いきなり!ステーキ」の外観。創業者の一瀬邦夫氏がコック姿で肉をカットするポスターが目を引く(記者撮影)

いきなり!ステーキ」を展開するペッパーフードサービス。
コロナ禍前の2019年から過剰出店で業績が低迷。最盛期は約500店あった「いきなり!ステーキ」の店舗数はコロナ禍も経て足元では約200店にまで縮小した。

一時は債務超過にまで陥ったものの、「ペッパーランチ」の売却や「悪魔の増資」と呼ばれる行使価額修正条項付新株予約権(MSワラント)の発行、時短協力金もあり、2021年末には自己資本比率が29%まで改善。だが前2022年12月期は営業損失15億円、最終損失19億円、期末の自己資本比率は20%と厳しい状況が続いている。

昨年8月、創業者の一瀬邦夫氏が突如、社長を辞任。後任には長男で、副社長兼CFO(最高財務責任者)だった一瀬健作氏が就いた。就任後、初めてメディアのインタビューに応じた健作新社長に経営再建策を聞いた。

――突然の社長交代でしたね。

本当に突然だった。2022年8月12日の取締役会で前社長から申し出があり、その3日後、ネットでつないだ各店長さんたちを含め全社員に「残ったメンバーでしっかり頑張ってくれ」と。8月は80歳となる月(戸籍上の誕生日は10月)でもあり、世代交代を決断したのだろう。今は出社もしておらず、会長や名誉職などの肩書もない。

――「業績不振の経営責任を明確にする」ためとのことでしたが、その要因をどのように分析されていますか。


「一部特典を改廃したことで、常連様の気持ちを裏切ってしまった」と語る一瀬健作社長(撮影:梅谷秀司)

1つは過剰出店だ。年間出店目標を優先するあまり、立地分析がおろそかになってしまった。2019年は当初、年間200店もの出店目標があったが、都心を中心に自社競合状態に陥り、5月ごろから個々の店舗の業績が低迷した。計画の見直し、大規模退店を決断した。そこにコロナ禍が追い打ちをかけた。

原材料高騰でメニューの値上げが連続したことも影響した。値上げをすることが悪とは思っていない。

だがそういうときこそ、価格以外で「お得感」を訴求することが必要なのに、「肉マネー」のチャージ(一定額以上入金すれば、追加で利用可能金額が上乗せされる)機能など、一部特典を改廃してしまったことで、常連様の気持ちを裏切ってしまった。

創業者の父の時代は典型的なトップダウン経営

――CFOだった健作社長は前社長の経営の善し悪しも知っています。2代目としてどう経営を変えますか。

前社長はアイデアマンで企画・実行力に優れていたが、創業者で発言力が強く、典型的なトップダウンの会社になっていた。組織は上から与えられた指示をこなすことに集中し、PDCA(計画、実行、評価、改善)が回っていなかった。

私の役割は、「永続的に発展していく企業」をつくること。そのためにはトップダウン型からボトムアップ型へ、体制を見直すことが必須だ。1つの施策を考えるときも担当者以外の人や女性スタッフを含む多様な人材、社外のコンサルにも議論に入ってもらい、広く意見を聞くようにしている。


――就任から半年間で、具体的に取り組んだことは?

直近でいうと、価格や特典の改定だ。前者については、お客様がお求めやすい商品の拡充も行い、値上げ幅も仕入れ動向の分析結果を反映するなど、従来消極的だったデータに基づく変更を行った。

後者の特典について、従来は10回の食事で「肉マイレージ」がランクアップして初めてクーポンが付与されていた。今回の改定で1回目の会計後には300円分、2回目以降も100円以上分の肉マネーを付与し、毎回お得に感じてもらえる仕組みに変えた。

議論の過程で従業員は皆、それぞれ経営に対して自分の考えを持っていること、また私たち経営層よりもずっとデータ活用の能力がある者がいることもわかった。「ターゲットはここに持っていくべきだ」「でもそれはお客様のためにはならない」など意見も活発に出て、議論し尽くされたと自信を持っている。

――肉マイレージのランクアップ条件も、批判の多かった「食事回数」から、かつてのブームを支えた「食べた肉の累積グラム数」に変更しました。こうした特典改定も含め、どのように客数を戻していきますか。

