1カ月ごとの赤ちゃんの大きさと重さをリアルに再現した人形。これを実際に手に取りながら、子どもたちは赤ちゃんの成長を学んでいく(筆者撮影)

「性教育後進国、性産業先進国」と言われる日本。そんな社会背景を受け、ここ数年「性教育」に高い関心が寄せられ、試行錯誤しながら性教育を進める家庭や教育現場も増えてきた。

とはいえ、性教育を体系的にきちんと受けてきた大人はほとんどいない。そのため「どの性教育の方法が正解なのか」「性教育を行うことで、子どもたちにどのような影響を与えるのか」など、出口も答えも手探り状態だ。

私たちは、どのように性教育に向き合っていけばよいのか。長年、性教育に取り組んでいる和光小学校(東京都世田谷区)と和光鶴川小学校(東京都町田市)の事例から、そのヒントを探る。

6年間で約60時間の性教育のカリキュラムを実施

毎日メディアには性犯罪のニュースがあふれ、「性犯罪が増えた」と感じている人も多いだろう。子を持つ親としては、どうやってわが子を守ればいいのか悩みは増すばかりだ。

しかし、和光学園理事で和光小学校前校長の北山ひと美さんは「昔も同じくらいあったはずだが、被害を受けた側が言えなかったり、声を上げても『そんなはずはない』とふたをされ、表面化していなかっただけ。やっと社会が動こうとしている」と時代の変化を指摘する。

和光学園が運営する和光小学校と和光鶴川小学校は、「からだ・こころ・いのちの学習」として6年間で約60時間の性教育のカリキュラムを実施している性教育先進校だ。のびのびと学ぶことができる環境と個性を重視した教育を求めた親たちが教師を集め建学した背景もあり、子ども一人一人を大切にした教育づくり、学校づくりで知られている。

スクールセクシュアルハラスメントが社会問題となった2009年、当時勤務していた和光鶴川小学校で北山さんはスクールセクハラの授業実践に取り組んだ。「当時セクハラという言葉を知っている子はクラスの半数くらいだったが、今はほぼ全員が知っている」(北山さん)と、子どもたちへの浸透度は目に見えて違うという。

言葉の浸透だけではない。授業では、学校内や子どもたちの生活の中で起こりうるセクハラについて、1つずつ事例のイラストを見ながら「これはセクハラだと思うか、セクハラだと思わないか。なぜそう思うのか」を子どもたちに問いかけていくが、問題意識にも変化が見られる。


実際の授業で使っているセクハラ事例のイラスト。児童を膝に乗せる「身体接触型」、子どもたちが先生の容姿をからかう「からかい型」、まず男子から取りに来るように呼ぶなど性別によって分ける「ジェンダー型」など、学校内で起こりうる代表的事例を取り扱う(筆者撮影)

例えば、仕切りのない教室で女の先生が男子児童たちに「ここで着替えて」と言うことはセクハラか否かを問う「プライバシーない型のセクハラ」について。2009年は、セクハラだと思う子はクラスに1〜2人程度で、ほとんどが「仕方のないこと」という認識だった。それが今では「ありえない」とほとんどの子が思っているという。

「これは和光幼稚園で行っている『からだのはなし』で自分のからだは自分だけのもので、自分のからだをどうするかは自分が決める、という意識を育み、幼稚園で子どもが着替える場所など生活の場面で配慮をしていることが大きく影響している」と北山さん。

また、ふざけてズボンを下ろしたりする「性的いじめ」についても、2009年当時は「遊びでやる」ことに抵抗がない子どもたちがいたが、今は「それはいじめだ」「ぜったいいけない」と考える子どもが圧倒的多数だ。

「ただ、なかには、それらの行為をセクハラだと思わない子もいる。それぞれの子どもが考えることを受け止めた上で、やられた側がどのように感じるかに思いを馳せることで改めて考え合うようにしている」(北山さん)ことは欠かさない。

性教育を始めたきっかけ

同校の性教育の歴史は長い。

北山さんが和光小学校に着任した1984年には、すでに2年生で「人の誕生」、5年生で「二次性徴」の授業を行っていた。

とはいえ、「当時の2年生の誕生の授業は、友だちの親にその子の赤ちゃんの頃のことを聞き取り、友だちの絵本を作るということや、クラスでお誕生日会を行い、聞き取りの中で赤ちゃんの誕生にまつわる疑問を出し合い、おなかの中の赤ちゃんの様子や出産の様子、時には『いのちの素はどうやってできるの?』という疑問に答える形で授業を行っていた。ただ、今思い返せば、子どもの疑問に答えることが中心で、系統的にどのように性教育を行うか、ということはできていなかった」と北山さんは40年前を振り返る。

その後、大きな転機となったのが2000年代初頭。5年生の「思春期に向かうわたしたちのからだ」の単元でアンケートを採ったとき、「スカートを履いてみたい」という男子児童の声をきっかけに、当時、北山さんが勤務していた和光鶴川小学校にトランスジェンダーの方を講師として迎えて、特別授業を行った。

