人生の成功には「ポジティブ思考」と「ネガティブ思考」のどちらが有効なのか。サイエンスライターの鈴木祐さんは「ニューヨーク大学の研究によると、ポジティブ思考の学生ほど卒業後の就職オファーが少なく、給料も低かった。一方、ネガティブ思考の学生のほうが年収が高い傾向が見られた」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、鈴木祐『天才性が見つかる 才能の地図』(きずな出版)の一部を再編集したものです。

■「自信があれば成功できる」は本当なのか

【猫師匠】「自信があれば成功できる!」といったアドバイスを耳にしたことはあるかな?

【弟子】「根拠のない自信を持て!」とか「人生の成功は自信で決まる!」みたいなやつですよね。確かに、自信さえあればすべてに積極的に取り組むでしょうし、それだけ成果が出そうですけど。

【猫師匠】ところが、話はそう簡単でもない。例えば、オハイオ州立大学などのチームが、自信に関する過去の研究81件をまとめたメタ分析を見てみようか。メタ分析の説明はもういいかな?

【弟子】いっぱいデータを集めることで、ひとつだけのデータを見るよりも、信頼度が高い結論を出せる研究法のことですよね?

■自信と仕事のパフォーマンスは無関係だった

【猫師匠】だいたいそんな感じだ。これによると、自尊心と仕事のパフォーマンスの相関は0.26だった。この数値は、統計的には関係があると言えるが、現実にはほとんど無関係と言っていいレベルだ(※1)。

写真=iStock.com/kuppa_rock
自信と仕事のパフォーマンスは無関係だった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kuppa_rock

この数値をもとにざっくり計算すると、人生の成功において、自尊心の重要さが占める割合は9%前後だと言える。

※1 この研究では、自尊心(自分に対して抱くポジティブな感情)と、自己効力感(自分が目標を達成するための能力を持っていると認識すること)の両方が、仕事のパフォーマンスに影響するかどうかを見ている。結果、自尊心の相関は0.26で、自己効力感の相関は0.23だった。

■「自信がある」と答えた学生は「噓つき」と思われていた

【弟子】自信があっても仕事ができるわけじゃないんだぁ……(※2)。

※2 ペンシルベニア州立大学などの実験でも、似たような結果が出ている。この研究では学生の参加者を集め、そのうち半分には「あなたは能力がある」と伝え、根拠のない自信が育つように誘導した。

その結果、次のテストでは、根拠のない自信を持った生徒ほど成績が悪く、自分たちの過去の平均点すら下回ってしまった。こういった現象が起きたのは、根拠のない自信によって生徒たちが自分の才能に安心し、勉強のモチベーションが下がったのが原因だと考えられる。

【猫師匠】もうひとつ、ノースイースタン大学などの研究では、学生たちに「自信があるか?」を尋ね、その5年後に追跡調査をした(※3)。

すると、最初のアンケートで「自信がある」と答えた学生は、周囲から「あいつは信頼がおけない」「あいつは嘘つきだ」などと思われている確率が高かったんだ。

※3 101人の男女を対象に行われた調査。みなの自信と周囲の評価を調べたうえで、研究チームは「一般的な考え方とは異なり、高い自信は低い自信よりも悪影響が大きい。肥大した自己像にダマされているだけでなく、コミュニケーションの場面でも不利だ」と結論している。

■自信がある人ほど嫌われやすい

【弟子】自信がある人ほど嫌われやすいってことですか?

