総務省は昨秋、初めて”出戻り官僚”を受け入れた。年功序列の色合いが濃い霞が関が変化するきっかけとなるのか(撮影:梅谷秀司)

「どういうふうに処遇されるかわからないし、周りにどう思われるかもわからない。正直チャレンジングでリスクもあったが、後悔はしていない」

総務省総合通信基盤局で、電話番号の制度整備や運用を担当する平松寛代・番号企画室長(46)はそう話す(平松室長のインタビューはこちら)。

平松室長は2000年に郵政省(現・総務省)に国家I種で入省した、いわゆる「キャリア官僚」だ。そして2年前に民間企業に転職した後、2023年10月に霞が関に戻ってきたばかりの「出戻り官僚」でもある。

2001年に自治、郵政、総務の3省庁が統合して生まれた総務省。800人近いキャリア官僚(人事院調べ、I種等・総合職の試験任用者)が在職するが、出戻りは総務省の発足以来初となるケースだ。

出戻りは霞が関全体でもレアケース

国家を背負うエリートが集い、日本最大のシンクタンクと呼ばれてきた「霞が関」。社会全体で人材の流動化が進む近年、新卒採用で年功序列・終身雇用の印象が強かった霞が関にも異変が起きている。役所を去るキャリア官僚が続出し、採用後5年未満に1割が退職しているのだ。

一方で平松室長のように、いったん官僚の身分を捨てて民間に出たものの、再び霞が関の門戸を叩いてくる人もいる。

人事院によると、官僚の出戻りについてのデータはなく、その実態は不明だ。霞が関では、リボルビングドア(回転扉)のように官民を行き来した有志の出戻り官僚ら十数人でつくる「リボルバーの会」の存在が知られ、少なくとも金融庁や経済産業省などでの事例はある。ただ、「多くは聞かない」(人事院担当者)のが実情だ。

平松室長は22年間勤めた総務省を、2022年6月末に退職。職場結婚した夫が民間企業に転職して家庭環境が変わったことや、当時担当した仕事に自信を持てなくなったのがきっかけだった。


総務省の平松寛代・番号企画室長(記者撮影)

その後オムロン事業子会社へと移り、経営戦略や新規事業立ち上げに携わったが、再び国のために働きたい思いが強くなり、総務省の経験者採用に応募し合格。総務省を去ってから1年3カ月で復帰することとなった。平松室長は「民間でのマネジメント経験を国の仕事に役立てたい」と語る。

年功序列の色合いが濃い霞が関では、年次にとらわれない人事自体が依然として少ない。出戻り者の採用は、総務省にとってもチャレンジングな試みだったといえる。

人事を担当する総務省秘書課の柴山佳徳官房参事官は、管理職の経験者向けの選考採用試験を実施した理由について、「今までの硬い年功序列から社会が流動化する中で、役人が追いついていない部分をキャッチアップし、人事改革を進めないといけないと考えた。人事の平等性を考えながらも、組織力アップに向けて試行錯誤しなければいけない時代になっている」と説明する。

IT・コンサルへの転職も目立つ総務省

人材流動化の波は、総務省にとってもひとごとではない。とりわけ通信や放送を所管する旧郵政省系の官僚は、アメリカのビッグテックなどをはじめとするIT業界や、コンサル業界への転職が目立つとされる。

2021年には総務省幹部の接待問題が国会で取り上げられ、30人超の職員が処分された。組織が大混乱に陥る中で、「直後に多くの職員が一気に離職」(総務省関係者)する動きもあった。

組織からすれば、キャリア官僚が中堅を前に退職することがとくに痛手となる。人事院の担当者は次のように打ち明ける。

「今も職員を新卒で採用し、仕事を通じて育てるのが霞が関の主流なやり方だ。政策の企画・立案を担う総合職が10年ほど経験を積み、これからいよいよ、という時に辞められると厳しい。中核になる年次が少なくなるので、新人を増やせばいいというわけでもない。行政が複雑化してさまざまな新しい課題が出てくる中で、何年か後まで待てない状況もある」

職員の流出が相次ぐ状況下で、民間人材の経験者採用も当然進めている。ただ国の仕事は、予算・法律づくりに国会対応、政治家への根回しといった“特殊性”がつきものだ。「公務員特有の作法、仕事の進め方がある。各省とも、研修などを充実させないと外から来る人は定着しづらい」(人事院の担当者)。

