夜の街のイメージが強い札幌市中央区のすすきのエリアだが、複合商業ビルの開業に伴い、徐々に街並みが変わりつつある(記者撮影)

眠らない街「すすきの」が、再開発で大きく変わろうとしている。札幌市内は新たな不動産バブルに突入するのか。

北海道札幌市の商業集積地である中央区すすきのエリアで、新たな複合商業ビルが開業ラッシュを迎えている。その中で、地元の不動産関係者の相場観を揺るがす”新価格”が出始め、注目を集めているのだ。

東急不動産は、商業施設「ススキノラフィラ」の跡地に、地上18階・地下2階の複合商業ビル「COCONO SUSUKINO(ココノススキノ)」を開発する。2023年秋頃に開業予定だ。

「昼間人口」を増やしたい


東急不動産が開発する複合商業ビル、ココノススキノ。TOHOシネマズのシネマコンプレックスなどが入居する(記者撮影)

東急不動産の都市事業ユニット開発企画本部で課長補佐を務める加藤裕人氏は、「すすきのエリアは、札幌市の顔であり大きなポテンシャルを感じている。夜の街のイメージが強いが、昼から夜まで遊べて、近隣住民も日常使いできるような施設にすることで、昼間人口を増やしたい」と意気込む。

5〜7階には、すすきのエリア初のシネマコンプレックス(計約1800席)が入る。また地下には飲食店やスーパーマーケットのダイイチなどが入居する予定だ。

「最近は若者の利用が増えており、すすきのの雰囲気が少しずつ変わってきた。大丸やステラプレイスなど札幌駅周辺の商業施設に滞留していた人々が、すすきのエリアにまで足を運ぶきっかけになってほしい」と、札幌市内の不動産会社の幹部も期待する。

2022年以降、すすきのエリアでは複数のビルが建て替えられ、新たに複合商業ビルとして生まれ変わろうとしている。

すでに「イケウチゲート」(2022年10月開業)や「PIVOT CROSS(ピヴォクロス)」(2023年6月開業)が新規開業したほか、大手ゼネコンの鹿島による「4丁目プラザ」(2025年春開業予定)や、ダイビルが取得した「PIVOT(ピヴォ)」(2026年開業予定)の開発が始まっている。

イケウチゲートやピヴォクロスなど新規の商業ビルは、すすきのエリアの店舗の賃料相場を大きく引き上げている。複数の地元不動産仲介関係者によれば、「札幌市内では需要が限られる空中階の店舗区画でも、坪2万〜3万円程度の賃料で募集している。周辺物件の倍近い賃料水準だ」という。

新価格が登場する中、地元関係者が注目するのが、百貨店「サンデパート」の跡地で開発される大型複合ビル「モユクサッポロ」だ。物件はゲオホールディングスや北洋銀行などが保有する。

7月20日にグランドオープンするモユクサッポロは、地上28階・地下2階建てであり、4〜6階には水族館が入居する。また低層階の商業施設には、ソニーストアやドラッグストアのサツドラなどが入居予定だ。札幌市の商業一等地である狸小路商店街だけでなく、札幌駅につながる「さっぽろ地下街ポールタウン」にも直結するため、利便性は高い。


2023年7月20日にモユクサッポロは開業予定だが、6月末時点でも一部の店舗区画はまだテナントが決まっていない(記者撮影)

坪単価7万円強の強気な賃料設定

地元関係者を驚かせたのが、強気な賃料設定だ。モユクサッポロの路面店(約55坪)の募集賃料は、税別で月額390万円を超えており、坪単価は7万円強になる。

「一等地の稀少物件とはいえ、相場より少なくとも坪2万〜3万円は高い。地元テナントでは入居できないような賃料設定だ」と、札幌市内の不動産仲介会社の幹部は舌を巻く。


路面店の1区画では「テナント募集」の広告が出ていた(記者撮影)

2023年6月末時点では、テナント募集中の垂れ幕がかかっておりまだ入居者は決まっていないようだ。一方で、ある不動産仲介の関係者は、「すでに内々でテナントが決まりつつあるようだ。7月の全館開業までのオープンは難しくとも、2023年内には路面店も稼働するのではないか」と話す。

