防弾チョッキ2型を着用した陸上自衛隊の普通科隊員(写真:陸上自衛隊)

6月14日、岐阜市の陸上自衛隊の射撃場で、18歳の自衛官候補生が3人の隊員に小銃を発砲し2名が死亡、1名が重傷を負うショッキングな銃撃事件が発生した。この事件では小銃で撃たれた場合、人間がいかに簡単に死んでしまうかという冷徹な事実を自衛官、国民に見せつけた。

これが戦場ならばどうなるであろうか。隊員の防護や救命に関して陸自は、先進国はもとより、途上国からも大きく遅れている。陸自は他国に大きく遅れて、1992年に防弾チョッキの採用を始めたが、その実態はお寒い限りだ。先進国はもとより、途上国からも大きく遅れている。

実際に戦争、紛争という実戦が発生した場合、例えばアメリカ軍なら1個小隊で1人の戦死で済むところ、陸自ならば数倍、あるいは一桁多い隊員が死亡するだろう。それは防衛省と陸自の不作為、能力の欠如によるところが大きい。筆者は独身で子どもはいないが、もしいたら自衛隊には絶対に入れない。

陸自の防弾チョッキは1型、2型、3型、3型改が存在する。部隊では新旧4種類が混在している。それは調達数が少なくて更新がうまくいっていないからだ。

1型は砲弾の破片や拳銃弾などから身を守るためのソフトアーマーだけで、2型以降はソフトアーマーと小銃弾から身を守る防弾プレートが装着できる。だが2型以降でも予算がないために、防弾プレートが調達されず、ソフトアーマーだけが配備されている部隊が多い。

防弾プレートがなければまったく意味がない

つまり実戦では小銃弾で撃たれて死亡する可能性は極めて高い。今回の銃撃事件後に射撃訓練では要員が防弾チョッキを着用するようになったが、防弾プレートが十分にない部隊も多い。防弾プレートがなければ当然ながら、小銃弾は防げず、対策としてはまったく意味がない。しかも一定年数が経ったソフトアーマーは汗や水分で劣化して当初の性能を維持できない。1型などは本来破棄されるべきものだが、それがいまだに使用されている。

このため、上記のように陸自が戦闘になった場合、他国の将兵の何倍も銃撃によって死傷するだろう。それは陸幕の怠慢によるものだ。

政府は2015年から導入されている最新型の防弾チョッキ3型改をウクライナへ約1900セット、88式鉄帽2型6900個とともに供与した。3型が前後に2枚の防弾プレートを装備していたのに対して、3型改では脇腹、肩、股間に脱着式のプレートが追加されている。

だが、先述のように陸自は防弾チョッキが欠如している状態であり、他国に供与する余裕などなかった。岸田総理や当時の岸信夫防衛大臣は知っていたのだろうか。

そして岸大臣はウクライナに供与した防弾装備が機能するか否かの追跡調査をするかという筆者の記者会見での質問に対して、「人体実験のようなことはしない」と、行わないことを明言した。防衛大臣としての資質を疑うものである。

そして既存の防弾チョッキには大きな問題がある。ソフトアーマーと防弾プレートを合わせれば重量が15キログラム前後と極めて重くなることだ。これに銃や装備を合わせれば重量は40キログラムは超えるだろう。しかも2型の防弾プレートはデザインが悪くて、車の運転や射撃の邪魔になる。

また通気性が極めて悪く、気温が30度を超し、高温多湿のわが国ではこれを着て、戦闘することは困難であり、熱中症になる可能性が大きく、体力も気力も消耗する。まだ陣地防衛などならばいいだろうが、いわゆる下車歩兵、つまり自分で歩いて戦うことになる普通科隊員が着用して戦うのは不可能に近い。

調達自体が完全に失敗に終わった

どこの国でも歩兵個人装備の重量化は問題となっており、そのため今世紀に入ったぐらいからアーマープレートのみを装着した軽量なプレートキャリアが採用される国が多くなった。これは先進国だけではなく、中国を含めた途上国でも標準的に採用されている。例外は陸上自衛隊だ。

筆者は2年前に岸防衛大臣(当時)や、吉田陸幕長に現物を示して、どうしてアメリカ軍だけではなく、英仏豪など他国と演習や訓練を行っていて、陸自だけプレートキャリアを使用していないことを奇異に思わないのかと会見で質問した。岸大臣は装備に疎いと思ったので、両者のサンプルを持ち込んで示したのだ。これが岸大臣の不興を買ったらしく、以後の会見では筆記用具以外の持ち込みが禁止となった。


18式防弾ベスト(写真:陸上自衛隊)