その点、平松室長のように役人としての蓄積があり、官民の違いもわかる管理職は貴重な存在ともいえる。総務省の柴山官房参事官は「役所では、経験や知識が重要。細かい知識や制度はすぐに覚えられないので、即戦力としてのプレミアがある。民間の知恵も還元してほしい」と期待する。

もっとも、初めてとなる採用の試みなだけに、待遇面は手探りだ。2000年に入省した平松室長の同期の多くは今、課長となっている。しかし出戻り第1号の平松室長は、課長よりも格下に当たる室長級での再スタートとなった。

本人は「戻ってきて急にみんなと同じだと目立って嫌だから、課長では戻りたくなかった」と納得感を示すが、復帰後の待遇のあり方は、出戻りを検討する人たちにとって重要な判断材料の1つとなる。退職者が戻りやすい体制を作るには、民間での勤務経験が評価されるような人事制度の検討も課題となりそうだ。

10人に1人のキャリア官僚が5年未満で退職

霞が関全体でみても、人材の流動化は止まらない。中でも若いキャリア官僚の退職者が際立つ。


キャリア官僚の採用は毎年、700人前後だ。人事院がキャリアに絞って行った調査では、2020年度に退職した在職10年未満の官僚は109人で、2013年度(76人)よりも33人増えたことが判明。在職5年未満の退職者率は、2016年度採用者で10%と、2013年度採用者(5.1%)よりも4.9ポイント上昇する結果となった。

10人に1人のキャリア官僚が、就職後5年未満で辞めている計算となる。

退職予備軍も多い。内閣人事局が国家公務員を対象に2022年度に行ったアンケートでは、非管理職のうち、「3年程度のうち/1年以内に辞めたい」「すでに辞める準備中」と回答した人は、30歳未満で男性が11.4%、女性が9.4%、30代で男性が6.1%、女性が7.6%だった。

なぜ、官僚は霞が関を去るのか。内閣人事局のアンケートでは、30歳未満・30代の男女いずれにおいても、離職意向の要因として「もっと自己成長できる魅力的な仕事につきたいから」という回答が4割超と最多だった。30歳未満の男性は「収入が少ないから」も、42.4%と高かった。


総合職として新卒で入っても、「定年まで公務員を続けたい」と希望する職員が5割未満にとどまるとのデータもある。公務員でも終身雇用を前提とせず、キャリアアップを意識しながら働く若手が多いことがうかがわれる。

志望者自体も昔より減っている。2012年度に2万5110人だった国家公務員総合職試験の申込者数は、2022年度には約27%減の1万8295人まで落ち込んだ。人事院の学生向け調査では、国家公務員を回避する理由として、試験の勉強・準備を除けば、「業務内容をこなすことが大変そう」「業務内容に魅力を感じなかった」などの回答が目立つ。

年次ではなく能力でのフェアな評価が必要

「ブラック霞が関」という言葉に代表されるように、長時間労働などネガティブイメージが定着し、学生にとって職業としての官僚の魅力度は低下している。安倍政権以降は官邸主導が強まり、森友学園や加計学園問題など官僚の「忖度」が問われるスキャンダルが発生し、役人が矢面に立つ場面も目立った。そうした問題も、若者を霞が関から遠ざける要因になっているのかもしれない。

官僚を取り巻く環境の変化に、霞が関も人事改革を迫られている。人事院は2023年9月に有識者会議を設置し、人材確保などさまざまな観点から国家公務員人事のあり方の議論が進む。今秋にもまとまる提言の内容を踏まえ、人事院は人事管理の「抜本的アップグレードを実行する」方針だ。

出戻り官僚で構成する「リボルバーの会」の事務局を務め、官民共創に取り組む元経産官僚の栫井誠一郎氏は、ダイバーシティも意識した人事制度への転換が必要だと指摘する。

「官民を行ったり来たりできる世の中がよいという時代に変わっているけれど、これまで組織がなかなか追いついていなかった。年功序列、終身雇用だと年次で判断しがちになるが、元官僚、民間経験あるなしに関係なく、政策分野でどんな能力を持つかフェアに評価することが大切だ」(栫井氏)

押し寄せる大きな変化の波にさらされる霞が関。多様な人材が能力を発揮できる職場に変われるのか。従来の慣例から抜け出そうとする試みはまだ始まったばかりだ。

(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)