「なんだか人間関係がうまくいかない」と感じたときにまずすべきこととは?(写真:Pangaea/PIXTA)

人間関係にはいつだって悩みがつきものだ……。そう考える人に、臨床心理学者リンジー・C・ギブソンは著書『親といるとなぜか苦しい』のなかで次のように警鐘を鳴らす。「いい人間関係を築くにはそれなりに努力も忍耐も必要だろう。だが“そういうもの”などと考えるべきではない」。人間関係がうまくいかないときは、目を覚ますチャンスだ。

前回の記事では精神科医・益田裕介氏に、『親といるとなぜか苦しい』を紐解きながら「未熟な親」に育てられた子どもの生きづらさについて聞いた。ここからは今現在の人間関係がうまくいかない背景に、子どものころの親子の問題がある可能性について聞く。

親子の役割を職場にも持ち込む

臨床心理学者リンジー・C・ギブソンは著書のなかで次のように言っています。

「人は大人になり、大切な人間関係を前にしても、子どものころに経験したつらいパターンを繰り返しがちだ。親との問題をパートナーに投影することもある」


上司、部下、同僚、友達、パートナーや子どもとの関係など、現在の人間関係の問題を抱え、私のクリニックを訪れる方がたくさんいます。そういった方々の多くが無自覚ながら、過去の親子関係が原因となって苦しんでいます。親と子の関係は人にとって最初の人間関係。その後に出会う人々との関係性の基礎となります。

親と子の関係に問題があり価値観や感じ方にゆがみが生じていると、その後の人間関係でもそのゆがんだ認知を繰り返し応用し、間違った他者像や自己像を強化してしまいます。大人になってからこの認知のゆがみを修正するのは、かなり困難な作業です。

たとえば、父親が話を聞かない支配的な怖い人だった人が上司に父親を投影してしまい、支配的で厳格な業務管理に苦しんでも反発することができないということが起こります。あるいは母親が人の前では厳しく叱る人だけれど自分と2人きりのときは優しく甘やかす人だった人は、上司にどんなに厳しくされても「この人の言葉はきついけれど、本当は優しい人なんだろう」と思ってしまうのです。

この人間関係のくり返しは、子としての自分の役割を繰り返すだけではありません。自分以外の家族が担っていた役割を無意識のうちに演じるケースもあります。たとえば職場で上司に意見する部下に対し「立場が下のくせに部長である私に意見を言うなんてけしからん」と腹を立てている人には、厳しい父親の価値観が刷り込まれている可能性があります。無意識のうちに父親のように行動しているわけです。母親が憑依したかのように、パートナーに奉仕してしまうということもあるでしょう。

偏りのある親の価値観が基準になっていると世間一般とのギャップに混乱し、社会に適応することが難しくなってきます。ただ一見、家庭環境も親も普通だと親との関係に問題がある(あった)とは気づきません。もし今、人間関係で悩んでいる人がいたら相手に親の姿を投影し対応していないか、自分自身が厳しかった父親や奉仕的だった母親の役回りを演じていないか見つめ直してみましょう。過去の親子関係を繰り返していることが問題なのだと意識できただけで、認知のゆがみの修正に一歩踏み出しています。

なぜかイライラさせられる人

また会社の同僚のなかには、「なぜかやたらとイライラさせられる人」がいるかもしれません。ついきつく当たってしまい、「私はこんないやな性格だっただろうか」と落ち込んだりするのなら、相手の親の役割を演じさせられている可能性があります。

「なぜかやたらとイライラさせられる人」は、いつも怒っている親の元でおびえて育ったため、大人になってからもおびえた子どもの役割を職場でも友人関係でも繰り返していることがあるのです。知らぬ間にその親のような気持ちにさせられ、相手に腹が立って仕方がない気持ちになっているのかもしれない。そう気づくだけで、同僚との関係は変わるかもしれません。

うまくいく人間関係「9つのルール」

人間関係がうまくいかない背景に親子の問題があると意識し、自分自身の認知のゆがみの修正に一歩踏み出したら次は実践です。『親といるとなぜか苦しい』には、人間関係のつくり方をみなおすための新しい行動、考え、価値観が詳細に書かれています。一部抜粋して挙げると次のようなものです。

◻︎必要なときはいつでも人に助けを求める

◻︎たいていの人は、できることであれば喜んで助けてくれる。それを忘れないでいる

◻︎親密なコミュニケーションを介して、しっかり自分の望みを伝える。その際、自分の気持ちや、なぜそれを望むのかもきちんと伝わるように説明する

◻︎自分の考えをはっきりと丁寧に伝えるときは、相手がどう受けとるかをコントロールしようとしない

◻︎自分が持っている以上のエネルギーを注がない

◻︎相手を喜ばせようとするのではなく、自分の本当の気持ちを伝える

◻︎嫌々受け入れて、あとで腹を立てて文句を言いそうだと思ったら、断る

◻︎ひどいことを言われたら、べつの考えを示す。相手の気持ちを変えようとせずに、その発言をなかったことにもしない

◻︎相手にイライラしたら、自分たちの関係をもっとよくするために何を言えばいいかを考える。時間をおいて頭を冷やしてから、相手が自分の感情に耳を傾けてくれる意志があるかをたずねる

これらを1つか2つずつでも実践していけば、徐々に人間関係を積極的につくっていけるようになるでしょう。これらは上司や部下、同僚、パートナーや子どもなど他者を理解するうえでも大切な価値観です。

(構成:中原美絵子)

(益田 裕介 : 精神科医)