バイデン政権はイランと戦う気はないことを明確にしているものの、不安は尽きない(写真:ブルームバーグ)

原油相場が不気味なほど低位で安定している。2月に入っても、国際指標のWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)の3月物は1バレル=70ドル台前半を軸に推移している。だが、結論から言えば、この先は急伸のリスクもはらみつつ、不安定な展開になる可能性がありそうだ。

中東情勢は依然不安定な状況が続く

WTI原油先物価格は昨年10月7日にイスラム組織のハマスがイスラエルに対する大規模な攻撃を行った後、中東情勢が緊迫するとの懸念を受けて1バレル=90ドル台まで値を伸ばした。

その後は一転して売りに押し戻される格好となり、同12月には70ドルを割り込むまでに反落。その後、OPEC(石油輸出国機構)と有力産油国で構成するOPECプラスが自主的な追加減産を行う方針を打ち出したこともあって、12月半ばにようやく下げ止まった後は、70ドル台の比較的広いレンジ内での上下を繰り返す不安定な状況が続いた後、現在は比較的落ち着いた値動きになっている。市場はアメリカの利下げ見送りや中国の景気低迷で、今後も原油需要はさほど増えないのではないかと見ているようだ。

だがイエメンの反政府武装勢力であるフーシ派が、スエズ運河につながる海上交通の要衝である紅海を航行する船舶に対する無差別攻撃を行ったように、中東をめぐる状況は依然安定にはほど遠い。

つい1月28日にはシリアとヨルダンと国境付近にあるアメリカ軍基地に対してドローン攻撃があり、3人の同国軍兵が死亡。アメリカ軍は2月2日にシリアとイラン領にあるイラン関連施設に対して報復を行った、と発表している。今回は一見深刻化しないように見える中東情勢が、やはり原油相場を押し上げるリスクをはらんでいるということを、改めてじっくりと考えてみたい。

現在の一連の中東情勢の不安が、ハマスとイスラエルの対立に端を発していることは間違いない。中東というと、「アラブの産油国」という画一的なイメージがあるが、イスラエルに限って言えば、多くの石油が採れるわけではない。

よって、問題がイスラエルをめぐる戦闘に限定されている間は、実際の石油需給に大きな変化が生じることもない。もちろんパレスチナ情勢は、アラブ全体を混乱に陥れる可能性を秘めた大問題だ。

それゆえハマスによる攻撃が行われた際に、他のアラブの産油国にも影響を及ぼすのではとの懸念から、原油先物に買いが集まったのも当然と言えよう。

確かに、その後は周辺国が比較的抑制的な態度を取ったこともあって混乱が拡大せず、石油供給にも今のところは大きな問題が生じていない。そのため、前出のように石油市場全体需給の弱さのほうがより大きく材料視され、軟調な相場展開が続いている。しかし、やはりフーシ派による紅海で船舶への無差別攻撃はなお続いており、流れが変わる可能性は決して低くない。

イランの動向が、大きなカギを握る

フーシ派による無差別攻撃は、ハマスとイスラエルの戦闘に対して、初めて当事者以外が何らかの行動を起こした事例と言える。これでイスラエルだけでなく、同国以外に紛争のリスクが拡大したという点で、意味は決して小さくない。

もちろん、フーシ派は国家ではない。だが、背後にイランの支援があることを忘れてはならない。ここへきてアメリカは、英国と共同でフーシ派に対する軍事作戦を開始している。

もしアメリカを中心とした勢力がフーシ派の拠点を本格的に攻撃すれば、イランがそれを黙って見過ごすとは考えられない。もちろんイランにとっても、アメリカやイスラエルと直接的に対峙することは、かなりリスクの高い行動だ。

しかしながら、イスラム教シーア派の同胞でもあるフーシ派がアメリカなどの攻撃を受けているにもかかわらず、イラン政府が何も行動を起こさないでいるなら、「アメリカ憎し」という感情を持つ国民からの批判が強まるのは避けられない。

