岸田文雄首相(写真:時事)

前半国会の最大のヤマ場となった2月28日に、岸田文雄首相(自民党総裁)が「捨て身の“大博打”」(官邸筋)に踏み切った。「来年度予算の年度内成立」のカギとなる衆院政倫審開催をめぐり、自民党内の混乱が野党の攻勢を招くという悪循環を断つため、総裁として「率先垂範で全面公開での政倫審出席を宣言する」という“奇手”で、事態打開を狙ったものだ。

この「岸田流の“奇襲”」(官邸筋)は与野党双方の国会担当者に衝撃を与え、結果的に、安倍、二階両派の事務総長経験者5氏の「全面公開での政倫審出席」も確定。併せて、国会日程上も、実質的に予算の年度内成立が確実視される状況をつくり出した。

さらに、今回政倫審出席の対象議員から外れたが、野党側が強く出席を求めている安倍派「5人衆」の残る1人の萩生田光一前政調会長や、同様に野党が強く求める二階俊博元幹事長のそれぞれの政倫審出席に、「強い“圧力”をかける形」(自民長老)となりつつある。

加えて、「裏金事件の首謀者」(自民長老)とも目されている森喜朗元首相の国会招致問題も、今後の与野党国会攻防の重要な題材となりそうだ。

「岸田決断」には、評価と反発が交錯

今回の岸田首相の「決断」には、与党内から「自ら捨て身になって事態を打開した」(自民国対幹部)と評価する声が相次ぐ。その一方で、安倍、二階両派からは「自分だけいい子になって我々を追い詰めるやり方は許せない」(安倍派幹部)との不満・反発も顕在化させた。

このため、今後の政局の焦点となる衆院解散の可否や、「ポスト岸田」が絡む9月の自民党総裁選を視野に入れた自民党内の権力闘争構図が、一段と複雑・重層化することは間違いなさそうだ。

事実上与野党合意での開催が決まりかけていた28、29日の政倫審開催が、27日夜の自民党内の混乱で先送りとなったことが、岸田首相の突然の決断の背景にあることは間違いなさそうだ。

岸田首相は同夜、周辺に「自分が決断するしかない」と漏らしたとされ、28日昼前、首相官邸でのインタビューで「自民総裁として政倫審に自ら出席し、マスコミオープンの下で説明責任を果たしたい。また、志のある議員に、政倫審をはじめ、あらゆる場で説明責任を果たすことを期待する」と記者団を見回しながら決意表明した。

併せて岸田首相は「(政倫審)開催の見通しが立たないのは極めて残念だ。今の状況のままでは国民の政治に対する不信がますます深刻になってしまうと強い危機感を感じていた」とも強調した。

29日、3月1日に政倫審、中央公聴会も29日開催

これを踏まえ、浜田靖一・自民国対委員長は安住淳・立憲民主国対委員長と国会内で会談し、岸田首相の意向を正式に伝達。それを受けて立憲など野党4党は国対委員長会談で、岸田首相の政倫審出席に応じることを確認。併せて、安倍、二階両派の5人の政倫審出席が確定しない限り、予算案の日程協議に応じないことでも一致した。

これを受けて開かれた政倫審幹事会で、テレビ中継も含め、報道機関に全面公開する形で、29日と3月1日に審査会を開催することが決定。具体的には29日に岸田首相と二階派の事務総長を務めた武田良太元総務相が、翌3月1日には、安倍派事務総長経験者の西村康稔・前経済産業相、松野博一・前官房長官、塩谷立・元文部科学相、高木毅・前国対委員長の4氏が出席する。

また、出席者1人当たりの持ち時間は1時間20分とし、まず議員自身が15分間弁明、それを踏まえて各党委員が1時間5分の質疑を行うことも確認された。政倫審に現職の首相が出席するのはこれが初めてで、議員が出席して弁明を行うのは2006年以来となる。また、これに合わせて予算案採決の前提となる29日の中央公聴会開催も決まった。

「派閥解散」宣言が“成功体験”に

一連の決定を受け、政府・自民党は3月1日の政倫審開催後、週末の3月2日までの予算委締めくくり質疑と採決と予算案の衆院通過を目指す。ただ、野党側は審議時間不足と週末開催拒否で衆院通過を週明けの4日にすべきだと主張しており、最終的に予算案は4日午後の衆院本会議で可決、同日夕にも参院予算委審議が始まるケースも想定される。

その場合、憲法の規定で予算の自然成立は30日後の4月2日となり、年度内成立の「保険」はなくなる。ただ、参院自民側は「審議促進によって3月29日までの予算成立は可能」(国対幹部)としており、野党側も、能登地震対策が含まれる予算成立を遅らせることによる国民的批判を恐れ、実質的に年度内成立に協力せざるをえないのが実態とされる。

そうした中、今回の岸田首相の決断について、周辺からは「1月18日の派閥解散宣言と同じ手法で、あのときの成功体験が今回の決断につながった」(側近)との見方が出ている。これまでも政権危機が強まるたびに岸田首相が突然決断することで事態打開につなげてきたのは事実だからだ。

しかし、ここにきて「その手法自体が国民に見透かされている」(自民長老)とされ、内閣支持率も過去最低を更新し続けている。このため、今回の決断を踏まえ、裏金事件での国民の怒りにも対応するには、「企業献金も含めた抜本的な政治資金法改正が必須」(同)とされそうだ。

また、次の政局の大きな節目となる4月28日の衆院統一補選をそのまま実施するか、予算成立直後に衆院解散を断行して新しい区割りでの選挙戦とするかも、岸田首相の決断次第となり、与党内には「補選に合わせた解散も選択肢」(自民幹部)との声も出ている。

ただ、岸田首相周辺は「補選は何とか1勝1敗1不戦敗で乗り切れそう」(岸田派幹部)との判断から、「統一補選後の5月連休以降、首脳外交などで支持率を回復させ、会期末解散に打って出る」(同)との戦略も視野に入れているとみられる。

もちろん、現状を見る限り「岸田首相の思惑通りの展開となるかは極めて不透明」(自民長老)なのも事実。しかも、今回の「岸田流奇襲作戦」への党内の反発もあるだけに、「4・28統一補選」をなんとか乗り切ったとしても、その後の会期末までの自民党内の権力闘争は一段と激化する可能性が少なくないのが実情。

「3頭体制」崩壊で厳しい政局運営に

すでに自民党内では石破茂元幹事長が勉強会を再開、高市早苗・経済安保相もポスト岸田をにらんでの総裁選出馬の準備を進めている。さらには麻生太郎副総裁も初の女性首相候補として上川陽子外相の担ぎ出しを画策しているとみられる。

さらに、ここにきての岸田首相の「独断専行」で、これまでの麻生副総裁、茂木敏充幹事長との「3頭体制」が崩壊しつつあり、岸田首相は「腹背に敵を抱える形での厳しい政局運営を強いられる」(自民長老)のは間違いなさそうだ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)