足元では、全国的に店舗テナントが出店攻勢を再開しているようだ。不動産サービス大手CBREの奥村眞史シニアディレクターは、「高単価なラグジュアリーブランドは、さらなる需要拡大を見据えて新規出店に積極的だ。東京・銀座や表参道などの商業一等地では、路面店の賃料がコロナ前水準を超えている。東京都心だけでなく大阪や福岡など主要都市での出店意欲も高い」と説明する。

観光庁によれば、訪日外国人の1人当たり旅行支出は21.1万円(2023年1〜3月期)であり、コロナ前の2019年比で43.2%増だった。円安の影響もあり、訪日外国人の日本での消費は確実に増えている。旅行客数が2019年水準に戻ればコロナ前を超えるインバウンド需要が期待できるため、店舗テナントは好立地で積極的に出店しているというわけだ。

コスト負担力のあるラグジュアリーブランドなどであれば、地元関係者の相場観を上回る賃料の路面店にも入居可能だ。「全国でチェーン展開するテナントの札幌市内への出店意欲も非常に強い。そうした事業者は札幌市内のテナントよりもコスト負担力がある。他の大都市と比べて賃料水準は低く、札幌市内の店舗賃料にはまだ上昇余地がある」(別の札幌市内の不動産仲介幹部)。

2020年から2030年にかけて、札幌市内では再開発が相次ぐ。JR札幌駅周辺では商業施設「札幌エスタ」をはじめとする南口再開発(2028年度竣工予定)、家電大手のヨドバシホールディングスによる西武百貨店札幌店の跡地「北4西3地区」の開発(2028年度竣工予定)などが進行中だ。また大通り公園沿いでは、平和不動産による「大通西4南地区第一種市街地再開発事業」(2028年竣工予定)が計画されている。

札幌市内で不動産賃貸・開発を手がける藤井ビルの古屋賢司監査役は、「札幌エリアには再開発をまとめられるようなデベロッパーがほぼおらず、都市開発が遅れていた。今後の再開発で高級ラグジュアリーホテルやハイグレードオフィスビルが増えれば、札幌の魅力がさらに増すだろう」と話す。再開発が進んで札幌市内に富裕層や大企業が集まれば、オフィスや店舗などの需要も一層拡大していくことになる。

実は、札幌市のビルの多くは、大規模修繕や建て替えの時期を迎えつつある。札幌エリアの街づくりに詳しいノーザンクロスの山重明社長は、「1972年の札幌の冬季オリンピックから50年ほど経過し、当時整備された都市基盤や施設が更新の時期を迎えている。東京都心と比べて高い利回りと安定した収益を見込んで、大手デベロッパーや機関投資家から資金が流入しており、札幌市中心部の再開発も進んできた」と説明する。

札幌市の開発プロジェクトは一進一退


旧HBC本社跡地の開発では、組み上がった鉄骨を解体して建て直す異例の事態に(記者撮影)

一方で、札幌市内では開発プロジェクトが延期・見直しになるケースが増えている。NTT都市開発が開発を進める旧HBC本社跡地での大型複合ビルは、2024年2月に竣工予定だった。ところが、施工を受注した大成建設による鉄骨の精度不良が発覚し、竣工は2026年6月末に延期された。

2016年に札幌市大通り公園沿いの旧農林中央金庫札幌支店を取得した森トラストは、外資ホテルを核とした複合施設の開発を検討中だが、具体的な計画は定まってない。

「創世1・1・1区(さんく)」の再開発も、今後の開発スケジュールの見通しが立っていない。北海道電力の本店ビルや北海道中央バスの札幌ターミナルなどで構成される「大通東1地区」では2029年度に大型複合ビルが竣工予定だったが、建築費の高騰などを受けて計画を見直している。

ある大手不動産会社の幹部は、「札幌エリアは職人の数が限られている。相次ぐ再開発でゼネコンが新たに施工を受注できないケースも多い」と語る。札幌市で進む開発の熱狂は、紆余曲折を経つつも、まだまだ続きそうだ。

(佃 陸生 : 東洋経済 記者)