音楽制作のプロが語る、ソニー新モニターヘッドホン「MDR-MV1」の底力
ソニーの最新ヘッドホン「MDR-MV1」が2023年5月の発売以来、アーティストやコンテンツクリエイターが意図したサウンドを忠実に再現するモニターヘッドホンとして評判を得ています。なぜクリエイターに注目されているのか、ソニー・ミュージックスタジオのエンジニアとして数々の作品を手がける松尾順二氏、奥田裕亮氏にMDR-MV1の魅力を聞きました。
ソニーの最新モニターヘッドホン「MDR-MV1」がクリエイターに注目される理由を深掘り取材。一般的な音楽鑑賞にも使えるMV1の魅力に迫る
さらに中核メンバーとしてMDR-MV1の開発に携わった、ソニーの商品企画担当の田中光謙氏と音響設計担当の潮見俊輔氏には、日常の音楽リスニングにも活用する方法を教えてもらいました。
(左から)ソニー・ミュージックスタジオのレコーディングエンジニアである松尾順二氏、奥田裕亮氏と、ソニー製品の音響設計を担当する潮見俊輔氏、商品企画担当の田中光謙氏。今回の取材は、ソニーミュージックスタジオ東京にある「360 Reality Audio」対応のイマーシブサウンドスタジオで行った
ソニーのモニターヘッドホンに初めての「開放型」が誕生した理由
ソニーが開発したMDR-MV1は、クリエイターが音楽や映画・ゲームのサウンドトラックなどのコンテンツを作る際に「音を確認(モニター)」するためのヘッドホンです。モニターヘッドホンは、レコーディング(録音)からミキシング(楽曲制作)、マスタリング(原盤制作)までの各制作工程で、ミュージシャンによる演奏、エンジニアが加えた効果が録音された音源に正しく反映されていることを確認するために不可欠なツールです。
MDR-MV1
奥田裕亮氏がMDR-MV1を装着したところ
ゆえに音楽制作に携わるプロフェッショナルの仕事には、信頼に値するモニターヘッドホンが必要です。これまでにさまざまなオーディオメーカーがモニターヘッドホンを商品化していますが、中でもソニーが1989年に発売した「MDR-CD900ST」という“銘機”が、今も多くのスタジオエンジニアやアーティストに使われています。
さらにソニーは2019年、CDを超える高音質なハイレゾリューションオーディオ(ハイレゾ)のコンテンツ制作にも対応するモニターヘッドホン「MDR-M1ST」を発売しています。
MDR-CD900STとMDR-M1STは、ハウジングを音響的に塞いだ密閉型の音響構造を採用するモニターヘッドホンです。サウンドが原音に忠実なだけでなく、装着すると高い遮音効果が得られることから、多くのミュージシャンが自身の声や楽器による演奏をレコーディングする際に、リファレンスのモニターヘッドホンとしてもよく使っています。
ソニーのモニターヘッドホンのラインナップに新しく追加されたMDR-MV1は、ハウジングを音響的に塞がない背面開放型音響構造を採用しています。この構造によりヘッドホン内部の反射音が低減され、クリエイターが意図する正確な「音場」を再現できるようになります。
MDR-MV1では、ハウジングを音響的に塞がない背面開放型音響構造を採用しているのが大きな特徴
MV1の発売に合わせてソニーは「360 Virtual Mixing Environment」(360VME)という、ヘッドホンでスピーカーと同じ音場を再現する独自のソフトウェアも提供を開始しました。通常は複数のスピーカーを配置したスタジオのリファレンス音響環境で行う立体音響コンテンツの制作が、MDR-MV1と360VMEをインストールしたPCがあれば、自宅など“スタジオ以外の環境”でもシームレスに継続できる画期的なプラットフォームです。
自宅などでMDR-MV1と360VMEをインストールしたPCを使い、立体音響コンテンツの制作を行うイメージ
プロのエンジニアが認めたMDR-MV1の実力
松尾氏と奥田氏は、ソニーが独自に開発したオブジェクトベースの立体音響技術である360 Reality Audioに対応する音楽コンテンツの制作にも数多く関わっています。
(左から)ソニー・ミュージックスタジオの松尾順二氏、奥田裕亮氏
例えば松尾氏は「360 Reality Audio Live」アプリの動画付きデモンストレーションコンテンツを手がけています。奥田氏が制作に携わったYOASOBIの『群青』をはじめとする360 Reality Audioバージョンの楽曲は、現在もAmazon Music Unlimitedで配信中です。
