雅安碧峰峡基地にあるシャンシャンの看板。右上のパンダはアメリカ生まれのベイベイ(筆者撮影)

東京・上野動物園で生まれたメスのジャイアントパンダシャンシャン(香香)が中国へ旅立って、8月21日で半年。どんな場所で暮らしているのでしょう。シャンシャンはまだ公開されていませんでしたが、ひと足先に現地へ行ってきました。

シャンシャンの住みかは四川省の雅安

シャンシャン中国での住みかは四川省の雅安(があん)。四川省の省都・成都から130kmほど南西に位置し、雨がよく降る場所だ。シャンシャンは2023年2月21日、飛行機で成都に着いて、成都からトラックで雅安へ運ばれた。

行き先は「中国ジャイアントパンダ保護研究センター」(以下、パンダセンター)の雅安碧峰峡(へきほうきょう)基地(以下、雅安基地)。景勝地の碧峰峡景区内にある。

筆者は6月11日に成都南駅から高速鉄道の電車に乗り、1時間10分ほどで雅安駅に到着した。前回、雅安基地へ行ったのは2017年3月で、成都―雅安間の高速鉄道が開業しておらず(2018年末に開業)、成都から満席のバスに揺られ2時間以上かかった。当時と比べずいぶん便利になっている。


ツーリストセンターの前(筆者撮影)

翌朝、雅安の市街地から碧峰峡へ向かうミニバスに乗った。車内は運転席を含めわずか11席で、運賃は6元(約120円)。道中は信号がなく、ほぼノンストップで進んで山を登る。出発から25分後、碧峰峡のツーリストセンターの近くに着いた。

ツーリストセンターでチケットを買う。料金は、大人一般の当日券で100元(約2000円)。景勝エリアと雅安基地の入場料や、ツーリストセンターと雅安基地の間のバスの往復運賃も含まれている。このバスに乗り、10分足らずで雅安基地に到着した。


雅安碧峰峡基地の入り口(筆者撮影)

雅安基地は約70haの敷地で約65頭のパンダを飼育していて、このうち約40頭を公開している。5月のメーデーの連休などを除けば来場者は少なく、パンダの前にいる観客が自分だけになることも珍しくない。

シャンシャンは緊張していた

入場してほどなく、数頭のパンダが左手に見えた。道を挟んで右手は立ち入り禁止の検疫エリアで、ここにシャンシャンがいる。シャンシャンは、規定の30日間の検疫を3月22日に終えたが、6月12日時点でも非公開の検疫エリアで暮らしていた。

なぜ公開されないのだろう。この日、飼育員さんに中国語の翻訳アプリを使って尋ねると、「timid」と英語で答えてくれた。「内気な、臆病な」という意味だ。「シャンシャンは緊張していました。長距離移動が初めてだったせいもあるでしょう」という。

シャンシャンは上野動物園にいたときから繊細な性格だった。例えば2022年7月4日、パンダ舎の冷房工事のために、シャンシャンは一時的に西園のパンダ舎へ移動した(参照:『上野の「シャンシャン」初の引越しを追ってみた』)。人間の足で歩いて、わずか10分ほどの距離だ。

1週間後の7月11日にシャンシャンは元いたパンダ舎へ戻ったが、落ち着きを十分に取り戻せずにいた。物音に反応して、エサを食べるのをやめることもあった。上野動物園の飼育係は、シャンシャンが移動に加え、西園での慣れない生活の影響により、生活リズムを取り戻すのに時間がかかっていると判断。7月19日から予定していた公開再開を8月2日に遅らせた。

中国へ旅立った2023年2月21日は、トラックの荷台にのせられて上野動物園を出発した。成田空港に到着した荷台のシャンシャンは緊張していて、知らない人が近づくたびに怒って吠えた。同園の飼育係が声をかけながら近づくと、吠えるのをやめた。

また、上野動物園はシャンシャンと観客の間をガラス壁で隔てていたが、雅安基地の屋外はガラス壁がほとんどないので「人の声や機械の音が聞こえることもあります」(雅安基地の飼育員さん)。

雅安基地では、こうしたことを考慮して、シャンシャンが新たな環境に十分適応できるように公開まで時間をかけている。いつ公開されるかは、2023年8月10日時点で明らかになっていない。

検疫エリアの前には、日本から駆け付けた人もいた。この日、6月12日はシャンシャンの6歳の誕生日。筆者もシャンシャンの誕生日に合わせて来た。

実は、シャンシャンの公開はメーデー後の5月と予想して、4月中旬に中国のビザを取得していたのだが、公開はずいぶん先になるらしいとわかった。待っていてはビザの有効期限が切れる。そこで、せっかくならシャンシャンの誕生日に行こうと、航空券を変更して中国へ渡った(中国に渡航する場合、ビザ取得が原則必要となっている、2023年8月10日時点)。


シャンシャンがいる検疫エリア。この先は立ち入り禁止。2023年6月12日(筆者撮影)

上野動物園でシャンシャンが迎えた1歳、2歳、5歳の誕生日は、観覧のための待ち時間が3〜4時間に達した。3歳の誕生日はコロナ禍で休園。4歳の誕生日はコロナ対策の入場制限で整理券制となり、申し込みが殺到して筆者は整理券を入手できず、入場できなかった。

