上場報告会では高橋さんの地元である岩手県内の報道機関向けの撮影も(写真:筆者撮影)

2023年12月、岩手県花巻市で産直ECサイト「ポケットマルシェ」の運営を手がける「雨風太陽」(高橋博之代表)が東証グロース市場に上場した。

もともとは東日本大震災を機に生まれたNPO法人で、「都市と地方をかきまぜる」をミッションに掲げる。

上場にあたっては、利益の創出と社会課題の解決を両輪で目指す「インパクトIPO」の手法を選択。「ポケットマルシェ」で消費者から生産者に支払われる金額や、消費者が生産者のもとで滞在する日数などを「インパクト指標」に設定する。

NPOから始まった法人が「インパクトIPO」で上場するのは、同社が日本初。代表の高橋博之さんは「IPOは仲間づくり。被災地で芽を出した希望の種が日本社会全体の希望となるステージに立てた」と上場の意味を語る。

原点は東日本大震災 県議から知事選に出馬

「昨年に続き購入しました」「とっても美味しかったです!」

雨風太陽が運営する日本初の産直プラットフォーム「ポケットマルシェ」(以下ポケマル)の生産者のページには購入したユーザーからの写真付きのコメントが並び、その下には生産者からの返信が投稿されている。

雨風太陽の事業は、ポケマルのほかに、ユーザーが生産者のもとを訪問するツアー事業「ポケマルおやこ地方留学」、食材付き情報誌『食べる通信』、「ポケマルふるさと納税」が主な柱だ。

農業や漁業の生産者と消費者を直接つなげるポケマルの原点は、東日本大震災直後に高橋さんが駆けつけた被災地にあった

当時、高橋さんは当選2回目の岩手県議で、地元は岩手県内陸部の花巻市。地元からの支援物資を積み込み、津波で甚大な被害を受けた沿岸部へ。車上生活を送りながら、岩手県大槌町を中心に炊き出しなどのボランティア活動を続けた。


地元・花巻市で開いた上場報告会で創業からの思いを語る高橋博之さん(写真:筆者撮影)

議員活動を通じて農家の声を聞き、食を支える一次産業の重要性を感じていた高橋さん。家族を亡くし家や船を失っても「津波を恨んではいない」と海の仕事に戻ろうとする漁師たちの姿に衝撃を受け、被災地のために働こうと心に誓った。

「復興をけん引するリーダーになる」。そう直感し、誰にも相談せず岩手県知事選への出馬を決意。被災地を歩いて遊説した。結果は敗北。この時の政界引退というキャリアチェンジが、後の「雨風太陽」へとつながっていく。

被災地の光景から「関係人口」を事業に

その後も、いち民間人として支援活動を続けた。すると、そこには都会から被災地に通い、漁師や住民たちと一緒に炊き出しをし、がれき撤去に励むボランティアの姿があった。

震災がなければ出会わなかったはずの漁師と都市住民がともに汗を流す。漁師は彼らの応援に励まされ、都市から来た人たちは自分の役割を見つけ出し、生きがいを感じていた。

被災地が助けてもらっているとばかり思っていたら、都会から来た人たちが被災した農村漁村に救われている

このことに気づいた高橋さんは「都市と地方との交流を災害時だけでなく日常の中に落とし込めれば、日本の抱える課題は解消できる」。そう確信した。

後に高橋さんが提唱し、国の施策にも盛り込まれる「関係人口」の言葉は、このころの被災地での対話の中から生まれたもの。被災地は震災前から人口流出が進み、少子高齢化が大きな課題となっていた。

「元に戻すだけなら、ただの過疎地になる。あのころ盛んに言われた“創造的復興”の芽が出れば、それは日本社会全体の答えになる、そう思ったんです」

政治とは別の方法で社会課題に向き合う覚悟が決まった

注目したのは「食」。現代の消費社会の中で、主な生産の現場である地方と消費地である都市は分断され、双方が見えにくい。

「生産者は自分の作るものの本当の価値に自信が持てず、業者の言い値で大規模な流通に乗り、消費者は安く大量に買おうという消費行動に走る。ところが、被災地で漁師の人生に触れ共感した人たちは値段なんていくらでもいいから買いたいと言うんです」

それをパッケージにできないかと考えたのだ。

しかしビジネスはまったくの素人。知り合った人たちに自分の思いをぶつけて回った。その情熱を受け取り、形にするため伴走したのが、複数の起業経験を持つ大塚泰造さん(雨風太陽取締役)だった。

大塚さんら多様な経験やスキルを持った人たちの協力を得て、高橋さんは2013年にNPO法人東北開墾を設立。高橋さん自ら東北の生産者を取材し書き上げた誌面とその生産者の作った食べものがセットになった月刊誌『東北食べる通信』を創刊した。

殻付きの牡蠣、土が付いたままの野菜、らせん状のメカブ……。読者のもとには海や畑からとって来たばかりの生産物とともに、生産者の生きざまや哲学、その食材を生んだ地域の風土や歴史がつづられた冊子が届く。

