静岡県の川勝平太知事

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 問題発言を謝罪し、改めて辞職の理由を丁寧に説明した──こんな会見だったと勘違いしている人は、かなりの数に上るのではないだろうか。なぜなら、新聞やテレビが、そう報じたからだ。確かに「申し訳ない」の言葉は使われた。しかし、問題発言については、最終的に「撤回しない」と断言した。さらに、リニア中央新幹線の建設問題では、何と自画自賛のオンパレードだったのだ。

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 一体、静岡県川勝平太知事は、辞職の会見でどのような発言を行ったのか、大手マスコミがカットしてしまった部分を見てみよう。

 発端は4月1日、川勝知事は静岡県の新規採用職員に向かって訓示を行った。その際、「県庁はシンクタンクだ。毎日、毎日、野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりとかと違い、基本的に皆さま方は頭脳、知性の高い方たち。それを磨く必要がある」と呼びかけた。

静岡県川勝平太知事

 どう考えても、「野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったり」する人々の知性は高くない、と言及したことになる。発言が報じられると、県庁には抗議が殺到した。

 翌2日、川勝知事は記者団の取材に応じた。一貫して「発言に問題はない」と反論していたのだが、急に「6月県議会をもって職を辞そうと思う」と辞意を表明。慌てた記者が説明を求めても、無視して退場してしまった。

 これに県庁記者クラブは反発。辞職に関して詳細な説明を求めたため、3日に臨時の記者会見が開かれた。担当記者が言う。

理解不能な辞職理由

「会見の冒頭で川勝知事は、農業、酪農業、水産業の三業種を具体的に列挙し、『心を傷つけたとしたら誠に申し訳なく、大変申し訳ない。申し訳ありませんでした』と謝罪しました。ところが、すぐに自分の実績を滔々と語り出し、いきなり『リニア問題に一区切りついたことも辞任の理由だ』と言い出したのです。特にリニア問題に関しては、理解不能な発言も目立ちました。当然ながら記者は混乱し、質疑応答は『一体、何が辞職の理由なのですか?』と確認することから始まったのです」(担当記者)

 まず幹事社の毎日新聞が確認を求めた。すると川勝知事は「辞職の理由は二点」と説明。一点目は自身の問題発言を挙げた。

 ところが二点目の説明では、国土交通省の有識者会議で座長を務める矢野弘典・ネクスコ中日本元会長の名前を急に出して絶賛。矢野座長の活躍で「リニアの品川─名古屋間の2027年開業が不可能だとJR東海が正式に認め、2034年以降の開業が実際に議論されるようになった」ことが辞職の理由として大きいとの考えを示したのだ。

 これには首を傾げる人が多いだろう。いきなり矢野座長の名前が飛び出し、開業が後倒しになったことが辞職の理由として挙げられたからだ。

川勝知事も傷ついた!?

 こんな会見だったからこそ、大手マスコミも奥歯にものが挟まったような報道になったというわけなのだが、リニアの問題は後で詳述するとして、まずは問題発言についての奇妙な質疑応答を振り返ろう。

「共同通信が、『昨日は不適切な発言ではないと主張し、発言を撤回しない意向を示していた』と指摘し、なぜ今日は一転して発言を謝罪し、辞職の理由に挙げたのか質問しました。すると川勝知事は『言葉の綾、不十分な表現が、針小棒大な形で批判に結びついた』と答えたのです。これは質問に答えていないだけでなく、まるでマスコミが針小棒大な過剰報道を行い、それが原因で辞職するかのように聞こえてしまいます」(同・記者)

 的外れの回答に、共同は「問題発言の責任を取って辞職するのか?」と再質問。川勝知事は「傷つけたことにつきましては、私の心も傷ついておりますので、申し訳ないと思っております」と答える。なぜ川勝知事も傷ついたのか、全く要領を得ない。

「共同は『私の心も傷ついております』の発言はスルーし、『最初の質問に真正面から答えてない』と、改めて昨日の発言は不適切だったという認識なのか、撤回する意思はあるのか問いました。知事は自分の発言を読み、音声を聞いてもらえば、真意は分かってもらえるはずだと主張。そのため当初は不適切だとは思っていなかったと説明しました。一方、差別発言と取られかねない部分はあったと認め、『申し訳ない』と謝罪しました」(同・記者)