この質問が効いたのか否か知らないが、本年度からプレートキャリアとソフトアーマーを組み合わせた「18式防弾ベスト」が導入され、本年度予算には8000セットが27億円で要求されている。一歩前進ではある。

だがこれはすなわち3型改良型が全隊員に行き渡らず、しかも配備された3型改も多くは防弾プレートが装備されておらず、調達自体が完全に失敗に終わったことを意味している。

この「18式防弾ベスト」と合わせて防弾ベストやプレートキャリアの下に着る戦闘シャツも諸外国同様にヒートマネジメントを考えたものが採用されることになった。陸自の個人装備はほぼ20〜30年は遅れている。

いまだにベトナム戦争時代と同じY型サスペンダー(ヨーク)で2インチ幅のベルトを吊る、しかも第2次世界大戦時と同じ弾帯の留め具を使用しているのは世界でも自衛隊ぐらいのものである。

さらにいえば諸外国ではすでに導入されているポリカーボネート製などの目を保護するアイセーフも導入されていない。これは散弾銃の弾程度なら防げる強度を持っている。射撃訓練でもガンオイルや火薬の燃えカスなどが目に入ることは少なくない。また銃弾が薬室で破裂するなどの事故も想定される。

まして実戦では砲弾やさまざまな破片が目に入ってくる可能性は高い。眼球は破損からの回復が難しい。しかも陸自では以前120ミリ迫撃砲の暴発事故で失明した隊員も出ている。

またレーザー測距儀やデジグネーター、あるいは目潰しが普及して有害なレーザーが目に入ることも想定されている。にもかからず、陸幕はいまだにこれを導入していない。また陸自ではサングラス使用は基本禁止で、着用する際には医官の診断書が必要とされるが、まるで高校の校則である。

JIS規格に合わせた戦闘ヘルメット

陸自のヘルメットも時代遅れだ。88式鉄帽2型は2013年から採用されている最新型で陸自でも十分に普及していない。砲弾の破片に近似した弾速の拳銃弾が命中した際、10センチほどへこむ。貫通しないから問題ないというのが陸自の考え方らしい。だがおそらく頭蓋骨は5センチ程度陥没する。これで隊員が無事な訳がない。対して同時代のアメリカ軍のそれは、拳銃弾よりも弾速が速いトカレフ拳銃弾で撃たれてもへこみは2.5センチ以内である。

他国ではアフガニスタンなどの戦訓から耐衝撃用クッション製の小型パットを多数ベルクロで張り付けるものを採用している。これは被弾時の衝撃で外傷がなくとも脳に大きなダメージを受けることがあるからだ。対して88式2型はいまだに安全ヘルメット同様のハンモック式を使用している。


仏軍の最新型ヘルメット。衝撃吸収パッドを採用している(写真:筆者)

また諸外国のヘルメットは爆風がヘルメット内に入ってその圧力による負荷が頸部を損傷することを防ぐために、一定圧力を受けるとあごひもが外れる仕組みを採用しているが、この機能もない。

現役の隊員によればその背景には、戦闘ヘルメットを想定していないJIS規格に合わせる必要があるからだという。防衛省は実態に即さない法令の変更に消極的で、現在の法令に合わせて不合理な装備を開発することに違和感を持たないという文化がある。

負傷した際の応急処置をする個々の隊員が携行する「個人携行衛生品」、ファーストエイドキットも包帯、止血帯が各1個という粗末なものだったが、筆者が告発して改善されている。それでも十分とは言えず、また止血帯は、訓練用止血帯による訓練もほとんど行われていない。部隊の医官の充足率は2割強にすぎず、師団、旅団、連隊レベルでも十分な応急手当てを受けられるか大変怪しい。


アメリカ陸軍のIFAK II(写真:アメリカ陸軍)

ヒートマネジメントの点では背負式のポリマー式の水筒、ハイドレーションも必要不可欠な装備と認識されている。これはトライアスロンなどでも使用されているが、容量が2〜3リットルと大きく、チューブからこまめに水分補給ができるというメリットがある。

背負式のため通常の水筒のように腰回りの装備に干渉しないというメリットがある。さらに負傷時には傷口を洗うことにも利用できる。すでに途上国でも標準装備となりつつあるが、陸自では特殊部隊や水陸機動団など一部の部隊にしか装備されていない。