写真=iStock.com/woyzzeck
自信がある人ほど嫌われやすい(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/woyzzeck

【猫師匠】そうだ。つねに自信がある人は、他人よりも不安が少ないぶんだけ、自分の能力を高めるモチベーションがわきにくい。そのせいで、不安だらけの人よりも、スキルが上がらないことが多いんだ。

その結果、実際にはパフォーマンスが低いにもかかわらず、本人だけは自分の能力を1ミリも疑わない。このようなタイプは、セルフイメージがふくれあがったせいで他人の言葉を受け入れないし、自分は特別な人間だという意識も強いわけだ。

【弟子】それじゃあ他人から好かれるはずもないですね。

■「自信がある人」は都合よく現実をねじ曲げているだけ

【猫師匠】ちなみに、自分のルックスに自信がある人たちを調べた研究では、参加者たちが周囲から美男美女だと思われている確率は5割だけだった。似たような傾向は知能や性格でも確認されていて、自分の見た目や能力に関しては、周囲からの評価がだいたい半分ぐらいズレるものなんだ(※4)。

自分に自信がある人の大半は、たんに都合よく現実をねじ曲げているだけの可能性が高い。

※4 イリノイ大学のエド・ディーナーらの研究による。学生の身体的な魅力、主観的な幸福感、周囲からの評価などを調べ、それぞれの相関を見ている。

【弟子】うーん。実際には自信家が嫌われちゃうとしても、「根拠のない自信を持て」みたいなアドバイスはずっと人気がありますよ。それは、なぜなんでしょうか?

■態度が堂々としていると思わず信じてしまう

【猫師匠】自信がもてはやされる原因は簡単だ。自信を持っている人の多くはナルシシズムが強いため、自分の成功や幸福を大げさに言いふらしやすい。

それに対して、たいていの人はそこまで他人を疑うわけではないから、堂々とした態度の人を見ると、思わず相手の言葉を信じてしまう。

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態度が堂々としていると思わず信じてしまう(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/byryo

【弟子】普通に考えれば、おどおどした人よりも、自信に満ちている人を信じたくなりますもんね。

【猫師匠】しかし、仕事のパフォーマンスが高い人たちの研究をまとめると、実際には自信と能力のあいだに強い関係があるわけではない。

もし超一流の人たちが自信を持っていたとしても、それは彼ら彼女らが並外れて有能だったからだ。重要なのは、高い自信を持つことではなく、あくまで高い能力を持つことだよ。

【弟子】めっちゃ正論に落ち着きましたね……。

■「ポジティブ思考の人」ほど給料が低かった

【猫師匠】「自信」と似た要素としては、「ポジティブ思考」なども、成功に欠かせない能力だとよく言われるね。

【弟子】ええ。ポジティブになれば落ち込まなくてすむから、どんどん仕事が進みそうな気がします。

【猫師匠】しかし、それもまた注意が必要な考え方だ。ある研究では、大学院の学生にインタビューを行い、「いつもどれぐらいポジティブ思考をしているか?」「ポジティブ思考の回数は?」などを尋ねた。

そして、2年後に再びインタビューをしたところ、ポジティブ思考が多い学生ほど、卒業後に就職のオファーが少なく給料も低かった。

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「ポジティブ思考の人」ほど給料が低かった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/takasuu

逆に、人生についてネガティブな考えを持った学生のほうが、年収は高い傾向があったんだ(※5)。

※5 ニューヨーク大学のガブリエル・エッティンゲンらによる研究。83人の学生たちを対象にした実験で、彼らに卒業後のキャリアをポジティブにイメージしてもらったところ、未来を前向きに想像した学生ほど出席率が低く、成績も悪く、企業からの求人が少なく、給料も低かった。

■ポジティブな人は努力を怠る

【弟子】ネガティブな人のほうが、成功しているじゃないですか! どういう理由なんでしょう?

【猫師匠】理由は簡単で、ポジティブな人は、ネガティブな人よりも努力を怠る傾向があるからだ。つねに未来を楽観的にとらえていたら、「自分は大丈夫だ」と思って、それ以上は現状を変えない可能性が高くなる。

【弟子】ポジティブなせいで、危機感が薄れてしまうんですね。

■ポジティブな人ほど挫折に弱い

【猫師匠】また、データでは、ポジティブな人ほど挫折(ざせつ)に弱い傾向も確認された。将来に対して楽観的な態度を保ち続けようとすると、ものごとが上手くいかなかったときのショックが大きくなるからだ。

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ポジティブな人ほど挫折に弱い(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/recep-bg