自分たちが「よいと思う売り方」で「売りたいもの」を売るのではなく、「お客様が何を望んでいるか」を第1に考えていく。現在は郊外の店舗も都心店同様、カウンターは高さがあり、(ドレッシングやソースが並べられている)カスタムセットがお客様の前にそびえ立っている。

お一人様が多い都心では効果的だが、地方ではお客様同士の会話を阻害し、居心地を損ねてしまっている。ロードサイドの店舗は、家族やカップルでも心地よく利用できる環境に改装していくつもりだ。

足元で実験中のモバイルオーダーなどのデジタル化も、都内の店舗中心に導入を検討している。しかし都内でもサラリーマンの多いビルインか、家族客も多いフードコートかでお客様のニーズは異なる。それぞれ立地ごとに体験価値を最大化できるよう、店舗投資を進めていくつもりだ。

――失敗が続いている新業態や海外展開など、既存事業以外での成長戦略についてはどのように考えていますか。

新業態に関しても、前社長は「いい物は誰にでも、どこにあろうと売れる」という考え方だった。結果、ターゲットが不明確で立地分析もできていなかった空揚げ、カレー業態はすぐ撤退となった。メインターゲットをある程度絞り込むことで、物件選定や店舗開発、販促も効率的になる。今期から着手し、来期以降出店したい。


一瀬健作(いちのせ・けんさく)/1972年生まれ。静岡地盤でハンバーグ店を展開するさわやか株式会社を経て、1999年ペッパーフードサービス入社。ペッパーランチ運営部長やCFO、副社長などを歴任し、2022年8月から社長(撮影:梅谷秀司)

フランチャイズによる海外展開も大きなトピックだ。昨年末には「いきなり!ステーキ」がフィリピンに進出した。当社には過去300店以上にまで海外店舗を増やしたペッパーランチでのノウハウがある。

それを生かし、アジアを中心に「いきなり!ステーキ」の海外展開を積極的に進めていきたい。世界的にもコロナ禍が一段落した今、いろいろな国の企業からお声がけいただいている。今2023年12月期中にもすでに展開している国(台湾、フィリピン)で複数追加出店する予定だ。

前期までのようにはならない

――店舗改装に肉マイレージなどの特典強化、さらにやデジタル化や新業態など、投資もこれからは増えていきます。一方で前2022年12月期も15億円強の営業赤字と、財務は不健全な状況が続いています。

今期は黒字化を計画している。今までは店舗数が安定していなかったこともあり、肉類の長期買い付けが難しく、多くを市場の実勢価格で調達せざるをえなかった。また価格が高騰している部位でも、こだわって使用してきたため、原価率は非常に厳しかった。

店舗閉鎖も一服した今期から長期調達を本格化し、同じステーキでも価格が安定している商材を、お客様の反応をテストしながら戦略的に取り入れたい。また昨年12月の価格改定に加え、本社面積の削減、度重なる減損損失の計上で、収益性はかなり上がってきている。投資資金に関しても、昨年12月にリリースした通り、追加のMSワラントで調達中だ。

――今回は従来の調達と比べ、資金使途の予定は財務健全化より事業投資に重きを置いています。しかし直近のMSワラントによる資金調達でも成長投資を語りながら、調達資金の大部分を借入返済に充当しました。今回も同じ轍を踏むことにはなりませんか。

そうならないと断言できる。2020年からペッパーランチの売却や固定費の見直しで、金融機関への返済は進んできた。EBITDA(利払い前・税引き前・償却前利益)も改善している。

確かに直近は想定よりもコロナが長引き、撤退も年々増える中、会社の継続のために調達資金の多くを返済に回してきたことは事実だ。だが返済も進み、コロナの影響も小さくなるこの2023年というタイミングで、なんとしても業績回復、お客様にしっかり選ばれる企業に変化させなければならない。

そのためには「コロナが明けて人流が戻るから」とか「インバウンドが再開するから」などという外部環境に任せた回復だけを待っていてはいけない。だからMSワラントによる追加の資金調達を決断した。ワラントに対する市場の評価はさまざまだろうが、とにかくこの時期に市場から調達し、前向きな投資を行うことが生き残るためには不可欠だ。

(冨永 望 : 東洋経済 記者)