「360 Reality Audio Live」アプリの動画付きデモンストレーションコンテンツの一例
MDR-MV1をモニターヘッドホンに選ぶことで、360 Reality Audioをはじめとする立体音響コンテンツの制作環境は大きく変わるのでしょうか。松尾氏が次のように手応えを語っています。
「MDR-CD900ST、MDR-M1STはサウンドの『音色』の再現力がとても高い密閉型のモニターヘッドホンです。開放型のモニターヘッドホンであるMDR-MV1は、立体音響空間の中に配置する音源の位置関係や距離感がとてもよくわかります。この点においてはMDR-M1STよりもMDR-MV1の方が優れているので、私は音源の位置関係を確かめる作業の際にはヘッドホンを着けかえるようになりました」(松尾氏)
MDR-MV1を手にする松尾氏
奥田氏は、日ごろスタジオのリファレンスであるモニタースピーカーで音づくりを進めながら、音のディテールや細かなニュアンスを詰める段階でモニターヘッドホンを使っているといいます。
「この数年間に360 Reality Audioのブームが訪れて、私も立体音響コンテンツを作る機会が増えました。今から2年ほど前、潮見さんをはじめとするソニーの開発チームにMDR-MV1の初期段階のプロトタイプを聴かせてもらったときに、開放型ヘッドホンはとても正確に音像が把握できて、音場が広がる体験が得られることに驚いたことをよく覚えています。360 Reality Audioの全天球に広がるサウンドを制作する用途にはMDR-MV1がベストフィットします」(奥田氏)
360 Reality Audio対応コンテンツをMDR-MV1でチェック様子
MDR-MV1の音響設計を担当したソニーの潮見氏は、立体音響のコンテンツ制作はソフトウェアによる信号処理の工程も多く経ることになるため、MDR-MV1については開発の初期段階から、なるべくヘッドホンの特性がモニタリングに影響を及ぼさないよう、音を作り込むように心がけてきたと振り返ります。
奥田氏は自身の360 Reality Audioによる音源制作にMDR-MV1を本格的に使い始めてから、スピーカーによるモニタリングとの相乗効果が高まったといいます。
「360 Reality Audioの音源はマルチスピーカー環境でつくりながら細部をヘッドホンで確認する手法を採っています。今までは密閉型ヘッドホンでモニタリングするとスピーカーで聴く音に対する違和感がありました。開放型のモニターヘッドホンであるMDR-MV1はモニタースピーカーによるリスニングと感覚が近く、シームレスな音づくりができます。むしろヘッドホンでモニタリングしながらサウンドを細かく調整した後に、スピーカーで聴くとさらに納得の行くサウンドに仕上げられることもあります。MDR-MV1によって、スピーカーとヘッドホンを上手に使い分けながら360 Reality Audioのサウンドがよりていねいに作り込めるようになりました」(奥田氏)
立体音響空間の中に音のオブジェクトを配置する「場所」によって「音色」も変わるのだと、奥田氏は説明を続けます。
「立体音響の場合は空間の中に同じ楽器を配置しても、置く場所によって音色が少しずつ変わります。だからこそ、演奏者がその音色を『どう聞かせたいのか』が重要になってきます。元がステレオで制作された音源を360 Reality Audioに展開する場合も、演奏者の要望によってステレオバージョンのイメージをそのまま踏襲する場合があります。このようなときに音色を大きく変えないためにも、その微妙な変化を的確に判別できるモニターヘッドホンが欠かせません。立体音響空間におけるオブジェクトの位置調整による音色の変化も微妙なニュアンスを再現できるMDR-MV1が理想的なモニターヘッドホンだと思っています」(奥田氏)
360 Reality Audioを使った音源制作について説明する奥田氏
極上の開放型モニターヘッドホンをオーディオリスニングにも使いたい!
松尾氏と奥田氏のコメントから、MDR-MV1がスタジオの制作環境に近い再現性を備える良質なモニターヘッドホンであることがよくわかりました。ならば音楽やオーディオを愛する一般のユーザーが、MDR-MV1を使って音楽を聴けば「スタジオのサウンド」が楽しめるのでしょうか。
MDR-MV1は、オーディオリスニングにも使える?
