NHKは今年の秋に受信料を約1割下げてBS2波を1波に絞ることになったが、まだまだできることはあるはずだ(写真:今井康一)

NHKはネットで受信料を取ることは難しい(過去記事:NHK「ネット受信料は妥当か」議論で起きている事)。解決策へのカギは、インフォメーションヘルスの議論だ。

ネットがコミュニケーションの主軸になればなるほど、正しい情報や見解を得ることが難しくなっている。「インフォメーションヘルス」という概念はある学者たちが言い出したものだが、問題がわかりやすくなるので私も多用している。言葉そのままの意味で、「情報の健康度」が今問題だ。

インフォメーションヘルスをどう解決するか

フェイクニュースまで意図的でなくても誤った情報がネットでは当たり前に飛び交っている。ブログやYouTubeを通して、個人の言動が簡単に流布され、その精度を誰も確認しないまま真実と受け止められている。

ここには一定の歯止めと線引きが必要だ。オールドメディアと呼ばれる新聞や地上波テレビは公的言論機関としてニュースの中身に組織として責任を持ち、一定の考査の仕組みがある。と書くと異論反論が巻き起こるだろう。新聞やテレビはマスゴミだ、あんな誤報やこんなデマを流したではないか、と。

私自身も新聞やテレビの誤った伝え方に憤った経験はある。だが一つ言えるのは、これらのメディアには「責任」が伴い、訴訟を起こしたり業界団体に訴えたりすることもできる。

インフォメーションヘルスで困るのは、誰が言い出したかもわからない出所不明な情報が飛び交うことだ。それに比べると新聞やテレビはまあまあマシ。その意味で、既存マスメディアに一定の信頼を置くのは考え方としてあると思う。中でもNHKは営利ではない公共性の高いメディアとして、インフォメーションヘルスを守る重要な役割があると考える。

放送業界のもう1つの課題が民放ローカル局だ。エリアによって差はあるが、キー局の番組を各地域に届けることと、その地域の情報を域内で伝えることの2つの役割があった。ネットの時代になると前者の役割が不要になる可能性が高い。逆に後者の役割は重要になりそうだ。厄介なのが、前者の方がお金になっていたことだ。そもそもローカル局が自社で制作した番組が放送の中で占める割合は多くても2〜3割、平均すると1割程度。収入の7〜8割はキー局の番組を域内で放送するからこそ得られる。

そんな中、2022年度は視聴率が急減し、景気の悪化も加わって赤字になるローカル局が続出すると聞く。これから数年、いやこの先ずっと持ち直す要素は見えない。

この状況ではローカル局はネットへ出ようにも出られないばかりか、その前に潰れてしまうところも出てきそうだ。

ネット展開する余裕がないローカル民放

ローカル民放は民間企業だから市場原理で撤退する局が出るのは仕方ない。とは言え、その地域にメディアがまったくなくなるのは、地域の人々にとって大きな損失だ。

昨年講義した京都産業大学の大学生にアンケートを取ると意外に、「ローカル局はあった方がいい」「ローカル局はないと困る」の回答が合わせて3分の2を超えた。「うちらの周りの情報はないと困る」と言うのだ。近畿一円の学生たちで、滋賀県出身の学生は「びわ湖放送がないと困る」と独立局のことも言っていた。学生たちが「情報」という言葉を使うのが面白い。若い人はネットでもテレビでも「情報」を求める。ニュースで見た事件事故も、情報番組で知った新しいラーメン屋も、どちらも情報であり欠かせないのだ。

ネットの時代になり便利なニュースアプリが普及したが、伝えるのはほとんどが全国的なニュースであり、地域情報は流通しない。民放ローカル局は社会的に必要だと思う。

だがネット展開にはお金が余計にかかる。そこをどうするか、これも実はインフォメーションヘルス上、大きな問題なのだ。

世界のメディアのあり方について調べていくと、ヨーロッパでは公共メディアをPSM(Public Service Media)と呼び、イギリスではBBCだけでなく民放のITVやChannel 4も含まれるという。BBCの運営のために徴収される料金は、民放にも一部が供給されるのだ。