そうした批判をかわすためにも、今後は行動に打って出る可能性は高いと見る。実際イランは年明け早々から、紅海に軍艦を派遣する意向を示した。アメリカはイランとの戦争は望まないとしているが、将来的にイランとアメリカの軍艦が紅海上で対峙、双方が戦火を交えることがあっても不思議ではないと見ておくべきだろう。

現在、すでに多くの船舶が紅海からスエズ運河を通るルートを避け、南アフリカ経由という迂回ルートに変更しており、物流コストの大幅な上昇が懸念されている。石油輸出に関しても、サウジアラビア西部の輸出港やエジプトからの出荷に影響が出る可能性は高い。早期に問題が解決に向かわない限り、供給不安が強まる懸念がある。

そして、現在それ以上に懸念されているのが、イランがさらに態度を硬化させるか、イスラエルの方がイランに先制攻撃を仕掛けることによって、イランがペルシャ湾からアラビア海に抜ける出口にあたるホルムズ海峡を閉鎖するというシナリオだ。

一武装勢力であるフーシ派が船舶への攻撃を行っただけで、ここまで混乱が生じるのだから、もしイランが本気を出してホルムズ海峡を閉鎖しようとすれば、それはいとも簡単に行うことができそうだ。

国際物流を考えれば、スエズ運河に通じる紅海のほうが重要度は高いかもしれない。だが、こと石油需給に関してでは、その奥にサウジ東部やイラク南部、クウェート、UAE(アラブ首長国連邦)、バーレーン、カタールといったペルシャ湾岸の産油国の輸出港が存在するホルムズ海峡のほうが、影響がはるかに大きい。この地域から石油輸出が停止することがあれば、市場がパニックに陥るのは必至だ。そのときには原油先物価格も、1バレル=80ドル台どころか、100ドルの大台を大きく超えて急伸するのは避けられない。

情勢が一段と緊迫しなくても原油の下値は意外に堅い

もちろん、こうした強硬手段に打って出ることは、イランにとってもアメリカとの対立を深めるという点でリスクが高いのも間違いない。今後についても、これまで同様慎重な態度を維持する結果、情勢不安が高まらないことも十分にありうる。

ただそうした場合でも、昨年後半のような下落基調が再開する可能性はかなり低いと考える。この先、紅海やペルシャ湾で緊張が高まらなくとも、世界市場における需給の逼迫が、相場の大きな下支えとなるためだ。

まず、年初からは昨年11月末にOPECプラスが明らかにした、自主的な追加減産が実際に始まっている。もちろん、アンゴラを中心としたアフリカの産油国が追加減産に難色を示したことからOPECプラスとしての正式合意には至らず、自主的な減産という形になっており、市場では実効性に対する懐疑的な見方も少なくない。

だが今回は産油国の危機感も強く、追加減産はしっかりと行われる可能性が高い。2020年3月にもちょうど同じような状況で減産の合意ができず、サウジやロシアが逆に増産方針を打ち出し、さらには新型コロナウイルスの感染爆発による需要の大幅な落ち込みも加わって相場が急落した苦い経験があるだけに、同じ過ちは繰り返さないのではないか。

また昨年末までもう1つの大きな売り材料となっていた、アメリカやブラジルの大幅な生産増が、今後も続くとは考えないほうがよい。とくにアメリカのシェールオイルも、ブラジルの石油も深海油田からのものであり、どちらも生産コストが高いことに注意が必要だ。

実際、価格下落で採算が取れなくなっている油田が出てきている可能性も高く、価格低迷が続くなら生産は逆に減少することもありうる。

一方、需要面では、確かに世界景気の減速に伴う需要の伸び悩みに対する懸念は引き続き重石になると見ておいたほうがよい。だが石油は生活必需品であり、パンデミック当時のロックダウンのような極端なことでもない限り、需要が大きく落ち込むことはなさそうだ。

OPECプラスの追加減産がしっかりと行われるなら、需給は再び逼迫に向かうだろうし、もしさらに下落したとしても、押し目ではサウジやロシアが必要とあれば追加減産を打ち出す意向を示していることがしっかりと買いを呼び込むことになるだろう。

(松本 英毅 : NY在住コモディティトレーダー)