まずはモニターヘッドホンとオーディオリスニング用ヘッドホンの違いについて、ソニーのオーディオリスニング用ヘッドホンのプレミアムモデルである「MDR-Z1R」や「MDR-Z7M2」の設計も担当した潮見氏に聞きました。
「ソニーの場合、一般的な家庭の部屋の中でスピーカーで聴く音をヘッドホンで再現することをイメージして、オーディオリスニング用ヘッドホンを作り込んでいます。対するMDR-MV1のようなモニターヘッドホンではスタジオで聴く音のような印象を追求しています」(潮見氏)
(左から)ソニーの潮見俊輔氏、田中光謙氏
潮見氏は開放型のモニターヘッドホンであるMDR-MV1は、スタジオの中でも特にミキシング/マスタリングを行うスタジオの環境に近づけてサウンドのチューニングを重ねてきたそうです。
「密閉型のモニターヘッドホンであるMDR-M1STは、やはり音楽を演奏するアーティストの方々が自分の演奏した声や楽器のディティールや音色を、近い距離で確かめる用途に向いています。背面開放型音響構造を採用するMDR-MV1はレコーディングよりも、むしろコンテンツ制作のミキシングやマスタリングの段階で、音源の位置関係や距離感を的確につかむことを想定した音に仕上げました。オーディオリスニングに使っていただくと、ミキシングやマスタリングのエンジニアが聴く音に近い感覚で、分析的なリスニングが楽しめると思っています」(潮見氏)
MDR-MV1では“分析的なリスニング”が楽しめる、と語る潮見氏
松尾氏はエンジニアが音楽制作においてモニターヘッドホンを必要とする理由について、次のように補足しています。
「音楽制作の際には、音符の『タイム感』を正確に把握できるヘッドホンが必要です。例えば『ドッ』と演奏された音が『ドー』と聞こえてしまうヘッドホンでは、演奏を忠実に再現することが困難です。音楽制作のためのツールとしては、できるだけ色がついてないヘッドホンが求められます。音符の長さのようなタイム感が正確に再現されることは、アーティストが作った音楽を楽しく聴けるリスニングヘッドホンであるかどうかという点にも直結すると私は考えます」(松尾氏)
ソニー・ミュージックスタジオで、一緒に360 Reality Audioのコンテンツを制作するアーティストにもMDR-MV1の高い再現性が伝わりつつあると、奥田氏は期待を込めて手応えを振り返ります。
「私が360 Reality Audioバージョンを制作した音源を、自分が持っているヘッドホン・イヤホンで聴いたときに『スタジオのスピーカーで試聴した印象よりスケールが小さく、音源の距離も近く感じられてしまう』と語るアーティストもいます。MDR-MV1でモニタリングしてもらえば、音楽ファンが最終的に聴くサウンドのイメージが把握しやすくなると期待しています」(奥田氏)
特別な機材は不要。Xperiaでもガンガン鳴る
MDR-MV1でスタジオの音を再現するためには、それなりに立派な機材も必要でしょうか? 商品企画担当の田中氏が次のように答えています。
「MDR-MV1のサウンドチューニングは360 Reality Audioをはじめとする立体音響コンテンツの制作環境に最適化していますが、もちろんステレオ再生にも合わせ込んでいます。開発途中の段階で松尾さん、奥田さんにも何度も試聴していただきました。『何も信号処理をかけていない状態のボーカルや楽器のニュアンスを自然に再現してほしい』という要望にも答えて、MDR-MV1に反映できたと自負しています。MDR-MV1は立体とステレオ、両方の音楽制作に適しています」(田中氏)
背面開放型音響構造のヘッドホンは「低音が弱い」と言われがちですが、MDR-MV1の低音再生はとても自然でリアルです。筆者も実機で試しました。音に歪みがなくクリア。量感を備えながら、打ち出しがタイトで鋭く、録音された音源から生々しさを存分に引き出します。
良質な低音再生の原動力になっているのが、ソニーがMDR-MV1のために専用開発したドライバーユニットです。ハウジング内部もまた通気量を最適化したことによって、低音がスムーズに再生されます。MDR-MV1は開放型構造を採用するヘッドホンだからといって、ノイズの飛び込みや音もれにより音楽リスニング体験がスポイルされないほどに、活き活きとした楽しいサウンドを聴かせるヘッドホンです。潮見氏は「スピーカーで音楽を聴くような感覚で手軽に楽しんでほしい」と話していました。
