 佐原はつい数日前に投稿されたチームのSNSで、「パートナー企業の方たちから供給をいただいているサステナブルアイテムひとつひとつをよく検証して、データを取るところから始めています。新しい課題を見つけて克服するためにテストを繰り返すことで、また新しい目標が設定されます」「このプロジェクトは一回限りで終わるのではなく、継続的に進めようと考えており、新しい歴史の第一歩と思っています」 と、レースへ向けた抱負を述べている。

 19日に公式走行が始まる今年の8耐では、ホンダとドゥカティが真っ向からぶつかり合うのか、それとも耐久のスペシャリストチームが熟練の戦略でしたたかな勝負強さを見せるのか。あるいは、そんな予想をあっさりとくつがえす、誰も想像できなかった波瀾万丈のドラマが待ちうけているかもしれない。

 むしろ、それこそが8耐ならではのレース展開とも言えるだろう。そしてそれを一度でも経験してしまえば、もうそこから抜け出すことはできない。そんな魔力で人々を魅了しつづけるレースは、7月21日午前11時30分のル・マン式スタートで今年も戦いの火蓋を切る。