マーケティング施策を行う際、多くの企業はKPIを設定しているだろう。CTRやCVR、PV数やオーガニックトラフィックなど数字の拡大を目指すケースが多い。しかし、化粧品や健康食品を製造・販売するアテニアが展開するファンコミュニティサイトは21万人という会員数を誇りながらも、重視しているのは数字ではない。DIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」では、企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていく。今回は、株式会社アテニアの事業統括本部長を務める春田康児氏にファンコミュニティを立ち上げた経緯から、マーケティングに対する想いに触れた。

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DIGIDAY編集部(以下、DD):アテニアのファンコミュニティはマーケターのあいだでも話題ですね。どのような経緯でスタートしたのでしょうか。春田康児(以下、春田):立ち上げたのは2015年で、当時はSNSがビジネスに活用されはじめた時期でした。お客さまとのコミュニケーションのあり方も大きく変わってきたタイミングで、企業からの一方通行のコミュニケーションではなく、「第三者の評価」が重要になってくると感じていました。そこで、そのような声が集まる場所を作ろう、とファンコミュニティを立ち上げました。

想像以上にユーザー同士が活性化

DD:SNSの活用よりもファンコミュニティを選んだのはなぜでしょうか。春田:アテニアは「お客さまの声に真摯に向き合い、モノづくりを行う」という思想があり、お客様さまとリアルに近い場所でコミュニケーションをとれる場所が必要だと思いました。コミュニティがはじまって意外だったのは、我々が一切介入しないところでも、ユーザー同士の交流が活発だったことです。あるユーザーが美容に関する悩みを問いかけると、それがトピックとなってコミュニティが盛り上がるという流れです。ここまで活性化するのは想定外だったのですが、「企業色をあまり出さない」ことを重視していたので、それがよかったのかもしれません。DD:ユーザー同士だとネガティブな側面の本音も出てきますよね。そのあたりはどのように捉えていたのでしょうか。春田:確かに立ち上げ当初はそのような心配もありましたし、実際にネガティブな声が上がってくることもあります。ただ、その声に対して「アテニアにもこういう考えがあるのではないか」といった企業の思いを代弁してくださるお客さまもいるため、最終的にはポジティブに帰着することが大半です。

春田 康児/株式会社アテニア 事業統括本部本部長。ダイレクトマーケティング全般を経験したあと、化粧品や健康食品事業における事業戦略の立案・推進に従事。2022年1月より株式会社アテニアの事業統括本部長に着任。これまでワーカーホリックだったのが、子どもが生まれて生活が一変。週末は公園などに出かけ、「ようやく健全な人間になれた」と実感している。学生時代になりたかった職業は建築家。

DD:まさに、ファンコミュニティの理想形ですね。春田:推しの意見もマイナスの意見も本音で話していただけるので、非常に貴重な場になっています。コミュニティのもうひとつの側面は、商品を試してもらいその感想を書き込んでいただいたり、サービスに対する意見をいただく場でもあります。こちらはどうしても企業らしさが出てしまいますが、忌憚ない意見にふれられる場になっています。

ユーザーの純度を上げることが重要

DD:コミュニティづくりの成功例だと思いますが、要因はなんでしょうか。春田:ひとつは、全社がこのコミュニティをどう位置付けるか、意志が統一できていることです。マーケティングの手法は多様になってきたので、世の中のトレンドが変わったりマネジメント層が変わったりすると見直しが入ったりします。費用対効果や投資回収の観点、成果の可視化などを問われることもあります。もちろんそれは大事なことでもありますが、このコミュニティサイトは「お客さまが本音で意見をいえる場所」だということをブレずに守ってきたことが成功の要因だと思います。もうひとつはユーザーの純度を上げたことです。拡散力を考えると各SNSが効果的だと思います。「ポジティブの帰着」は純度が高いからこそ本音も拾えると思います。つまり、ファンでいてくださるということです。ターゲットであるユーザーが安心して発言できる場づくり、絶妙な距離感が極めて大事だと考えています。DD:「絶妙な距離感」はどのようにつくれるのでしょうか。春田:なかなか難しいのですが、たとえばセールスのような感覚を持ち込んでしまうと、とたんに場の空気が変わってしまいます。商品に対する純粋な意見が聞きたいという問いかけにはお客さまも真摯に答えてくれますが、下心がある、売るための問いかけには返答してくれません。オンライン空間でありながらも、場の空気を肌で感じながら運営する、その絶妙さはマーケターの感覚ともいえます。DD:21万人という数字は、マーケティング的な視点からするとどうですか。春田:コミュニティの会員数を増やして売り上げを拡大しようとは考えていないため、21万人の生活者との深いつながりがマーケティングの起点となるといった意味では十分な数字だと思います。そもそも、ファンコミュニティはそのなかで物事をスケールさせようとするのは無理があります。それよりも、コミュニティのなかにあふれた本音を商品やサービスにどう活かしていくかが重要です。我々が向き合うお客さまはファンコミュニティのユーザーの何倍もいますが、そのスケールポイントをコミュニティのなかに置かないのは大事なポイントです。