MDR-MV1のために専用開発したドライバーユニット
MDR-MV1の着脱可能な専用ケーブルは、音楽制作現場で広く使われる6.3mmのステレオ標準プラグを採用しています。パッケージに付属する変換アダプターを使えば、ポータブルオーディオプレーヤーや最新のXperiaシリーズも搭載する3.5mmステレオミニジャックに直接つないで音楽リスニングを楽しむことも可能です。インピーダンスも24Ωと、一般的な有線接続に対応するポータブルヘッドホンと変わらないので、スマホで聴く音楽も力強くフレッシュです。
ソニー・ミュージックスタジオで実際に使われているMDR-MV1。右下が6.3mmステレオ標準 - 3.5mmステレオミニ変換ケーブル
筆者も「Xperia 1 IV」と組み合わせてMDR-MV1を試聴しました。ハイレゾの楽曲は音楽のディティールだけでなく、温かな余韻に包まれたり、ひんやりとした休符の静寂に息を吞むような体験が存分に味わえます。Amazon Music Unlimitedで配信されているYOASOBI『群青』の360 Reality Audioバージョンも聴きましたが、音のオブジェクトの移動感がとても鮮烈に伝わってきました。立体的な音場の広がりも限界を感じさせません。
Xperia 1 IVにMDR-MV1をつないで音楽を楽しむ
ソニーの有線接続タイプのオーディオヘッドホンにはしばらくの間、手ごろな価格の開放型ヘッドホンが不在でした。ハイレゾ再生にも対応するMDR-MV1は、直販59,400円と比較的手ごろなヘッドホンです。ソニーのウォークマンをはじめとするハイレゾ対応のポータブルオーディオプレーヤーとの組み合わせにもふさわしい選択肢として、今後より広く注目されることは間違いなさそうです。音楽制作のプロも認めるMDR-MV1のサウンドをぜひ体験してください。
著者 : 山本敦 やまもとあつし ジャーナリスト兼ライター。オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。独ベルリンで開催されるエレクトロニクスショー「IFA」を毎年取材してきたことから、特に欧州のスマート家電やIoT関連の最新事情に精通。オーディオ・ビジュアル分野にも造詣が深く、ハイレゾから音楽配信、4KやVODまで幅広くカバー。堪能な英語と仏語を生かし、国内から海外までイベントの取材、開発者へのインタビューを数多くこなす。 この著者の記事一覧はこちら
ソニーの最新モニターヘッドホン「MDR-MV1」がクリエイターに注目される理由を深掘り取材。一般的な音楽鑑賞にも使えるMV1の魅力に迫る
(左から)ソニー・ミュージックスタジオのレコーディングエンジニアである松尾順二氏、奥田裕亮氏と、ソニー製品の音響設計を担当する潮見俊輔氏、商品企画担当の田中光謙氏。今回の取材は、ソニーミュージックスタジオ東京にある「360 Reality Audio」対応のイマーシブサウンドスタジオで行った
ソニーのモニターヘッドホンに初めての「開放型」が誕生した理由
ソニーが開発したMDR-MV1は、クリエイターが音楽や映画・ゲームのサウンドトラックなどのコンテンツを作る際に「音を確認(モニター)」するためのヘッドホンです。モニターヘッドホンは、レコーディング(録音)からミキシング(楽曲制作)、マスタリング(原盤制作)までの各制作工程で、ミュージシャンによる演奏、エンジニアが加えた効果が録音された音源に正しく反映されていることを確認するために不可欠なツールです。
MDR-MV1
奥田裕亮氏がMDR-MV1を装着したところ
ゆえに音楽制作に携わるプロフェッショナルの仕事には、信頼に値するモニターヘッドホンが必要です。これまでにさまざまなオーディオメーカーがモニターヘッドホンを商品化していますが、中でもソニーが1989年に発売した「MDR-CD900ST」という“銘機”が、今も多くのスタジオエンジニアやアーティストに使われています。
さらにソニーは2019年、CDを超える高音質なハイレゾリューションオーディオ(ハイレゾ)のコンテンツ制作にも対応するモニターヘッドホン「MDR-M1ST」を発売しています。
MDR-CD900STとMDR-M1STは、ハウジングを音響的に塞いだ密閉型の音響構造を採用するモニターヘッドホンです。サウンドが原音に忠実なだけでなく、装着すると高い遮音効果が得られることから、多くのミュージシャンが自身の声や楽器による演奏をレコーディングする際に、リファレンスのモニターヘッドホンとしてもよく使っています。