【弟子】いつも未来がうまくいくと思ってたら、事前の準備もサボりそうです。

【猫師匠】実際、ポジティブ思考は、長い目で見ると逆にうつ状態の原因になるという報告も多いんだ。ある実験では、参加者にポジティブ思考をすすめたところ、気分が良くなったのは直後だけで、1カ月後には逆にうつ状態が増加していた(※6)。

さらに、普段からポジティブ思考をしている人ほど長期的に抑うつ状態になる確率が高く、その効果は7カ月後にも確認された。

※6 こちらもニューヨーク大学などの研究で、67名の学生を集め、全員に「クライアントにビジネスの拡張を提案するところをイメージしてください」と指示。学生たちに自分の空想のポジティブ度をランク付けさせ、この作業を12パターンくり返させている。

ネガティブ思考は悪いものではない

【弟子】ポジティブなせいで病んじゃうって本末転倒ですね……。

【猫師匠】そもそも、ネガティブ思考は悪いものではない。つねに最悪の状態を考えておけば、それだけ未来のトラブルへの備えができ、結果として将来の不安を減らせることも少なくない。

これは「防衛的ペシミズム」と呼ばれる心理で、エピクテトスやセネカといった古代ギリシャ・ローマの哲学者たちも使ったメンタル改善の技術だ(※7)。

※7 「防衛的ペシミズム」は、ウェルズリー大学の心理学者ジュリー・ノレムらが提唱する概念。過去に自分がどれだけ良い結果を出したかにかかわらず、あらたな目標に対して低い期待値を設定する認知戦略を意味する。特に不安になりやすい人ほど、ポジティブ思考を使うよりも、防衛的ペシミズムを使ったほうがうまくいく事実が、複数の研究で示唆されている。

■ビジネスの成功率を上げる「防衛的ペシミズム」

【弟子】言われてみれば、ネガティブなほうが、未来に向けた準備や努力をしそうです。

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実は「ネガティブ思考な人」のほうが年収は高い(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/frema

【猫師匠】「防衛的ペシミズム」のメリットはビジネスの世界でも示されていて、多くの研究では、新たに始めた事業やプロジェクトがうまくいくかどうかより「どれだけ失敗に耐えられるか?」を最初に考えておいたほうが成功率が上がることがわかってきた(※8)。

※8 バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシーらが提唱し、「エフェクチュエーション」の名で理論化した考え方。この理論では、「未来は予測不能である」という前提を置き、どの程度まで損失が出るのかを事前に考えておくことが推奨される。研究チームが、成功を収めてきた起業家を分析した結果、あきらかになった手法である。

■「楽観的な人のほうが平均寿命が6年長い」という報告も

【弟子】失敗の可能性は、事前に調べておくに越したことはないですもんね。

鈴木祐『天才性が見つかる 才能の地図』(きずな出版)

【猫師匠】ただし、「ポジティブ思考など無意味だ」と言いたいわけじゃないよ。あくまでポジティブ思考にも副作用はあるから、正しい用量と用法を見極めないと大失敗につながるという話だ(※9)。

【弟子】「大きく成功した姿をイメージしよう」とか「つねに前向きに生きよう」といったアドバイスをよく耳にしますけど、何も考えずに従うのは危険そうですね……。

※9 事実、ポジティブ思考のメリットを示したデータも多く、例えば「楽観的な人は、悲観的な人よりも平均寿命が6年長い」との報告もある。ポジティブとネガティブには、両方ともに相応のメリットとデメリットがあるため、どちらが良いという話ではない。

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鈴木 祐(すずき・ゆう)
サイエンスライター
1976年生まれ。慶応義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。著書に『運の方程式』(アスコム)、『YOUR TIME ユア・タイム』(河出書房新社)、『進化論マーケティング』(すばる舎)、『最高の体調』『科学的な適職』(クロスメディア・パブリッシング)、『ヤバい集中力』(SBクリエイティブ)、『不老長寿メソッド』(かんき出版)他ベストセラー多数。
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(サイエンスライター 鈴木 祐)