「小学校の算数」で解ける入試問題で、東大はどんな能力を測ろうとしていたのでしょうか(撮影:梅谷秀司)

「算数から勉強をやり直して、どうにか東大に入れた今になって感じるのは、『こんなに世界が違って見えるようになる勉強はほかにない』ということです」

そう語るのが、2浪、偏差値35から奇跡の東大合格を果たした西岡壱誠氏。東大受験を決めたとき「小学校の算数」からやり直したという西岡氏は、こう語ります。

「算数の考え方は、『思考の武器』として、その後の人生でも使えるものです。算数や数学の問題で使えるだけでなく、あらゆる勉強に、仕事に、人生に、大きくつながるものなのです」

そんな「思考の武器」を解説した43万部突破シリーズの最新刊、『「数字のセンス」と「地頭力」がいっきに身につく 東大算数』が、5月29日に刊行されます。

ここでは、小学生でも解けるちょっと変わった東大入試問題を題材に、「算数的な思考の武器」を解説してもらいます。

東大入試に出た「ちょっと変わった」問題

みなさんは、以前東大の入試問題で「じゃんけんグリコで勝つ必勝法を計算しなさい」という問題が出題されたのを知っていますか?


じゃんけんグリコは、みんなで「じゃんけん」をして、「グー」で勝ったら「グリコ」と言って前へ3歩、「チョキ」で勝ったら「チョコレート」と言って前へ5歩、「パー」で勝ったら「パイナップル」と言って前へ6歩進めて、相手よりも先にゴールに着けば勝ち、というゲームです。

小さいころにやったという人もいると思うのですが、なんとこれを題材にした問題が、東大の数学で出題されたことがあるのです。こんな問題でした。

AとBの2人でじゃんけんをして、「グーで勝てば3点」「チョキで勝てば5点」「パーで勝てば6点」もらえる遊びをしている。最終的に、AとBの点数の差が得点となる。

Bがグー・チョキ・パーを完全にランダムで出すとする。このとき、Aはどのようにグー・チョキ・パーを出せば、得点が最大になるか?


(1992年 東大数学 第6問(1) 問題文はわかりやすく改変)


じゃんけんグリコをベースにした問題ですね。相手との距離が長ければ長いほど得点が入るとして、「どんなふうにグー・チョキ・パーを出せば勝てるのか?」という問題になっています。

多くの人にとっては、「なんだこの問題?」「なんで東大はこんな問題を出したの? こんな問題でどんな能力が測れるの?」と思うかもしれません。でも実はこの問題からは、東京大学が求める「頭の良さ」が見えてくるのです。


まず先に、この問題の答えをネタバラシしてしまおうと思います。すごくシンプルに、「ずっとチョキを出す」が正解です。

「えっ!? なんでそれが正解なの?」と思うかもしれませんが、よく考えるとそれしかないのです。

まず、相手は完全にランダムで手を出してくる、となっています。ということは、グー・チョキ・パーを相手が出す確率は1/3。こちらが何回同じ手を出し続けても、相手はそれに関係なくずっとランダムで手を出すということになります。

普通は、たとえばずっとパーを出したら「相手はパーをずっと連続で出しているから、今度もパーを出すはず。であればこっちはチョキを出そう」と相手の手を読むと思いますが、今回の場合はそれがないわけですね。

であれば、グー・チョキ・パーのなかで、「相手との差がいちばんつくような手」をずっと出し続ければいいわけです。

東大が求める「頭の良さ」とは

「ってことは、パーを出し続ければいいんだ! だって、勝ったら6点もゲットできて、相手と大きく差をつけることもできるもん!」

そう考える人もいると思います。この問題、いちばんよくある誤答が、「ずっとパーを出す」になります。

なぜこれが誤答なのか。ここに、東大が求める頭の使い方があります。

たしかに、パーで勝つということは6点ゲットすることができるということです。チョキは5点でグーは3点なことを考えると、この6点が最大の点数になります。ですが、これは勝ったときだけを想定した話です。

逆に、負けたときのことを考えてみましょう。こちらがパーを出して負けるということは、相手はチョキを出しているということです。ということは、5点も相手に点数を与えてしまうわけですね。+6点ゲットできるチャンスでもあるけれど、−5点になってしまう可能性もあるということです。

では、チョキを出すときを考えてみましょう。勝ったときは5点ゲットすることができますが、負けるときは相手がグーを出しているときですね。グーであれば相手に3点取られてしまうわけですが、しかし他の手と比べて点数が低いですね。+5点ゲットできるチャンスであり、負けても−3点にしかならないわけです。

同様に、グーを出すときを考えると、勝ったときは3点、負けたときはパーで負けることになるので−6点となります。この3つの手をまとめると、このようになります。


グーを出す:勝ち→+3点、負け→−6点、得点の差し引き=−3点

チョキを出す:勝ち→+5点、負け→−3点、得点の差し引き=+2点

パーを出す:勝ち→+6点、負け→−5点、得点の差し引き=+1点

相手の手が完全にランダムである以上、勝ち負けも完全にランダムです。ということは、グーを出し続ければ点差は「−3点×ジャンケンの回数」に近づいていきますし、チョキを出し続ければ点差は「+2点×ジャンケンの回数」に近づいていきます。

こう考えると、相手がランダムに手を出し続ける以上、チョキを出し続けるのがいちばん合理的な選択になるわけです。自分のことだけを考えるのであればたしかにパーが強そうに見えますが、実際はチョキのほうがいいわけですね。

表側だけでなく、「裏側」も見る思考法

さて、この問題は、「勝ったときだけでなく、負けたときにどうなるか」まで考えなければならない問題です。表側に見えているもの・自分の側だけでなく、裏側にあるものや相手の側に立って考える思考があるかどうかを問われていたと言えます。

じゃんけんグリコに限らず、どんなゲームでも、強くなるためには「相手の立場に立って考える思考」が必要だと言われています。将棋は相手がどう指すのかを先読みしながら指す必要がありますし、麻雀では相手の手牌がどんなものなのかを考えつつ自分の手牌を考えなければなりません。

こうした相手の立場に立って物事を考える思考は、「論理的思考力(ロジカルシンキング)」の1つとしてとらえられています。論理的に物事を考える中で、逆算的に思考する必要があるわけです。

東大は、この逆算的な思考能力が身についている人なのかどうかを、この問題を通して聞いていたのではないかと考えることができると思います。

算数や数学が「逆算的な思考能力」を高める

そして算数や数学の勉強をすると、この逆算的な思考能力を養うことができるのです。

数学の有名な証明方法の1つに「背理法」というものがありますが、これは「もしAが正しいと仮定すると、こういう矛盾があるから、Aは正しくない」という証明方法です。

難しく感じるかもしれませんが、推理小説やドラマなどで「花子さんが犯人だと仮定すると、犯行時刻の19時に犯行現場にいたことになる。しかし花子さんには19時に犯行現場ではない場所にいたというアリバイがある。だから花子さんは犯人ではない」と探偵が言うのと同じことですね。

これも、「表側だけではなく裏側も考える思考」の1つであり、これを使って何かを証明したり考えたりする訓練をする中で、逆算的な思考能力を養うことができます。

算数・数学はこのように、逆算で物事を考える能力の向上に役に立つ問題が満載なのです。もし「表側だけではなく裏側も考える思考の武器」を身につけたいと感じる人は、ぜひ算数・数学を学び直してみていただければと思います!

(西岡 壱誠 : 現役東大生・ドラゴン桜2編集担当)