在日33年、日本を愛する「伝説のアナリスト」が、日本人の「給料安すぎ問題」を解決する戦略と戦術を語ります(撮影:尾形文繁)

オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。

退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼の新刊『給料の上げ方――日本人みんなで豊かになる』が上梓された。

「いまの日本の給料は、日本人のまじめさや能力にふさわしい水準ではありません。そんな低水準の給料でもガマンして働いている、その『ガマン』によって、いまの日本経済のシステムは成り立っています。でも、そんなのは絶対におかしい」

そう語るアトキンソン氏に、日本人「みんな」の給料を上げるために必要なことを解説してもらう。

給料は「交渉」しないと上がらない

あなたは、自分の給料を上げるために、会社に対して何らかの働きかけをしたことがありますか。


それとも、お勤めの会社が決めた金額の給料を従順に受け入れ続けてきましたか。

仮に後者だとしたら、あなたの給料が上がらないのは当たり前です。自分から働きかけなくても給料を上げてくれる社長なんて、仮にいたとしても超希少生物にすぎません。

この日本的な受身の慣習がいかに間違っているかは、データを見るとわかります。

日本人の給料は、1995年あたりからほとんど上がっていません。頑張った分だけ給料を上げてくれると期待しても、その期待がかなえられることはまずないのです。


企業だって給料を上げたいが、儲かっていないからしかたないと思われるかもしれません。しかしそれは、データを見ない思い込みにすぎません。

「企業が給料を上げられない理由」なんてない

違うと思うのなら、1990年以降の動向をデータで確認してみてください。この間、別に企業は、給料を上げられなかったわけではありません。大企業も中小企業も、過去最高の利益をたたき出しています。ですが、それを従業員に分配することなく、内部留保金を貯め込みまくっているのです。

1990年以降、内部留保は約4倍も増えました。これも大企業に限った話ではなく、日本人労働者の7割が働く中小企業の内部留保も、約3.5倍に増えています(大企業では約4.4倍に増えました)。



日本では給料が上がらないのに、消費税率は上げられ、各種税金も高くなり、追い打ちをかけるようにここ最近では物価も上がっています。生活は苦しくなる一方です。

そんな状況なのに、大半の日本人は文句も言わず毎日会社に行って、真面目に働き、給料を上げてもらうための交渉をするわけでもなく、また転職もせず、同じ会社でひたすら我慢し続けているのが現状ではないでしょうか。

鬱憤がたまるせいか、人によっては夜になると、飲み屋に行ってビールを飲みながら文句を言うこともあるかもしれません。ですがそんな人でも、翌日からはまた我慢の日々を過ごします。

なぜ日本の人たちは、ひたすら我慢をし続けるのでしょうか。私にとっては謎でしかありません。

もしかしたら日本の人たちは、給料は外部要因によって上がるものだと思っているのでしょうか。例えば、政府が企業に圧力をかけたり、政策を変えたり、または日銀が金利を下げたり、国債を買ったりすれば、皆さんの給料が上がると信じているのでしょうか。

残念ながら、そんな人任せでは給料は上がりません

言うまでもなく、給料というのは「ものの値段」の1つなので、外部要因によって自然に上がるものではありません。コンビニのおにぎりだって、経営者が決定して店員さんが値札を変えなければ値上がりしないのと同じです。給料は、経営者が会社の事情に基づいて決定し、人為的に上げるものです。

給料は、次の4つの方法で「自ら上げる」しかないのです。

(1)交渉をする
(2)転職をする
(3)起業をする
(4)海外に移住する

このうち、「(3)起業をする」「(4)海外に移住する」は、誰にでもできることではありません。結局、多くの人が給料を上げるには「(1)交渉をする」「(2)転職をする」しかないのです。

給料交渉をするのはグローバルスタンダード

私ももちろん、お金にガツガツしたり、口に出すことを「はしたない」ととらえる風潮が日本にあることは理解しています。日本人特有のおくゆかしさも、給料交渉をすることをためらわせる要因になっているのかもしれません。

しかし給料交渉をすることは、どこの先進国でも普通に行われているグローバルスタンダードな行為です。「恥ずかしいこと」でも「遠慮すべきもの」でもありません。

実際、海外では7割以上が賃上げの交渉をするそうです。一方、日本人のうち、会社に対して賃上げを求めたことがある人は3割未満というデータがあります(リクルートワークス研究所調べ)。


先ほどご説明したように、日本企業は内部留保を積み上げていながら、従業員の給料を上げることはしてきませんでした。

これは、多くの日本人が現状をよしとし、「給料交渉」「転職」というプレッシャーを経営者にかけてこなかったからにほかならないのです。

人口減少時代だからこそ、積極的に交渉・転職すべき

「給料交渉なんかしたところで、社長が素直に給料を上げるなんて考えられない」

そう思われる方も多いかもしれません。たしかに日本の場合、企業の99.7%が中小企業で、その多くはオーナー企業です。従業員の給料を上げて人件費を増やすということは、大半の企業の場合、オーナーの取り分を減らすのと同じことなので、そうやすやすとは上げてはくれないでしょう。

しかし、給料交渉をする人が増え、それが叶わなければ転職して他社に行くことが「当たり前」の世の中になったら、社長は給料を上げざるを得なくなります

なぜなら、日本はすでに人口減少のフェーズに入っており、人手不足が顕在化しているからです。この傾向はこれから何十年も続くことが確実視されています。つまり、働く人材はますます貴重になり、あなたの交渉力は上がる一方なのです。


そんな交渉のチャンスを逃して、あなたの貴重な労働力を安く買い叩かれているのは、きわめてもったいない。

給料について交渉することで、そして給料が上がらないならば躊躇せずに転職先を探すことで、自分に合った仕事や給料を手にする可能性が高まるということを、強くお伝えしたいと思っております。

この度、『給料の上げ方――日本人みんなで豊かになる』というタイトルの本を上梓しました。ポイントは「みんなで豊かになる」です。

給料交渉をして、それが叶わなければ転職するという行動は、あなただけが「抜け駆け」をして給料を上げる方法ではありません。あなたのような人が増えれば増えるほど、経営者へのプレッシャーは高まります。そうすれば、内部留保の一部を給料に振り向ける経営者は確実に増えていくことでしょう。

あなたの給料を上げることは、あなた自身の、仲間の、そして日本で働くみんなのためになるのです。

(デービッド・アトキンソン : 小西美術工藝社社長)