アメリカ生まれのパンダも暮らす

雅安基地では、あちこちにパンダがいる。木が生い茂り、場所によってはパンダを見落としてしまうほどだ。

こうした中でパンダを見つけるのも雅安基地の醍醐味だが、この日は非常に蒸し暑かった。しかも筆者が選んだルートは細い道で階段が多く、ハチも飛び回っていたので、あまり立ち止まらずに進んだ。ちなみに広い道なら有料のカートに乗って移動することもできる。


山の斜面を使いながらパンダを飼育し、階段の多いエリアもある。写真右上の円形は、パンダが屋内と屋外を行き来する穴(筆者撮影)

雅安基地の一番奥のエリアは、中国国外から来たパンダが暮らす「帰国パンダ楽園」。シャンシャンのように中国国外で生まれたパンダも所有権は中国にあるので、「帰国」「返還」などと表現される。シャンシャンは「帰国パンダ楽園」で公開される可能性もあると聞いた。

この日、「帰国パンダ楽園」にはオスのベイベイがいた。ベイベイは、アメリカのスミソニアン国立動物園で2015年8月22日に生まれ、2019年11月に雅安へ来た。


中国語・英語と並び日本語で「帰国パンダ楽園」と書かれている(筆者撮影)

ここにはベイベイを紹介する看板のほか、中国国外のパンダについて解説する、シャンシャンの写真を使った看板もあり、「香香(日本東京都上野動物園)」と書かれている。そのせいか、多くの観客がベイベイに「シャンシャン」と呼びかけていた。

パンダケーキもニンジンも食べられる

しばらくすると、飼育員さんがパンダケーキとニンジンを持って来た。ベイベイは、おいしそうに食べている。パンダケーキは、上野動物園で「パンダだんご」と呼ばれているものに近い。見た目は少し違うが、材料はトウモロコシ粉、大豆粉、米粉、卵などで、ほぼ同じだ。

シャンシャンは雅安基地に来た当初、パンダケーキを食べなかったものの、間もなく食べるようになった。パンダの主食は竹だが、栄養を補うために、施設によってはパンダケーキ(パンダだんご)などもあげている。


「帰国パンダ楽園」で大きなタケノコを食べるベイベイ。2023年6月12日(筆者撮影)

また、シャンシャンは上野動物園にいたころ、ニンジンが苦手で、刻んだり、すりおろしたりしてもらっても、あまり食べなかった。だが雅安基地の飼育員さんによると「トレーニングして、ニンジンを食べられるようになりました」とのことだ。

中国でもシャンシャンの人気は高まっているらしい。筆者は日本から成都へ向かう飛行機の乗り継ぎで上海に1泊した際、「パンダを見るために日本から来ました」と中国の人に話したら、「シャンシャンですか? 中国人も見たがっていますよ」と言われた。四川省から遠い上海でもシャンシャンが知られていて驚いた。

パンダセンターは中国のSNSであるウェイボーを使い、月に1回ほどのペースでシャンシャンの動画を投稿している。「いいね」とコメントの数は、ほかのパンダの投稿に比べとても多く、内容は多彩だ。

例えば、パンダセンターが5月23日に投稿した動画のシャンシャンは、ほっそりして見えた。SNSのX(旧・ツイッター)やウェイボーには「これ本当にシャンシャン?」「私が知っているシャンシャンじゃない」「かなりやせちゃって心配」という日本人と中国人の声が多くあがった。

するとパンダセンターは「この動画と以前の写真を比較し、シャンシャンが帰国してやせたと言うネットユーザーがいますが、シャンシャンの体重は100kg前後で、帰国直後より10kg以上増えています。つまりこれは撮影角度の問題です! シャンシャンのことを気にかけてくれてありがとう!」(原文は中国語)と5月30日に投稿。日中のファンは胸をなでおろした。


自然豊かな屋外で授乳しているパンダ(筆者撮影)

雅安基地の検疫エリアは広大で、運動量が多そうだが、シャンシャンはやせるどころか、体重が増えている。中国の食べ物もよく食べているということだろう。6月26日に投稿された動画では、シャンシャンがタケノコをほおばっていた。

シャンシャンが怒られている?

パンダセンターが7月19日に投稿した動画では、非公開の検疫エリアの屋外にいるシャンシャンに飼育員さんが「シャ〜ン!」「おいで〜!」と何度も呼びかけている。

これを視聴した日本人と中国人の一部の人は「飼育員が怒っているように聞こえます」「飼育員の言い方がきつい」「シャンシャンがかわいそう」とSNSで反応した。

すると「これは溺愛の口調ですよ」「四川と重慶の人の話し方です」「私の夫は雅安出身で、雅安の人はこの口調が普通です」といった指摘が中国人から相次いだ。怒るどころか、かわいがっているのだとわかり、ファンは大いに安堵した。

中国人の中には、日本語を懸命に使いながら、雅安基地やシャンシャンにまつわることをSNSに投稿している人もいて、日本のファンが感謝の声をたくさん寄せている。

このようにシャンシャンが懸け橋となって、日中間のちょっとした文化交流も生まれている。

豊かな自然に囲まれながら、中国でも愛され、新鮮な竹やタケノコを食べているシャンシャン。いずれ公開となり、成長した姿を見るのが楽しみだ。


上野動物園で最終公開日のシャンシャン。2023年2月19日(筆者撮影)

(中川 美帆 : パンダジャーナリスト)