このような個人装備の不備を放置したまま有事ともなれば多くの隊員が本来失う必要がない生命を失うことになる。

6月20日の防衛大臣定例会見で、筆者はこのような防弾装備の不備について述べ、浜田防衛大臣に「18式防弾ベスト」を本年度の補正予算、あるいは来年度予算で前倒し発注し、速やかに全隊員に行き渡るようにする気はあるか尋ねたが、今回の衝撃的な銃撃事件があった後でも明快な回答はなかった。はたして防衛省や自衛隊がどれだけ真剣に有事を憂いているのか大変心配である。

「何で銃で撃つんですか!」と抗議

国産防弾装備の性能には疑問がある。イラク派遣に備えて防弾ベスト改良に関わっていた元隊員によれば、改良された防弾チョッキのプレートの防弾性が低く、小銃でブスブスと抜けた。担当者がメーカーに抗議すると「何で銃で撃つんですか!」と抗議されたという笑えない話がある。

実戦はもとより、社会においても銃撃事件が希有なわが国では防弾装備の開発は難しい。防弾装備が本当に機能するか、検証が必要だ。

陸自は普通科の装備を蔑ろにして、見栄えのいい戦車などの調達を優先してきた。

ソ連が崩壊し、今世紀に入って、わが国が想定する侵略は大規模な敵の着上陸作戦ではなく、ゲリラ・コマンド(特殊部隊)による破壊工作、島嶼における限定的な侵攻、さらに加えれば弾道弾による攻撃だ。

つまり敵が師団規模で揚陸して国内で戦車戦を行うということ自体が想定しがたい、と「防衛大綱」でも繰り返してきた。現在のわが国周辺諸国では中国ですらそのような揚陸能力は保持していない。しかもわが国に揚陸するのであれば、周辺の航空優勢、海上優勢を確保する必要がある。それはすなわち、海空自衛隊、在日アメリカ軍が壊滅的なダメージを受けたということになる。

そもそも最盛期のソ連軍ですら日本に対する揚陸能力とそれを支える兵站能力は保有しておらず、日本に対する侵攻作戦も想定していなかった。

そうであれば陸上自衛隊は普通科(歩兵)の装備の近代化、能力充実を図るべきだった。また隊員の生命を守り、生存性を高める努力が必要だった。アメリカ軍などではアフガンやイラクの戦闘で多大な犠牲を出したが、ベトナム戦争と比べれば負傷した将兵の救命率は格段に向上している。それだけの投資を行っていたからだ。

だが陸自の普通科の装備の近代化の投資は遅れ、後回しにされ続けてきた。率直に言って、アフリカあたりの開発途上国と大差ないレベルだが、陸自幹部たちはこれだけアメリカ軍と共同訓練を行っているのに奇異に思ってこなかった。敵の戦車部隊が揚陸してくることはない、というのに戦車の整備に多額の投資をしてきたのだ。

欧米では90式と同じ第3世代の戦車を近代化することで対処してきたが、陸自は90式を近代化することなく、1000億円をかけて新型の10式戦車を開発し、1両15億円ほどで調達している。90式を改良すればほぼ同等の性能ではるかに安価に済んだはずである。10式導入の最大の理由は戦闘重量44トンという軽量さにある。90式で実現できないのは軽量化だけだ。

全国の主要国道の橋梁1万7920カ所の橋梁通過率は10式が84%、50トンの90式が65%、62〜65トンの海外主力戦車は約40%とされている。つまり90式でも重すぎて北海道以外では使いにくい、10式ならば増加装甲と燃料弾薬を抜けば40トンになり、本土の多くの部分に迅速に展開できる、というのが防衛省と陸幕の言い分だ。

だがこれまで述べてきたように本土で戦車戦が起こる蓋然性は極めて低い。また島嶼防衛でも重量がかさむ戦車は必要とされない。50トンの90式でも大した問題にはならない。

買い物下手が防衛予算を圧迫

しかも小火器などの調達単価は国際価格より1桁高いという。これは輸入品も同じなのだが、それは調達システムがデタラメだからだ。このような買い物下手が本来必要な予算を圧迫している。

陸幕は長年本来起こりうるゲリラ・コマンドや島嶼防衛に不可欠な普通科の装備の近代化を怠り、本土での戦車戦を夢見て戦車を偏愛していたと言えよう。まさに「へぼ将棋、王より飛車を可愛がる」である。

このような防弾装備の軽視や低い生存性のままでは有事は戦えない。またこのような人命軽視の現実を知れば、ただでさえなり手が少ない自衛官のなり手はさらに減るだろう。

本当に差し迫った脅威は何なのか。予算の優先順位をどうするのか。筆者には陸幕が真摯に有事を想定しているとは思えない。このような当事者意識と能力の欠如を放置して防衛費を2倍にしても有効に使用されるとは到底思えない。

(清谷 信一 : 軍事ジャーナリスト)