明日3月16日(土)開園!ジブリパーク新エリア「魔女の谷」
ジブリパークは2024年3月16日(土)、新エリア「魔女の谷」を開園する。地元・愛知県(名古屋市)出身、スタジオジブリの鈴木敏夫代表取締役プロデューサーが開園前日の3月15日(金)、魔女の谷を訪れ、囲み取材に応じた。レストラン「空飛ぶオーブン」に登場した鈴木さんは魔女の谷で一番感動した点や魅力的な場所を語った他、第96回アカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞した宮粼駿監督作『君たちはどう生きるか』に関する秘話なども明かした。
■冒頭のあいさつ(抜粋)
(魔女の谷を巡り、)天気も良く、魔女の谷を歩いていて、気持ちが良かった。今日初めて魔女の谷を見ました。(ジブリパークの制作現場を指揮した宮崎吾朗監督は)中学生の頃から知っているが、まさか一緒に仕事をずっとやるとは思っていなかった。「三鷹の森ジブリ美術館」を作り、映画を作り、そしてジブリパークを作る。吾朗くんの仕事はもともと公園に関する仕事で、立体物を扱ってきた。映画もさることながら、立体物を作らせたら、本領発揮なんだなと改めて思った。吾朗くんが本当に満足したんじゃないか。そんな気がしたし、それが魔女の谷を見て回った一番大きな感想。ちょっとうれしかった。
■主な質疑応答
――魔女の谷で一番感動した点はどこですか?
建物がみんな本物なんですよね。本物っていうのは本当の建物のこと。今回、吾朗くんが手掛けたものは全て本物だった。
――魔女の谷で魅力的に感じた場所はどこですか?
(宮崎吾朗監督作品)『アーヤと魔女』の「魔女の家」。さすが自分の映画。細部に至るまで手の内が分かっている。吾朗くんのガイドで魔女の谷を見て回ったけど、やっぱり力が入っていました。自分で手掛けた作品に関して、何をどうしたって自分のものだという考えがあるんじゃないですかね。宮粼駿監督作品のもの(『魔女の宅急便』の「オキノ邸」や『ハウルの動く城』の「ハウルの城」他)はどうしてもその考え方を理解した上で作らないといけない。『アーヤと魔女』関連はのびのびと作れたんじゃないかと思いました。
――どういったところにこだわりを感じましたか?
汚い部屋(ベラ・ヤーガの作業部屋)はちゃんと映画と同じように再現されていて、僕はとても楽しかった。
――鈴木さんの出身地である愛知県にジブリパークができたことについて。
うれしいですよ。うれしいですけど、辛いこともありますよね。自分の生まれ育った所に、まさか自分がこういった形で戻ってくるとは思ってもみなかったです。そのときのエピソードを1つだけ話します。ジブリパークをやるにあたって日本中、いろんなところからお誘いがあったんです。「愛知でジブリパークをやろう」と言ったのは吾朗くんなんですよね。それを聞いた瞬間、ちょっと嫌なことなんですけど、取材対応が大変になるなと(笑)。取材からどうやって逃げるか、頭に浮かびました。
結果として、本当に良かったと思いますね。特に吾朗くんはいろんな諸条件を考えた上で、この万博(愛・地球博)の跡地が良いと決めたんでしょうけど、何が良かったかというと、(事業主体が愛知県、企画監修がスタジオジブリなど)民と官が一緒にやる面白さ。うまくいった例なんじゃないかと思います。
――ジブリパークは今後、どのような場所になれば良いと思っていますか?
1つ目は(魔女の谷の開園で)当初の目的である5つのエリアが完成。そこに満足するのか、あるいはそこへ付け加えていくのかを考えないといけない。