インサイトにどこまで迫れるか

DD:コミュニティを運営していくなかで、難しさを感じることはありますか。 春田:コミュニティには本音があふれているとはいえ、それを読み解くスキルも必要です。お客さまはわかりやすく「私たちのインサイトはこれです」と話しているわけではありません。そこで話されている悩みの裏側にあるものは何か、その言葉を発する背景は何か。それを読み解く力をもっと高めていきたいと考えています。DD:春田氏が大切にしているマーケターとしての視点はどのようなことでしょうか。春田:「インサイトにどこまで生々しく迫れるか」ということです。お客さまの声から何を着想できるか、それが深いほど、モノづくりコミュニケーションも一貫性を持って取り組みやすくなります。AIの進化によって、さまざまな業務が効率化されていきますが、インサイトの着想はAIではまだまだ行きつかない世界だと思っています。もうひとつは、「トレードオン」の考え方です。これは、アテニアが「品質」と「価格」の両立をコンセプトに掲げていることも一例ですが、トレードオフの関係にあるAとBのどちらかを選ぶのではなく、第3の選択肢を生み出すことが重要です。お客さまの不の解消に向けて、トレードオンの視点で発想することもイノベーションのひとつだと考えています。

未知のものを生み出すマーケティングはおもしろい

DD:最初からマーケターを目指していたのでしょうか。春田:入社して最初に配属されたのは電話窓口で5年間、オペレーター業務をしていました。その頃はお客さまとの対話が楽しく、「一生、電話窓口にいたい」と思っていました。途中でオペレーターのマネジメント業務に変わり、問題が起きればエスカレーションして解決することもやりがいがありました。ところが5年目に本社のマーケティングチームに異動になると、世の中にはもっとたくさんの生活者がいて、さまざまな思いが存在することに気づきました。マーケティング業務のなかで世界が大きく開けて、マーケターに興味が湧いていきました。DD:マーケティングスキルはどのように伸ばしたのでしょうか。春田:メーカーとしてのモノづくり、そしてコトの重要性、最近ではケイパビリティといったように、マーケティングの潮流や立場の変化を通じて、学びを深められたと思います。アテニアの強みについて、商品やサービスという観点はもちろんのこと、組織能力としてどんな人材が必要か、どのような企業風土が必要か、個々の強さがどうブランディングに寄与できるか、ということを考えられるようになっていきました。また、経験を通じて中長期的な視点を持つことの重要性も学びました。会社が持続的に成長していくために、目の前に山場をつくらず、持続的に成長していくなかでマーケティングをセットしていくことを重視しています。それは、若い頃に短期的な打ち手で失敗した経験があったからです。インパクトを追い求めるあまり、たくさん痛い経験もしてきました。そういった経験を経て、中長期的な視点を持つことができました。DD:マーケティングでもっともおもしろさを感じるのはどんな部分でしょうか。春田:答えがないことです。セオリーが通用しない、1+1が2ではない世界だと思っています。何がつくれるかはマーケター次第で、未知のものを世界に生み出せる楽しさがあると感じています。Written by 島田ゆかりPhoto by 三浦晃一