読んで料理して終わりにしないため、生産者と読者とのSNSグループを作ると、そこでの交流が生まれ、熱心な読者がグループの運営を買って出た。

すると投稿を見て生産者の畑を訪ねる人や、神輿の担ぎ手が不足している祭りまで手伝う人たちが生まれた。稲刈りの時期に田んぼがぬかるみ、助っ人を呼びかけた農家のもとにはのべ200人以上の読者が全国から駆けつけた。

高橋さんが掲げたミッション「都市と地方をかきまぜる」がまさに目の前で動き出したのだ。『食べる通信』の取り組みは共感を呼び、全国から「うちの地域でもやりたい」との声が上がり、国内では最大55地域に広がっていった。

資本主義のど真ん中で社会を変える

一方で、生産者を取材し媒体を発行するのは月1回が限界。生まれたムーブメントをもっと大きなものにするためには、もっと多くの生産者の情報をリアルタイムに発信することも必要だった。

そのため生産者が写真や言葉で自身の生産物を伝え、消費者が購入できる仕組みの検討を始めると、再び高橋さんのもとにはマーケティングや企業経営などさまざまな分野に携わる人が集まり、知恵を貸してくれた。

そのことが産直ECのさきがけとなる「ポケマル」誕生につながっていく。


「ポケットマルシェ(ポケマル)」は日本最大級の産直(産地直送)通販サイトに成長した(出所:ポケットマルシェ

株式会社化を経て、2016年にオープンしたポケマルは、生産者がスマホで価格や個数などの情報を登録するだけで出品できる手軽さが特徴だ。受注すると自動的に伝票が発行され、生産者は直接ユーザーに発送する。

ユーザーは生産者のページに感想や御礼の投稿ができるほか、生産者にダイレクトメッセージを送ることもできる。その結果、コミュニケーションが活発になり、リピーターも増えたという。

ユーザーは2020年に5万2000人ほどだったが、コロナ禍を経た2023年には73万人に増加。登録している生産者も2000人から8100人へと4倍までに増えた。

ポケマルのトップページには各地の生産者の商品のほか、災害や豪雪、異常高温などで被害を受けた生産者を応援するキャンペーン商品も並ぶ。

上場を視野に入れたのは、巣ごもり需要で売上が伸び、産直ECの認知度も上昇したコロナ禍渦中のこと。社会を疲弊させている要因である資本主義を批判してきた高橋さんだったが、社外取締役でユーグレナ元CEOの永田暁彦さんのひと言に上場への背中を押された。

「博之さんは橋の下で『社会を変える』と歌っているようにしか見えない。本当に社会を変えるなら武道館を目指すべきじゃないですか」。

自社を上場させた経験を持つ永田さんの言葉で、高橋さんは腹をくくった。

「それまでは資本主義が世の中を悪くしていると言ってきたけれど、資本主義のど真ん中でこの社会を変えるっていう挑戦をね、真剣にやらなきゃあかんなという気になってきましたよね」と振り返る。

折しも、SDGsの考え方が浸透するとともに、企業が事業を通じて社会課題の解決と利益追求の両方を目指すCSVやインパクト投資、ソーシャルインパクトなどの考え方が日本にも広がり始めた時期でもあった。

高橋さんらは関係人口の数を「インパクト指標」に定めて、3年がかりでインパクトIPOに向けた準備を進めてきた。

被災地の漁師から「応援するから株を買わせろ」

 雨風太陽が2023年12月18日に上場するというニュースは、高橋さんの出身地であり、現在も本社が登記されている岩手県の地元紙岩手日報の一面で報じられた。

その日の夕方、高橋さんのスマホに震災直後に出会った被災地の漁師から電話が掛かってきた。「株なんて買ったことないけど、応援したいから株を買わせてくれ」。

上場によって、農家や漁師が雨風太陽の株主になった。

「農家や漁師はポケマルのお客さんであると同時に、日本の一次産業の課題に向き合う当事者。そういう人たちが課題解決のために株を買う。これは上場を通じて実現したかったことです」。


上場セレモニーで鐘を鳴らす雨風太陽の高橋博之代表(右)と大塚泰造取締役(写真:雨風太陽提供)

NPO法人からのインパクトIPO。「『都市と地方をかきまぜる』というミッションに共感してくれた人たちの期待とちゃんと利益を上げるというプレッシャーにさらされることが、関係人口というインパクトを最速で最大化する道。もう急がないと手遅れになる」。

そう語っていた矢先の2024年1月上旬、高橋さんは能登半島地震の被災地の支援のため、輪島市の孤立した集落へ。現地の『加賀能登食べる通信』の関係者や東日本大震災の被災地から駆けつけた生産者とともに炊き出しの支援活動を始めた。

被災した生産者への支援金や「ポケマル炊き出し支援プロジェクト」には全国のユーザーから寄付が集まる。それは13年前、東日本大震災の被災地でまかれた希望の種の萌芽だ。

(手塚 さや香 : 岩手在住ライター)