読者から届いた素朴なお悩みや何気ない疑問に、人気作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社刊)の作者・菊池良さんがショートストーリーでお答えします。今回は一体どんな相談が届いているのでしょうか。

ここはふしぎなお悩み相談室。この部屋には世界中から悩みや素朴なギモンを書いた手紙が届きます。この部屋に住む“作者”さんは、毎日せっせと手紙に返事を書いています。彼の仕事は手紙に書かれている悩みや素朴なギモンに答えること。あらゆる場所から手紙が届くので、部屋のなかはぱんぱんです。

「早く返事しないと手紙に押しつぶされちゃう!」それが彼の口ぐせです。
相談に答えてくれるなんて、なんていい人なんだって? いえいえ。彼の書く返事はどれも想像力だけで考えたショートストーリーなのです。

さぁ、今日も手紙がやってきましたよ──。

【今回の相談】スマホに夢中であっという間に時間を溶かしてしまう

用事もないのにスマートフォンをさわり、だらだらと一時間ぐらい使ってしまっています。このままではすべての時間が溶けて、そのなかに自分が埋もれてしまいそうです。(PN.時間バターさん)

 

【作者さんの回答】「時間」を「手づくり」にしたら楽しい

「ああ、だめだ」

キャメロンができあがったばかりの「時間」を見て力なくつぶやいた。キャメロンは「時間」をつくる職人だ。肩を落としてすっかり意気消沈している。「時間」をつくることに失敗したのだ。

「なにがだめなんです?」と弟子のアビーが聞く。「形がぐちゃぐちゃで、むしろ良いじゃないですか」

キャメロンは首をぶんぶんと横にふる。

「こんなにいびつだと、だれも『時間』だとわからないよ」
「そういうもんですかね」

最近では「時間」はすっかり工業製品だ。ほとんどのひとは「時間」をだれがつくっているのかその顔を知らない。しかし、ここではそれをあえて「手づくり」にしているところが売りだ。手づくりゆえに、ひとつひとつ違うすがたを持つ「時間」を愛でることができる。

だが、いまや「時間」はすっかり過剰生産になっている。それによる社会問題も顕著だ。地球にはすでに人類が消費しきれないほどの「時間」が生産されている。その結果、「時間」が不法投棄され、山を埋め尽くしていた。川に直接流すことも大問題だ。「時間」の生産責任が問われている。

先日はある国の大統領が「時間」の輸入を止めると発表して物議を醸した。半永久的に止める、それも直ちに、と。違反した人間には罰則もある。しかしながら、「時間」の密輸は公然と行われているようだ。ほしいひとは尽きないし、あればあるだけほしいのだ。

●「時間」をひとから買うこともできる

「時間は、外注。これが、常識」

そんなキャッチフレーズのCMが、一時期頻繁に流れていた。テレビではなく、タクシーの座席につけられたモニターで。

顔立ちのはっきりした俳優が人差し指を立てながら言うすがたが、見たひとにはインパクトを与えた。お笑い芸人があるあるネタとしてこのCMによく言及していたが、タクシーにあまり乗らないひとはピンときておらず、タレントたちには大ウケなので、かれらの日常がうかがえた。

そう、スマートなひとは「時間」を外注している。スマートフォンのアプリを使って、「時間」を周辺にいるひとから買うことだってできる。

ある国では「時間」のシェア・サービスが活発で、街のいたるところに「時間」が設置してあり、お金を払えばだれでもその場で借りられるらしい。「時間」をそのまま持って帰るひともいそうだが、事実「時間」の使い捨てをするひとは多く、捨てられた「時間」が集められる「『時間』の墓」という場所ができあがっていて、観光名所になっているくらいだ。

「アビー、これを捨てておいてくれ。資源ゴミで出せばいいから」
「そういうもんですかね」

しかし、アビーはぐちゃぐちゃな「時間」を捨てなかった。それどころか、かれはそれをインターネットに発表したのだ。その形の異様さが話題となり、個性として受け取られて付加価値を生み出したのだ。さらにアビーは自分が作者だと名乗り、メディアのインタビューに答えた。そのうえ、新作まで発表し、もうすぐ個展を開くという。

キャメロンは訴えようかと思ったが、そんな「時間」はないのでやめることにした。

 

【編集部より】

「時間をつくる」と言うことはありますが、それは比喩です。時間は抽象的な概念で、つくったり捨てたりはできません。もちろん、「溶ける」も比喩で、それだけあっという間に時間が過ぎたときに使います。

スマートフォンから離れる方法はたくさんあります。通知を切ったり、近くに置かなかったりすると、四六時中触ることを防げます。自分なりの適度な距離感を探してくださいね。

「ふしぎなお悩み相談室」は、毎月第2金曜日に更新予定! あなたも、手紙を出してみませんか? その相談がすてきなショートストーリーになって返ってきます。