ソニーのモニターヘッドホンのラインナップに新しく追加されたMDR-MV1は、ハウジングを音響的に塞がない背面開放型音響構造を採用しています。この構造によりヘッドホン内部の反射音が低減され、クリエイターが意図する正確な「音場」を再現できるようになります。
MDR-MV1では、ハウジングを音響的に塞がない背面開放型音響構造を採用しているのが大きな特徴
MV1の発売に合わせてソニーは「360 Virtual Mixing Environment」(360VME)という、ヘッドホンでスピーカーと同じ音場を再現する独自のソフトウェアも提供を開始しました。通常は複数のスピーカーを配置したスタジオのリファレンス音響環境で行う立体音響コンテンツの制作が、MDR-MV1と360VMEをインストールしたPCがあれば、自宅など“スタジオ以外の環境”でもシームレスに継続できる画期的なプラットフォームです。
自宅などでMDR-MV1と360VMEをインストールしたPCを使い、立体音響コンテンツの制作を行うイメージ
プロのエンジニアが認めたMDR-MV1の実力
松尾氏と奥田氏は、ソニーが独自に開発したオブジェクトベースの立体音響技術である360 Reality Audioに対応する音楽コンテンツの制作にも数多く関わっています。
(左から)ソニー・ミュージックスタジオの松尾順二氏、奥田裕亮氏
例えば松尾氏は「360 Reality Audio Live」アプリの動画付きデモンストレーションコンテンツを手がけています。奥田氏が制作に携わったYOASOBIの『群青』をはじめとする360 Reality Audioバージョンの楽曲は、現在もAmazon Music Unlimitedで配信中です。
「360 Reality Audio Live」アプリの動画付きデモンストレーションコンテンツの一例
MDR-MV1をモニターヘッドホンに選ぶことで、360 Reality Audioをはじめとする立体音響コンテンツの制作環境は大きく変わるのでしょうか。松尾氏が次のように手応えを語っています。
「MDR-CD900ST、MDR-M1STはサウンドの『音色』の再現力がとても高い密閉型のモニターヘッドホンです。開放型のモニターヘッドホンであるMDR-MV1は、立体音響空間の中に配置する音源の位置関係や距離感がとてもよくわかります。この点においてはMDR-M1STよりもMDR-MV1の方が優れているので、私は音源の位置関係を確かめる作業の際にはヘッドホンを着けかえるようになりました」(松尾氏)
MDR-MV1を手にする松尾氏
奥田氏は、日ごろスタジオのリファレンスであるモニタースピーカーで音づくりを進めながら、音のディテールや細かなニュアンスを詰める段階でモニターヘッドホンを使っているといいます。
「この数年間に360 Reality Audioのブームが訪れて、私も立体音響コンテンツを作る機会が増えました。今から2年ほど前、潮見さんをはじめとするソニーの開発チームにMDR-MV1の初期段階のプロトタイプを聴かせてもらったときに、開放型ヘッドホンはとても正確に音像が把握できて、音場が広がる体験が得られることに驚いたことをよく覚えています。360 Reality Audioの全天球に広がるサウンドを制作する用途にはMDR-MV1がベストフィットします」(奥田氏)
360 Reality Audio対応コンテンツをMDR-MV1でチェック様子
MDR-MV1の音響設計を担当したソニーの潮見氏は、立体音響のコンテンツ制作はソフトウェアによる信号処理の工程も多く経ることになるため、MDR-MV1については開発の初期段階から、なるべくヘッドホンの特性がモニタリングに影響を及ぼさないよう、音を作り込むように心がけてきたと振り返ります。
奥田氏は自身の360 Reality Audioによる音源制作にMDR-MV1を本格的に使い始めてから、スピーカーによるモニタリングとの相乗効果が高まったといいます。
