サイン色紙は高額で取引されているが(まんだらけオークションより)

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鳥山明国民栄誉賞

『ドラゴンボール』『Dr.スランプ』など、漫画史に残る傑作を生み出した漫画家鳥山明が、急性硬膜下血腫のため3月1日に急逝した。68歳という若さだった。3月8日に集英社のサイトが更新され、尾田栄一郎や桂正和など、そうそうたる漫画家が追悼のコメントを寄せた。また、ネット上での反響の大きさは空前絶後のものであり、世界中の著名人や政治家が鳥山の死を悲しんだ。

【写真】2023年に文化功労者に選ばれた漫画家・里中満智子さんの姿

 鳥山はしばし、海外でもっとも有名な日本人の一人に数えられる。知名度でも人気でも群を抜き、西洋美術や現代アートの名だたるアーティストと比べても格段に上であると、評価する人も多い。「鳥山明レベルの世界的な人気を獲得する漫画家は、二度と出ないのではないか」と考える識者もいる。

サイン色紙は高額で取引されているが(まんだらけオークションより)

 そのため、ネット上では「鳥山明国民栄誉賞を」という声が、一時的に盛り上がりをみせた。これまでに国民栄誉賞を受賞した漫画家には『サザエさん』で有名な長谷川町子がいる。一概に比較することはできないものの、世界的な影響力の大きさでは鳥山は長谷川を凌ぐだろう。そして、多くの子どもたちを熱狂させた漫画の作者という点で、鳥山ほどふさわしい人選はないと思われる。

 国民栄誉賞はしばし、支持率が低下した内閣が支持率浮揚のために出す賞などと揶揄され、批判の対象になる。とはいえ、国民に広く親しまれ、敬愛された人物を表彰するという賞のコンセプトは評価されるべきである。また、スポーツ選手の受賞者が多すぎるなどジャンルの偏りが指摘されることも多い。ジャンルごとの格差を是正する意味でも、鳥山が選ばれることには意味があるではないだろうか。筆者の感覚としては、それほど漫画家は“冷遇”されているように思うのだ。

星新一が指摘した頃から見方は変わったか

 実際、1989年に手塚治虫が亡くなった時も「国民栄誉賞を」と期待する声は大きく、新聞などでも大きく取り上げられたが、結局、授与はされなかった。手塚はのちに勲三等を授与されているが、一般的な知名度は国民栄誉賞の方が高いし、文化功労者や文化勲章も死後に追贈が可能なのに(植物学者の牧野富太郎は死後に文化勲章を追贈されている)、結局、選ばれなかった。

 手塚が亡くなった直後、作家の星新一が2月10日付の報知新聞にこう語った。

「今の日本文化を見て下さい。劇画雑誌が何千万部も売れているのは、だれのおかげですか。文学や映像への影響だって計り知れない。こういう人はめったに出ませんよ。その彼に何の報酬があったでしょうか。文化勲章も出なかったし、芸術院会員にもならなかった。日本って国は文化の価値を見極める力がないんです」

漫画家から文化勲章受章者が出ない

 90年代に亡くなった石ノ森章太郎、藤子・F・不二雄も国民栄誉賞の受賞や文化功労者に選ばれてもおかしくなかったと思うが、実現していない。手塚と石ノ森は60歳、藤子は62歳という若さで亡くなったため、選出のタイミングを逃したという指摘はある。しかし、50代のうちに授与されていてもおかしくないほど、日本文化に対する影響力の大きさは計り知れないのではないだろうか。

 2000年代に入り、漫画はますます発展した。にもかかわらず、文化行政からの関心の低さは、それほど変わっていないように思う。漫画家の文化功労者は1993年に横山隆一が選ばれて以降、昨年には里中満智子が選ばれ、じわじわと増えている。しかし、文化功労者の中から選ばれる文化人最大の名誉とされる文化勲章の受章者は、未だに出ていない。