この授業は保護者にも声をかけ、20名以上の保護者が参加。子どもたちは性別違和を感じる当事者の話に真剣に耳を傾け、保護者もまた共に学ぶ機会となった。

「この授業をきっかけに、性教育に取り組むことの必要性を感じた」(北山さん)

文部科学省はおよそ10年ごとに学習指導要領を改訂しているが、和光小学校・和光鶴川小学校は10年に1度教育課程の改訂(カリキュラムの再編)を行っている。2006年度の改訂再編で、総合学習に学年別テーマとは別に、全学年が取り組む領域別テーマを設けた。その1つが「異文化国際理解教育」、もう1つが「こころとからだの学習(性教育)」だった。

ユネスコが世界保健機関(WHO)などと共同で包括的性教育の指針を示した「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」を発表したのが2009年。それよりも3年早い。

日本において性教育はタブー視される傾向にあり、内容や表現などに対してバッシングや指摘がしばしば起きる。

カリキュラムを自主編成し、教育づくりに保護者も関わることのある同校でも、まだ「LGBTQ」だけでなく「性同一性障害」という言葉も浸透していない当時、トランスジェンダー当事者に来ていただいての特別授業には教員の中にも戸惑いの声があった。

それでも「性教育を受けると子どもが変わり、人との関係が変わる。自分を大事にしようと思うようになる」と、目の前で子どもの変化を見てきた北山さんに迷いはなかった。

2年生の「たんじょう」の授業で出産や性交・受精の授業は保護者にも公開し、子どもたちが自分はどのようにして生まれてきたのかを科学的に学ぶ姿に感動の声が寄せられたことも、この実践に確信を持つことにつながった。

2014年、北山さんが和光小学校の校長に就任すると、プロジェクトチームを作り、2017年に和光小学校でもカリキュラムをつくり上げた。

教える側も真剣に勉強する必要がある

和光小学校、和光鶴川小学校での性教育の授業は、養護教諭がフォローしつつも、メインで担当するのはクラス担任だ。

例えば、月経や射精もクラス全員で学ぶ。月経の授業では生理用ナプキンで吸水性の実験を行ったり、多くの水分を含んだナプキンは冷たくからだが冷えることなど実感を伴って学ぶ授業づくりを、養護教諭と担任が連携して行っている。

「性教育は、教える側も真剣に性教育について勉強し、向き合う必要がある。いくら詳しい授業案を共有したとしても、教える側がその教材の内容を深いところで理解していないと、子どもたちに『今日なんか気持ち悪いこと習った』という印象しか残らなかったり、授業そのものを茶化してしまい、本当に大切なことが伝えられなかったりする」と北山さん。

これから性教育をしようと考えている家庭や教育現場にとっては、身につまされる。

「自分自身が性差別意識を持っていたり、ジェンダーバイアスがかかっていたり、そもそも性教育はいかがわしいものだと思っていたりすると、それが言葉や態度に出てしまうことがある。自分自身のセクシュアリティが問われているのが性教育」と、教える側の覚悟や人間性まで重要になると北山さんは言う。

とはいえ、ここまでの充実した授業が受けられる子どもはほんの一握りしかいない。一般家庭の子どもたちへの性教育はどのように考えればよいのか。

特に、親として気になるのは「自分の子どもを性犯罪から守ること」「将来、性犯罪加害者にならないこと」だ。

「性被害を防ぐためだけの性教育は、やってはいけないことを教えることが中心になることが多く、からだを肯定的に捉えることができない。からだのことを科学的に学び、からだっていいな、人と人が触れ合うことっていいな、という感覚を育て、自分のからだが大事だと思える『からだ観』を育むことが大切」と北山さん。

「性犯罪は、顔見知りによるものが多い。頭をなでたり、手なづけたりするグルーミングから始まることもある。だからこそ、自分のからだが大事だという感覚を養うことで、いいタッチ、悪いタッチがわかるようになる。

『なんか変』『なんで今触ってるの?』という感覚を育んでいくことが大切。そのためにも他の人に見られたくない、触られたくないところはプライベートパーツであり、プライベートパーツは自分だけが見たり触ったりしていいところだということを、幼児期から学ぶ必要がある」(北山さん)

「支配する性」の伝え方

両校の性教育カリキュラムは、1年「からだたんけん」、2年「たんじょう」、3年「男らしさ女らしさ」、4年「私たちのからだと成長」、5年「思春期のからだとこころ」、6年「社会的な性の問題」と、まず「生殖の性」について学び、その後「ふれあいの性」を知り、高学年になって「支配する性」について考えていく。

どうしても、性犯罪から子どもを守ろうとすると「脅しの性教育」になりがちだが、人と人が触れ合うことは心地いいことであると理解した上で、支配する性があることを伝えるのが重要だという。


