58歳で電撃婚した彼女の結婚生活とは?(イラスト:堀江篤史)

<出逢いがありました。私は今、母の介護で長期帰省中なのですが、来月には相手が私のマンションに引っ越してくる予定になっています。35歳以上(の晩婚)どころか、たぶん銀婚式も迎えられないのでは?という年齢ですが、興味がありましたら是非取材に来てください!自分でも驚いています>

都内に住んでいる知人の浜野明子さん(仮名、58歳)からこんなメールをもらったのは昨年10月のことだった。無料の婚活サイトで知り合った西山淳平さん(仮名、62歳)との事実婚を始めているらしい。

ベテランの看護師である明子さんの実家は東北にある。淳平さんはそこにも毎月泊まりに来て在宅ワークをする予定だという。フットワークの軽い2人である。都内のマンションに招いてもらったので、明子さんの手料理をいただきながら話を伺うことにした。

生涯独身を想定していたけれど

駅前で待ち合わせて、明子さんが17年前に「生涯独身」を想定して購入したというマンションに向かった。広告関連の仕事をしている淳平さんは都心の事務所にいて、後から合流するらしい。2DKの部屋のダイニングは東欧風に統一されていて、明子さんの趣味の良さが感じられる。

「他の部屋は見せられません。淳平さんが私の倍以上の荷物を持ち込んで、すごいことになっているからです。私がいない間、掃除をちゃんとしているかをチェックして、バトルをしています!」

言いたいことが次から次へと出てくる明子さん。それでいて相手の話もしっかりと聞く。好奇心とコミュニケーション欲の塊のような女性である。自分の姓への強い愛着もあり、恋人はいても結婚には至らない最大の理由になっていたようだ。

「だからこそ、相手にも名字を変わってほしいとは言いたくありません。淳平さんは『僕が浜野になるよ』と言ってくれていますが、彼のお母さんはご存命です。長男の名字が変わることは嫌かもしれません」

自分のやりたいことは追求したいけれど、そのせいで他人を悲しませたくはない。明子さんは両方の想いに挟まれながら独身生活を謳歌してきたのだ。

「でも、心の支えになってくれる人は欲しいなと思っていました。すべてにおいて私に賛成しなくてもいいので、全体として最終的には私の味方になってくれる人、です。男友だちもいますけれど、同じ場所には帰れないしハグしたりもできません」

「バツ3」であることも高評価の要素

明子さんのような結婚願望を口にする独身者は少なくない。ただし、赤の他人が最初から「心の支え」になってくれることはあり得ない。そんなことを口にする人がいたら自分に酔っているか邪な狙いがあるかのどちらかだろう。

気の合う人同士が一緒に暮らし、助け合ったりケンカしたりする過程で、徐々にお互いがかけがえのない存在になっていく。それが結婚なのだと思う。大恋愛である必要はないけれど、「気が合う」ことは重要だ。

会話が大好きな明子さん。淳平さんの「一問一答ではなくてテンポも速い」話し方に最初から心惹かれたと明かす。寂しがりで一緒に住みたがるけれど、基本的に一人でも行動できるところもよかった。さらには、淳平さんが「バツ3」であることも高評価の要素だったという。

「3回も離婚したのではなく、3回も籍を入れたことがすごいと思うんです。それだけ責任を負ってきたのは、エネルギーが大きくて愛情深い人なんだなと思います。3回も誰かに結婚相手として選ばれたという点もすごいです。1回も結婚したことがない私としては尊敬に値します」

独特な価値観にもとづくのろけ話を聞かせてくれる明子さん。しゃべりながらもよく動く人だ。出してくれたポテトサラダやキャロットラぺ、ソーセージやニンニク、たまねぎなどを入れた「ギュウギュウ焼き」などを美味しく食べていたら、淳平さんが帰って来た。お帰りなさい。お邪魔しています。

「どうも、はじめまして。今日はね、中国のお正月らしいですね。おめでたいですね。過去3回の結婚の話が出たんですか。全員美人でしたね。二枚目な私には当然ですけど。でもね、美人はプライドが高いので難しかったですね。離婚は仕方ありません。なんくるないさー、ですよ」

初対面の筆者に対して緊張しているのだろうか。反応しづらい話を饒舌に続ける淳平さん。でも、彼に惚れ込んでいる明子さんは嬉しそうだ。

「なんでそんなに自己肯定感が高いの〜。でも、僕なんてとウジウジしている男性よりもポジティブなほうが絶対いいです!」

筆者はポジティブ過ぎる発言を繰り返す人にはむしろ自信のなさを感じてしまう。自分の心の揺れを他人に見られたくないから、表面的な明るさで覆い隠している気がするのだ。彼の軽いトークにはあまり反応せずに黙っていると、淳平さんは少しずつ胸の内を明かしてくれた。

「友だちができても長続きしない傾向がありました。コーチングを受講したときにその原因がわかったんです。僕は子どもの頃に転校が多くて寂しい思いをしていたのに、それを言葉にしてこなかった。だから、『この人とはどれぐらい長く付き合えるんだろう』と関係の終わりを思う癖がついてしまったのです。今は、『どうやったら長く付き合えるんだろう』に変えるようにしています」

コーチングの成果だけでなく、3回の離婚への反省が身に染みているのかもしれない。最後の離婚から10年間は一人暮らしをしていたが、住んでいた賃貸マンションの建て替えをきっかけにして明子さんのマンションに引っ越すことにした。面倒見がいい明子さんに素直に甘えているのだ。ただし、同居を誘ったのは明子さんのほうだったという。

「母の介護でしばらく働けないので収入がなくなります。ローンも残っているので彼から家賃をもらえるのはありがたいです。Win-Winだと思いました」

平穏な空間を乱す、淳平さんの膨大な荷物

予想外だったのは淳平さんが趣味人でもあったことだ。愛用の楽器や愛読書がたくさんあり、それを明子さんの家に持ち込んだので、長い間をかけて築き上げた小さく平穏な空間が乱されてしまった。

「でも、僕は洋服が少ないほうですよ。会社勤めなのにスーツは4着しかありませんし。生活習慣にしても、まだ彼女の中で僕のルールが馴染んでいないだけだと思っています。例えば、アイロンをかけなくていい洗濯物は干して吊るしておけば、いつでもパッととって着られます。畳んで収納する必要はありません。ここは彼女の家なので、できるだけ合わせようと努力はしていますけど」


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口数が全く減らない淳平さん。明子さんもあきらめ顔で「あれこれ言い過ぎる私が悪い、ということだよね」と笑ってやり過ごしている。惚れた弱み、なのかもしれない。音楽好きな淳平さんも明子さんの「声のトーンと楽しげな感情表現に魅力を感じる」と告白。事実婚ではなく、法律婚を望んでいる。

「どちらかが大病したときなどに(法律婚でないと)不都合があるからです。あと、僕はこれから財産ができると思うので、それを彼女に遺してあげたいですねー」

どこまでも軽い調子の淳平さん。今のところは彼を面白がりながら受け入れている明子さん。その共同生活が落ち着くまでにはもう少し時間がかかりそうだ。彼らがお互いを「心の支え」だとしみじみと感じる日が来ることを願わずにはいられない。

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(大宮 冬洋 : ライター)