リニア開業の遅れを絶賛

 結局のところ川勝知事は「不適切だと思っているのか? 撤回するのか?」という質問には答えない。

「共同の記者は呆れたようにも聞こえる声音で、『撤回はされないということでよろしいですか?』と確認を求めました。すると知事は『そうです』と即答してしまったのです。これでは、知事が自身の問題発言を心から反省していると受け止めるのは、さすがに無理でしょう」(同・記者)

 リニア問題の質疑応答も、迷走に迷走を重ねた。そもそも「品川─名古屋間の開業が10年以上、遅れるとの資料が有識者会議で提出された」──こんなことが知事を辞職する理由になるはずもない。

「リニア開業の遅れについて語る川勝知事は他人事のような態度で、『そもそも誰のせいで開業が後倒しになっているのか、分かっているのだろうか?』との疑問が浮かんだほどです。それどころか開業の遅れを絶賛するかのような場面もありました。知事は国の有識者会議で配られた資料に『2037年以降の開業になる可能性』が記述されていたことについて『仰天いたしました』、『凄い中身』、『爆弾的なニュース』と興奮して語り、これで『知事としての仕事に一区切りついた』と総括したのです」(同・記者)

突然に飛びだした「県議会」

 まるで自分が尽力した結果、リニアの開業を10年、遅らせることに成功したと自画自賛、これを花道に知事を引退するかのような口ぶりだったのだ。

「NHKが『リニアの問題は任期途中で投げ出す理由にはならない』と当然の質問を行いました。すると川勝知事は『過去の問題発言が原因で、県議会が政局中心で動くようになってしまった。自分が辞めれば、県議会は正常化する』と説明しましたが、これも意味不明です。国民が求めているのは知事がJR東海や国と建設的な議論を積み重ね、少しでもリニア建設の遅れを取り戻すことです。県議会の正常化も、知事が胸襟を開いて県議と誠実に対話すればいいだけでしょう。別に辞職する必要はないのです」(同・記者)

 職業差別の発言を謝罪し、いたずらにリニアの工事を妨害してきたと認めての辞職なら話は分かる。だが発言は撤回もしないし、リニアの工事が遅れていることを諸手を挙げて歓迎するという会見になってしまった。意味が分かりにくい発言も目立ち、さぞかし大手マスコミは報道が難しかったに違いない。

川勝知事の罪深さ

 たとえ川勝知事が県政の現場から去るにしても、彼が残す“負の遺産”は極めて大きい。例えば、日本経済新聞(電子版)は2020年9月、「JR東海、リニア開業遅れ『年1000億円』の重荷」との記事を配信した。

「日経がアナリストの見立てなどを元に試算を行い、その結果を記事にしました。試算ではリニアの開業が遅れると、財政投融資の利払いが年250億円の負担としてのしかかり、設備関連費用、車両の研究開発費などの負担や逸失収入を合わせ、開業延期中は年1000億円の規模で利益を圧迫するそうです」(同・記者)

 日経の試算を応用すれば、今日からすぐに工事を始め、10年後の2034年に開業が間に合ったとしても、単純計算で1000億円×10年で1兆円の負担となる。

「工事に理解を示す新知事が誕生しても、実際に工事を開始するには様々なプロセスが必要です。着工が遅くなれば、それだけJR東海の負担が増えることになります。もちろんJR東海では毎年5000億円規模の営業キャッシュフローが入ってくるので、負担が原因で経営が傾く……などということはあり得ません。とはいえ、川勝知事の“反リニア”が原因で、JR東海に1兆円規模という桁違いの損失額が発生する可能性があるわけです。県のトップが、何の問題もない私企業に大損害を与えることになり、こんな知事は前代未聞でしょう」(同・記者)

三重県知事の怒り

 地元の静岡県で見込まれる経済波及効果も、川勝知事が吹っ飛ばしてしまった。国交省は昨年12月、リニア中央新幹線が大阪まで全面開業し、東海道新幹線が静岡県内の駅に停車する頻度が1・5倍となれば、経済効果は10年間で1679億円と試算した。川勝知事の方針で開業は遅れに遅れているため、静岡県が“リニアの恩恵”を受ける日は遠のくばかりだ。

「昨年11月、三重県の一見勝之知事はリニア建設促進県期成同盟会の総会で挨拶し、リニアの品川─名古屋間の開業が2027年から遅れることに触れ、『日本にどれだけ経済損失があるのか出してほしい』とJR東海に試算を求めました。もしJR東海が試算を発表すれば、その額の大半は川勝知事が原因で発生した損失です。改めて川勝知事の罪深さを実感させられます」

デイリー新潮編集部