 日本芸術院も2022年からようやく漫画家を会員に選ぶようになった。しかし、これまでに選ばれた漫画家はわずか3人という少なさである。失礼を承知で言えば、現在の日本画や洋画の画壇で、漫画、アニメレベルで世界的な評価を得ている人はどれほどいるだろうか。漫画が“クールジャパン”だとか、“日本の文化”と語られるようになって久しいにもかかわらず、他の分野と比べて評価が低すぎるのである。

漫画から国宝・重要文化財は出るか

 先日3月15日に、美術工芸品分野から新しい国宝と重要文化財の指定が答申された。仏像、土器、古文書など様々なものが指定されたが、漫画の分野からの指定は今年も出なかった。筆者は以前から、「いつ漫画の分野から重要文化財が出るのか」と気にしているのだが、残念ながら文化庁も関心は低そうだし、国会議員の間からもそうした動きは何もない。

 筆者は、漫画の重要文化財第1号として、中古書店「まんだらけ」が所蔵する手塚治虫の『新寳島』のデッドストックこそがふさわしいと考えている。文字通り一度も読まれた形跡がない、出版当時の姿を留めたものだ。この漫画がその後の漫画界に与えた影響の大きさは説明不要であるし、藤子不二雄の『まんが道』などでたびたび語られているように、その評価は確定していると思われる。

 このデッドストックの存在を聞きつけて、イギリスの大英博物館がまんだらけに本を売って欲しいと持ち掛けてきたそうだ。まんだらけは断ったというが、他国の文化についても強い関心を寄せるあたり、さすがは大英博物館だと思う。2019年、大英博物館で日本の漫画の大規模な展示会「The Citi Exhibition Manga」展が行われており、同館には日本文化や漫画に詳しい学芸員がいるようだ。ところが、日本の美術館や博物館からはまんだらけに依然として1件も問い合わせがないそうである。

 漫画は印刷物だから重要文化財にならないのでは、と指摘する人もいる。しかし、書物の重要文化財はいくつもあるし、明治以降の都道府県の行政文書ですら指定を受けているものがある。貴重な漫画本、そして一点物である漫画家の直筆の原画などは、海外の博物館やコレクターからも関心が高い。今のままでは、かつての浮世絵のような状態になってしまうだろう。貴重な漫画本や歴史資料の散逸を防ぐ意味でも、指定を急ぐべきではないだろうか。

鳥山明の記念館の建設と原画の保存を急げ

 さて、話を鳥山明に戻そう。鳥山の漫画家生活は45年に及び、描かれた作品も膨大な量になる。気になるのが、残された原稿の行方である。既に関係者の間でも水面下で議論が起こっているかもしれないが、急いで保存管理を進めて欲しいし、散逸することだけは絶対に避けたいものだ。ネットでは「鳥山の記念館が建設されるべき」という声が上がっていたが、大賛成である。その際には、原画の収蔵機能も持たせてほしいし、公開する体制を作るべきであろう。

 漫画の原稿に関しては、「横手市増田まんが美術館」のような保存施設はあるものの、キャパシティに限界がある。何より、日本にはたくさんの漫画家がいるし、これまで描かれた原稿の量を考えると、収蔵施設は全然足りないのである。里中満智子が建設を提案した「国立メディア芸術センター」が、民主党政権下で“国営漫画喫茶”などと揶揄されて頓挫したのは、痛恨の極みであった。当時の政治家の文化への関心の低さがよくわかって悲しいものだが、今ならまだ間に合う。国レベルで保存体制を整えるべきであろう。

 鳥山の作品は漫画界の至宝である。そして、創作の苦労の跡が感じられる鳥山の原画は、世界的な文化遺産と言っていいし、展示公開する体制を作れば、日本の新しい観光名所になり得るのではないだろうか。国は早く文化財に指定するなどして散逸を防ぎ、後世に伝えてほしいと強く願う。

山内貴範(やまうち・たかのり)
1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。

デイリー新潮編集部