北山ひと美さん/和光小学校・和光幼稚園前校園長。一般社団法人“人間と性”教育研究協議会(性教協)代表幹事、性教協乳幼児の性と性教育サークル代表。幼稚園、小学校の現場で、性教育のカリキュラムづくりと実践を重ねている。共著に『あっ! そうなんだ! 性と生』(2014年、エイデル研究所)、『乳幼児期の性教育ハンドブック』(2021年、かもがわ出版)など。『性ってなんだろう?』(2022年、新日本出版社)監修。NHK Eテレ「アイラブみー」監修(筆者撮影)

「2年生の「たんじょう」で出産、性交・受精を学ぶのは、子ども自身が自分はどこからどうやって生まれてきたのだろう、自分のいのちの素はどうやってできたのだろう、という疑問に対して科学的に学ぶため。小学校低学年ぐらいまでは生まれてきた側として出産も性交・受精も受け止め、「ふれあいの性」も受け止めることができる。

学年が上がり、性交について2年生で学んだことをもう一度確認すると「そうだった」と自然に受け止めることができる。スパイラルに学ぶことで、高学年になり、”性の主体者”として学び直すことができる」(北山さん)

親が生殖の性を伝えるとしたら、小学校低学年頃までがいいそうだ。「初潮や精通を迎えた子どもにストレートに性教育を行うのは難しい。“性の主体者”と感じる子どもは、父親や母親を大人の男性、女性として見ることになる」(北山さん)からだ。

2年生のテーマ「たんじょう」は、「生殖の性」を学ぶ。子どもたちは自分がどのようにして生まれてきたか、いのちの素はどのようにしてできるのかを知りたいと思っており、それに応える授業はとても盛り上がる。この単元では、本人が保護者に聞き取りをし、その内容をクラスで発表する取り組みをしている。

聞き取る内容は、生まれたときの体重、身長や生まれるときの様子、乳児の頃病気やケガをしたかどうか、などあくまでも客観的に答えることができる内容としている。その聞き取りの中で、「逆子」「破水」「へその緒」など妊娠、出産にまつわるキーワードが出てきて、その後の取り立て授業につながっていく。

この学習は非常にデリケートな部分を含んでいるので、保護者に対しては学年教育講座で学習内容の丁寧な説明を行い、各家庭に聞き取りをすることについては、個別の配慮を必要とする場合など慎重に取り組んでいる。
子どもたちの発表と並行して、出産、性交・受精、胎児の成長、いろいろな生まれ方などの取り立て授業を行い、子ども自身が自分の「たんじょう」絵本をつくるというところまで、なんと年間24時間も割かれる。

出産体験では、「生まれる側から捉えさせたい」という意図のもと、布団カバーと大人用の腹巻きで作った子宮と産道を使って「生まれてくる」体験もする。


子どもたちが出産体験するときに使用する、胎盤とへその緒。これをズボンに挟んで”生まれる”と、なぜ「逆子」が危険なのか、へその緒の絡まり方などがわかりやすい(筆者撮影)

本物の胎盤より大きい手作りの胎盤からへその緒をつなげ、へその緒の先をズボンに挟んで、手を使わずに出てくるのだ。


2年生で行う「出産体験」の授業。手を使わずに、子宮から産道を通って生まれてくる体験をする。授業後しばらくは、休み時間などに出産体験を希望する子が続出するほど大人気の授業だ。(写真:和光鶴川小学校提供)

思春期前に、生殖の性を知っておくことで、性の主体者となる高学年で思春期のからだ、こころの変化とともに改めて「ふれあいの性」「支配する性」を学ぶときの受け入れ方は変わってくる。

「からだはプライベートパーツの集合体であり、科学的に学んでいくことが大切。子どもたちの姿を見ていると、幼児期、小学校低学年の時期から「からだの権利」について学んでおくことがとても大切であると感じる。性教育は、生殖の性、二次性徴の学習だけではない。自分自身のからだも周りの人のからだも大切なものであるという感覚を小さいうちから育むことが、SNSでのトラブルにつながる問題に気がつくことにもなるのではないか」(北山さん)

親が性教育を受けていないなら、一緒に学べばいい

北山さんが5年生の授業後に児童へ宛てたメッセージに「からだの仕組みを知ることが、自分自身のからだ、パートナーとなる人のからだを守ることになる」と書かれていた。

これは、性教育を受けていない私たち大人に向けられた言葉のようでもある。

一朝一夕にいかないからこそ、性教育は難しい。しかし、性教育は本来、性犯罪から身を守るために怖がらせるものではなく、将来を幸せに生きるためのお守りになる大切な知識だ。

親が性教育を受けていないなら、子どもと一緒に学べばいい。科学的に学ぶ性教育は、親子の絆を深めてくれるきっかけとなってくれるはずだ。

(吉田 理栄子 : ライター/エディター)