「360 Reality Audioの音源はマルチスピーカー環境でつくりながら細部をヘッドホンで確認する手法を採っています。今までは密閉型ヘッドホンでモニタリングするとスピーカーで聴く音に対する違和感がありました。開放型のモニターヘッドホンであるMDR-MV1はモニタースピーカーによるリスニングと感覚が近く、シームレスな音づくりができます。むしろヘッドホンでモニタリングしながらサウンドを細かく調整した後に、スピーカーで聴くとさらに納得の行くサウンドに仕上げられることもあります。MDR-MV1によって、スピーカーとヘッドホンを上手に使い分けながら360 Reality Audioのサウンドがよりていねいに作り込めるようになりました」(奥田氏)
立体音響空間の中に音のオブジェクトを配置する「場所」によって「音色」も変わるのだと、奥田氏は説明を続けます。
「立体音響の場合は空間の中に同じ楽器を配置しても、置く場所によって音色が少しずつ変わります。だからこそ、演奏者がその音色を『どう聞かせたいのか』が重要になってきます。元がステレオで制作された音源を360 Reality Audioに展開する場合も、演奏者の要望によってステレオバージョンのイメージをそのまま踏襲する場合があります。このようなときに音色を大きく変えないためにも、その微妙な変化を的確に判別できるモニターヘッドホンが欠かせません。立体音響空間におけるオブジェクトの位置調整による音色の変化も微妙なニュアンスを再現できるMDR-MV1が理想的なモニターヘッドホンだと思っています」(奥田氏)
360 Reality Audioを使った音源制作について説明する奥田氏
極上の開放型モニターヘッドホンをオーディオリスニングにも使いたい!
松尾氏と奥田氏のコメントから、MDR-MV1がスタジオの制作環境に近い再現性を備える良質なモニターヘッドホンであることがよくわかりました。ならば音楽やオーディオを愛する一般のユーザーが、MDR-MV1を使って音楽を聴けば「スタジオのサウンド」が楽しめるのでしょうか。
MDR-MV1は、オーディオリスニングにも使える?
まずはモニターヘッドホンとオーディオリスニング用ヘッドホンの違いについて、ソニーのオーディオリスニング用ヘッドホンのプレミアムモデルである「MDR-Z1R」や「MDR-Z7M2」の設計も担当した潮見氏に聞きました。
「ソニーの場合、一般的な家庭の部屋の中でスピーカーで聴く音をヘッドホンで再現することをイメージして、オーディオリスニング用ヘッドホンを作り込んでいます。対するMDR-MV1のようなモニターヘッドホンではスタジオで聴く音のような印象を追求しています」(潮見氏)
(左から)ソニーの潮見俊輔氏、田中光謙氏
潮見氏は開放型のモニターヘッドホンであるMDR-MV1は、スタジオの中でも特にミキシング/マスタリングを行うスタジオの環境に近づけてサウンドのチューニングを重ねてきたそうです。
「密閉型のモニターヘッドホンであるMDR-M1STは、やはり音楽を演奏するアーティストの方々が自分の演奏した声や楽器のディティールや音色を、近い距離で確かめる用途に向いています。背面開放型音響構造を採用するMDR-MV1はレコーディングよりも、むしろコンテンツ制作のミキシングやマスタリングの段階で、音源の位置関係や距離感を的確につかむことを想定した音に仕上げました。オーディオリスニングに使っていただくと、ミキシングやマスタリングのエンジニアが聴く音に近い感覚で、分析的なリスニングが楽しめると思っています」(潮見氏)
MDR-MV1では“分析的なリスニング”が楽しめる、と語る潮見氏
松尾氏はエンジニアが音楽制作においてモニターヘッドホンを必要とする理由について、次のように補足しています。
「音楽制作の際には、音符の『タイム感』を正確に把握できるヘッドホンが必要です。例えば『ドッ』と演奏された音が『ドー』と聞こえてしまうヘッドホンでは、演奏を忠実に再現することが困難です。音楽制作のためのツールとしては、できるだけ色がついてないヘッドホンが求められます。音符の長さのようなタイム感が正確に再現されることは、アーティストが作った音楽を楽しく聴けるリスニングヘッドホンであるかどうかという点にも直結すると私は考えます」(松尾氏)
ソニー・ミュージックスタジオで、一緒に360 Reality Audioのコンテンツを制作するアーティストにもMDR-MV1の高い再現性が伝わりつつあると、奥田氏は期待を込めて手応えを振り返ります。
