中国中車(CRRC)がオーストリアのウェストバーン向けに製造した2階建て電車(撮影:橋爪智之)

驚くようなニュースが飛び込んできた。

2月10日付記事「チェコに登場、欧州初『中国製電車』数々の問題点」で紹介した、世界最大シェアを誇る鉄道メーカーの中国中車(CRRC)に、ブルガリアへの車両納入に関する入札で不正疑惑が浮上、欧州委員会(EC)が調査を行っていると発表したのだ。

不当な補助金でダンピング?

欧州委員会の発表によると、今回の調査はCRRCの子会社であるCRRC青島四方機車有限公司が欧州委員会に提出した通知を受けてのもので、ブルガリアの運輸通信省が行った最高時速200km、総座席数300席以上の長距離列車20本の製造と15年の保守管理、および職員研修サービスの提供に関する公共調達手続きについてである。推定契約額は約12億レフ(約6億1000万ユーロ=約990億9080万円)で、CRRCのほかにスペインのCAFが応札していた。

今回の疑惑を簡単に説明すると、ブルガリアの鉄道車両入札案件において、CRRCが異常な低価格でCAFを圧倒したのは、「EU域外の第三国」からの不当な補助金によるダンピングが理由ではないか、というものだ。もちろん、その第三国とは中国政府のことである。

EU外からの補助金に関する規則(外国補助金規制 The Foreign Subsidies Regulation/FSR)によると、公共調達で契約予定額が2億5000万ユーロ(約406億1100万円)を超え、かつ届出前の3年間に少なくとも1つの第三国から400万ユーロ(約6億4985万円)以上の資金提供を受けた場合、その企業は入札に参加することを欧州委員会に通知する義務があるとされる。


2月からチェコで試験的な営業運行を開始したCRRC製の電車「シリウス」(撮影:橋爪智之)

欧州委員会は、CRRC青島四方機車から受領した通知の予備審査を行った結果、同社がEU市場を歪める「外国からの補助金」を受けていたことを示す十分な証拠があったことから、詳細な調査を開始することが正当であると判断した、としている。

そのため欧州委員会は、外国からの資金が同社に利益を与える補助金であるか、そのために同社が不当に有利な条件で応札できたかどうかを評価する必要がある。

欧州委員会のプレスリリースには、「外国からの補助金」がどの国からのものか、といった明確な記述はなく、現時点ではあくまで調査中のため、詳細な情報については明らかにされていない。ただ、ヨーロッパのマスコミの論調は、それが中国政府からのものだということを暗に示している。

「公平な競争」重視するEU

中国政府からの資金でCRRCが不当に有利な条件で応札していたとなれば、これまで厳しい競争ルールが適用されてきた欧州系メーカーは不公平に感じることだろう。とはいえ、CRRCが国家による経済的支援を受けていたことが事実であれば違法とみなされ、入札のやり直しはもちろんのこと、下手をすると欧州市場への参入禁止という厳しいペナルティも否定できない。

外国補助金規制は2023年7月12日に施行され、この新しい規則により、欧州委員会は今回のような外国からの補助金による違反行為に対処できるようになった。その結果、EUは貿易と投資の開放を維持しながら、欧州域内市場で活動するすべての企業にとって公平な競争条件を確保できるようになった。

EUでは加盟国に対する特定企業への補助金を原則的に禁止しているが、外国からの補助金を受けた企業がEU域内の企業を買収したり、公共調達の契約を獲得したりする際に、補助金による不当な優位性でEU域内市場の公正な競争を歪めていることが懸念されていた。規制はそれを受けての施行であった。

CRRCは2024年1月22日に届出書を提出していることから、欧州委員会はそこから起算した110営業日以内となる2024年7月2日までに最終的な決定を下すことになる。


チェコのヴェリム試験場に留置されるシリウス(右)(撮影:橋爪智之)

もしCRRCの行為が不正とみなされれば、今後どのような影響が予想されるか。

CRRCは現在、ヨーロッパの鉄道市場においては本格的な参入には至っておらず、先般のチェコ国内における連接電車「シリウス」や、ハンガリー鉄道貨物部門のレールカーゴ・ハンガリア向け汎用型機関車「バイソン」が、走行距離を伸ばすためのテスト営業を行っている。一方、オーストリアの民間企業ウェストバーン向けの2階建て電車は、まだ乗客を乗せたテスト営業には至っていない。


ハンガリー向け汎用型機関車バイソン(撮影:橋爪智之)


ウェストバーン向け2階建て電車(撮影:橋爪智之)

つまり、いずれも仮契約のようなもので、ハンガリーとウェストバーンの場合は中国側が車両を貸し出す「リース契約」という形を採っている。もし、今回の件で違法行為があったと認められた場合、これらの本契約に黄信号が灯ることになる。

欧州でのCRRCの未来は…?

既報の通り、連接電車シリウスはもともと、チェコの民間企業「レオ・エクスプレス」が導入する予定で契約したが、認可取得の遅れで契約を破棄され、行き場を失っていたところを同じチェコの民間企業「レギオジェット」が救いの手を差し伸べ、走行距離を稼ぐための試験走行に協力することになった。


シリウスは3本のうち2本目もテスト準備に入った(撮影:橋爪智之)

その結果次第では、レギオジェットがCRRCと正式に契約し、これらの車両を購入する可能性もあっただろう。

ただチェコ共和国は、もともと中国に対する国民感情がいいとは言えず、テスト走行についても「なぜ中国に手を貸すのか」「中国の車両はいらない」といった否定的な意見が市民のコメントのみならず、マスコミからも聞こえてきたほどだ。チェコ政府も政権交代により、「脱・親中」へ舵を切り、中国に厳しい立場を取っている。

この不正疑惑によってチェコ国民の目はより厳しいものとなり、レギオジェットが本契約から手を引く可能性は否定できないだろう。

チェコとは対照的に「親中」といわれるハンガリーの場合は、結果次第では導入へ傾く可能性もあるが、オーストリアのウェストバーンは利用者の感情を配慮した場合、リース契約が破棄される可能性が高まるかもしれない。

地道に努力を重ね、ようやくチェコで乗客を乗せたテスト走行を開始するところまでたどり着いたCRRCだったが、ここで大きな局面の変化を迎えることになった。はたして、この調査結果はいかなるものとなるか、その結果次第で欧州におけるCRRCの未来は大きく変わることになるだろう。


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(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)