高収益企業のキーエンス。社員はどのような働き方をしているのでしょうか(写真:遠山綾乃)

制御機器大手のキーエンスは、2023年3月期の営業利益が4989億円、営業利益率54%の超高収益企業で、社員の平均年収が2279万円と高いことでも知られています。キーエンスはなぜ高収益を生み出せるのか。今回は「時間」と「お金」の考え方について、キーエンス出身のコンサルタントで、新著『「キーエンス思考」×ChatGPT時代の付加価値仕事術』を上梓した田尻 望氏が解説します。

たった5分の遅刻でも、その後の工程に影響

キーエンスのすべての社員は必ず「時間」と「お金」の約束を守ります。例えば、打ち合わせに5分遅れた人がいたとします。遅れた本人は「たった5分」と思うかもしれません。ですが、遅れはその後のすべての工程に影響します。この場合なら、あと5分あれば出せた結論が、翌週の会議に持ち越しになるかもしれません。まず、これだけで他のメンバーに対して、会議1回分の無駄な時間を使わせてしまうことになります。

それだけではありません。結論が持ち越しになったことで、1週間の遅れが発生しています。この状況が3回積み重なれば、プロジェクト完了の期間は1カ月近く遅れることになります。1つの遅れによって、事業全体の売り上げが大きく落ちるかもしれません。そういったことを意識せず、気軽に5分の遅刻をする人が非常に多い現実があります。

実は私自身、キーエンスで働いていたときに、メールマガジンを担当しており、求められていたネタの提出が1日遅れたことがありました。その後、上司から約1時間にもわたって、「君が遅れたことによって、その後の工程がどれだけ遅れるかわかるか?」と、遅れてはいけない理由を理詰めで教えられたことがあります。

お金も同様です。仮に1億円の売り上げがあったとしても、もともと1000万円分の資本投下で済む予定だったものが、予算が膨らんで1億円の資本が必要になったとしたら、その事業は失敗、マイナスと評価されます。逆に同じ1億円の売り上げでも、予定どおり1000万円の資本で済み、かつそこに割かれる自分や社員の時間が少なければ、資本も人の命の時間も効率的に活用されたと高く評価されます。

大企業になるほど、大きな売り上げを生み出していても、そこに投下する資本と、割かれる社員の時間が大きくなりすぎているケースが多くなります。費用対効果や投資対効果について理解しているつもりでも、自分の5分の遅刻がそれらを下げることにつながっているとは考えていないのです。

つねに投げかけられる「それは何のために?」

私がキーエンスに在籍していたのは2008〜2012年ごろですが、とにかく上司から「それは何のために?」といった問いを投げかけられていました。

例えば、「エクセル(Microsoft Excel)のマクロで仕事を自動化したい」と提案すれば、「何のために?」と聞かれます。「○○の作業工程が削減できる」と答えると、次に聞かれるのは「影響力はどれぐらいあるの?」です。もし、自動化を実現できたとして、恩恵を受けることができるのが5人の部署のメンバーに限られているとすれば、その提案は通りません。「他にやることはないの?」と言われます。

これも時間とお金の意識に基づく考え方です。例えば、5人の部署で1日1時間を削減しても200日間で合計1000時間の削減にしかなりませんが、100人の部署で全員が1時間ずつ削減できれば、合計2万時間の削減になります。


出所:『「キーエンス思考」×ChatGPT時代の付加価値仕事術』

価値が高いのはどちらかを考えたうえで、より多くの社員の生産性を上げるために役立つ仕事が求められました。この場合、5人の部署で1人1時間の作業時間を削減できる仕事は、無駄とは言いませんが、他に優先すべき仕事がある、ということです。

キーエンスでは一般的に考えられているよりはるかに高い次元で「約束を守る」ことが大切にされていることがわかったと思います。

時間の約束については、ぜひ取り入れてほしいテクニックがあります。

私の好きな考え方でもあるのですが、北の達人コーポレーション代表の木下勝寿氏が提唱する「ピッパの法則」というものがあります。これは「ピッと思い付いたら、パッとやる」という行動法則で、「その場ですぐやるか、すぐできない場合はいつやるかをその場で決める」といった内容が紹介されています。

私は「ピッパの法則」にヒントを得て、何か仕事を頼まれたら、いったん30分などの短時間で8割方の作業で終わらせておき、残りの2割を納期までじっくり考えるという仕事の進め方が理想だと考えました。あらかじめ構造を練ったうえで、さらにしっかり考えれば、納期までにかなり濃い内容で結果を出すことができるはずです。

「お金のために仕事をする」は資本主義でのルール

お金の約束については、日本では「お金のために仕事をすること」はよくないという考え方をする人もいますが、このマインドセットは今すぐ変えましょう。


「これから1カ月間、あなたには報酬を一切あげません。でも、働いてください」と言われたら、ほとんどの人は働かないと思います。非常に理不尽な話ですし、現実的にそれでは生活できません。私たちがきちんと生活していくうえで、お金を得ることはそれだけ大切なことなのです。

「お金のために仕事をすること」は、資本主義でのルールであり、生活するために欠かせません。付加価値を生み出す仕事をしていれば、自然とお金がついてきます。

お金の約束とは、期限までにきちんとお金が支払われることを意味します。企業の経営者はもちろん、個人間のお金のやり取りにも当てはまることです。もし、お金の約束がきちんと守られていない場合、会社であれば、「あの会社は資金繰りが厳しいのではないか」とうわさされるかもしれませんし、個人間であっても、人間関係が壊れる要因になる可能性があります。きちんと約束をして、きちんと守る。当たり前ですが、信頼関係の観点でも非常に重要です。

時間とお金の約束を高いレベルで守る。当たり前のようですが、これが「仕事ができる社員」になるための第一歩となります。

(田尻 望 : 株式会社カクシン 代表取締役 CEO)