「私が360 Reality Audioバージョンを制作した音源を、自分が持っているヘッドホン・イヤホンで聴いたときに『スタジオのスピーカーで試聴した印象よりスケールが小さく、音源の距離も近く感じられてしまう』と語るアーティストもいます。MDR-MV1でモニタリングしてもらえば、音楽ファンが最終的に聴くサウンドのイメージが把握しやすくなると期待しています」(奥田氏)
特別な機材は不要。Xperiaでもガンガン鳴る
MDR-MV1でスタジオの音を再現するためには、それなりに立派な機材も必要でしょうか? 商品企画担当の田中氏が次のように答えています。
「MDR-MV1のサウンドチューニングは360 Reality Audioをはじめとする立体音響コンテンツの制作環境に最適化していますが、もちろんステレオ再生にも合わせ込んでいます。開発途中の段階で松尾さん、奥田さんにも何度も試聴していただきました。『何も信号処理をかけていない状態のボーカルや楽器のニュアンスを自然に再現してほしい』という要望にも答えて、MDR-MV1に反映できたと自負しています。MDR-MV1は立体とステレオ、両方の音楽制作に適しています」(田中氏)
背面開放型音響構造のヘッドホンは「低音が弱い」と言われがちですが、MDR-MV1の低音再生はとても自然でリアルです。筆者も実機で試しました。音に歪みがなくクリア。量感を備えながら、打ち出しがタイトで鋭く、録音された音源から生々しさを存分に引き出します。
良質な低音再生の原動力になっているのが、ソニーがMDR-MV1のために専用開発したドライバーユニットです。ハウジング内部もまた通気量を最適化したことによって、低音がスムーズに再生されます。MDR-MV1は開放型構造を採用するヘッドホンだからといって、ノイズの飛び込みや音もれにより音楽リスニング体験がスポイルされないほどに、活き活きとした楽しいサウンドを聴かせるヘッドホンです。潮見氏は「スピーカーで音楽を聴くような感覚で手軽に楽しんでほしい」と話していました。
MDR-MV1のために専用開発したドライバーユニット
MDR-MV1の着脱可能な専用ケーブルは、音楽制作現場で広く使われる6.3mmのステレオ標準プラグを採用しています。パッケージに付属する変換アダプターを使えば、ポータブルオーディオプレーヤーや最新のXperiaシリーズも搭載する3.5mmステレオミニジャックに直接つないで音楽リスニングを楽しむことも可能です。インピーダンスも24Ωと、一般的な有線接続に対応するポータブルヘッドホンと変わらないので、スマホで聴く音楽も力強くフレッシュです。
ソニー・ミュージックスタジオで実際に使われているMDR-MV1。右下が6.3mmステレオ標準 - 3.5mmステレオミニ変換ケーブル
筆者も「Xperia 1 IV」と組み合わせてMDR-MV1を試聴しました。ハイレゾの楽曲は音楽のディティールだけでなく、温かな余韻に包まれたり、ひんやりとした休符の静寂に息を吞むような体験が存分に味わえます。Amazon Music Unlimitedで配信されているYOASOBI『群青』の360 Reality Audioバージョンも聴きましたが、音のオブジェクトの移動感がとても鮮烈に伝わってきました。立体的な音場の広がりも限界を感じさせません。
Xperia 1 IVにMDR-MV1をつないで音楽を楽しむ
ソニーの有線接続タイプのオーディオヘッドホンにはしばらくの間、手ごろな価格の開放型ヘッドホンが不在でした。ハイレゾ再生にも対応するMDR-MV1は、直販59,400円と比較的手ごろなヘッドホンです。ソニーのウォークマンをはじめとするハイレゾ対応のポータブルオーディオプレーヤーとの組み合わせにもふさわしい選択肢として、今後より広く注目されることは間違いなさそうです。音楽制作のプロも認めるMDR-MV1のサウンドをぜひ体験してください。
著者 : 山本敦 やまもとあつし ジャーナリスト兼ライター。オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。独ベルリンで開催されるエレクトロニクスショー「IFA」を毎年取材してきたことから、特に欧州のスマート家電やIoT関連の最新事情に精通。オーディオ・ビジュアル分野にも造詣が深く、ハイレゾから音楽配信、4KやVODまで幅広くカバー。堪能な英語と仏語を生かし、国内から海外までイベントの取材、開発者へのインタビューを数多くこなす。 この著者の記事一覧はこちら