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 中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。
 3月6日に伊藤忠商事と伊藤忠エネクスがビッグモーターの事業再建に向けた契約を締結したと発表しました。昨年11月に基本合意書を締結していましたが、デューデリジェンスと呼ばれる財務調査などを経て再建パートナーとなることが正式に決まりました。

 まさに火中の栗を拾うといったところですが、伊藤忠に勝算はあるのでしょうか?

◆ヤナセやほけんの窓口、ニッポンレンタカーもグループに

 ビッグモーターの再建には、企業再生に強い投資ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズも加わります。

 ジェイ・ウィル・パートナーズという会社は一般的にあまり知られていませんが、ジェネリック医薬品の品質不正問題で揺れた日医工の再建に携わるなど、事業再生のエキスパートと言える存在。経営の伴走型支援を行うハンズオンを得意としており、再生中の日医工の経営にもジェイ・ウィル・パートナーズの取締役が参画しています。

 ビッグモーターの経営再建においても、中核的な役割を担ってくるはずです。伊藤忠は200億円規模の出資を行うと見られています。新会社への出資の狙いは、グループ間によるシナジー効果とみて間違いありません。

 伊藤忠は2017年に輸入車販売大手のヤナセをTOBで子会社化しました。買収後、伊藤忠は新車・中古車販売、アフターセールスの強化を掲げていました。ヤナセは全国に240の拠点があります。一方のビッグモーターは250店舗。中古車の取り扱い、アフターセールスという側面において、ビッグモーターの店舗網は魅力的でしょう。

 加えて2019年10月には、ほけんの窓口を連結子会社化しています。中古車販売を手掛けることで、保険の販売チャネル拡大を図ることもできるのです。

 その他、伊藤忠はニッポンレンタカーを運営する東京センチュリーもグループ傘下に収めています。ビッグモーターの店舗網、顧客基盤、整備工場の価値は計り知れません。

◆数百億円規模の借入金が残っているが…

 ビッグモーターは2023年8月に返済期限が迫っていた借入金90億円を返済しました。銀行に対して借り換えを要請していたものの、銀行団がそれに応じなかったためです。現預金などで返済したと見られています。巨額の借金を一括返済したことは、財務体質が健全であることを物語っています。

 現在も数百億円規模の借入金が残っていますが、伊藤忠など3社が金融機関に対して返済計画について説明する予定です。伊藤忠が再建するという話が出た際、会社を倒産させて債務を圧縮し、必要な資産だけを新会社に移すのではないかとの憶測もありました。しかし、そのような動きは見られず、健全な再生へと向かっているように見えます。

◆「一番の火種」から隔離した伊藤忠の手腕

 経営再建における最大の火種は訴訟問題。通常、訴訟リスクを抱えている会社のM&Aは忌避されます。しかし、訴訟への対応は旧ビッグモーターが対応することで合意を得ており、創業家は100億円程度を拠出してこの問題に対応するとしています。従って、新会社は訴訟問題からは完全に隔離されているのです。この合意を得られたことが、健全な再建に向けて動き出せた一番のポイントでしょう。

 創業者の兼重宏行氏らは新会社の経営には携わりません。しかし、現在のビッグモーターの株式の大半は兼重氏の資産管理会社が保有しています。新会社に移行した後も、創業家は株式の一部を継続的に保有する可能性は高いでしょう。

 創業者の資金繰りが悪化し、訴訟への対応がしきれなくなれば、新会社に火の粉が飛んでくるとも限らないためです。伊藤忠は訴訟問題と創業者の経営の関与から隔離し、新会社を完全にクリーンな状態にしました。その上で創業者には資金的なメリットが出るスキームを組んだものと予想できます。