日本でも、民放の社員たちは公共的使命感があり、災害が起きると人々のために何ができるかを真剣に考える。だったらイギリスのように、公共放送の受信料を民放が共有してもいい、との論は成り立つだろう。

この考え方を日本に流用することで、インフォメーションヘルス問題の解決、つまりは公共的な情報流通の役割をNHKと民放で共に担う仕組みにできないか。つまり、「NHKの受信料」を「公共メディア料金」に変換するのだ。これで受信料問題も、ローカル局の問題も、一気に解決できるのではないか。

具体的には、受信料の一部を、NHKと民放共通のネットインフラに使うのだ。今まで通りNHKの番組制作費にも使うのだが、同時にテレビ局全体のインフラ費にもなる。それによって、インフォメーションヘルスを健全に保つ情報流通基盤を地域ごとに提供する考え方だ。もちろんキー局が運営するTVerもNHKプラスと合体させ、その運営費にも使う。

ただし、あくまでネットインフラに使うもので、この先ローカル民放が潰れるのを救うためには使わない。

NHKもまだまだできることがあるはず

一方、NHKはこれで安泰、にはしない。今年の秋に受信料を約1割下げてBS2波を1波に絞ることになったが、まだまだできることはあるはずだ。まず8K放送はやめていいのではないか。高額な8Kテレビを買う少数の人のために続ける必要があるとは思えない。そこから先はどんどん議論すればいい。私が思うにゴールデンタイムに民放みたいに芸人やアイドルが出演するバラエティを放送しているが、いっそ7時から10時までニュースと報道に使えばいい。昼間も国会中継は必ず放送すべきだし、もっと報道色が強くていい。

フラッシュアイデアに過ぎないのでもっと議論するべきだが、インフォメーションヘルスを十分に守れる存在になるのが指針となる。

民放も「公共メディア料金」を受けるからには、今よりずっと公共性を高める必要がある。PSMに参加する条件を明示し、守らねばならないことにする。違反したら一定期間ネットで情報発信できないことにする。

すると民放は面白い番組作りがしにくくなると言う人もいそうだ。だが今の民放の番組は似たようなバラエティだらけで逆に私はつまらない。若年層の視聴率を狙ってだろうが、若者が賑やかなバラエティを好むというのは、私も含めたオールド世代の思い込みだ。自分たちが若い頃に好きだったバラエティを作っても若年層は興味がない。現に視聴率は下がり続けている。どうしてもバラエティが作りたければAmazonなりDMMなりに企画書を持っていけばもっと予算を使えるだろう。「テレビ=公共メディア」になるなら、民放も新しい別の道を考える時だと思う。

民放はNHKのネット活用に何かと「民業圧迫」と歯止めをかけようとしてきたが、もうそんな小競り合いをしている場合ではない。自分たちのやり方を大きく見直しながら、NHKと共に社会的役割を担っていく方向に意思を修正する時だ。「民業圧迫」の主張は封印し、協調路線に転じてもらいたい。

本来は公共メディア料金の輪の中に新聞業界も入るべきところだが、彼らはNHKを蛇蝎の如く嫌っているので無理だろう。団塊世代と共に沈んでいくしかないと思う。

政権と切り離した委員会が必要

NHKの受信料を「公共メディア料金」に転換すると、これで括られるメディアは今までより「公共性」を強める必要がある。この「公共」とは国家とは別の概念だ。「自治」に近い。

現状のNHK経営委員は国会の承認のもと総理大臣が選ぶので、その時点で政権に従属することになる。公共放送のガバナンスとしておかしいのだ。
「公共メディア料金」を仕切る「メディア監理委員会」が必要で、委員は国民が何らかの方法で直接選ぶべきだと考える。選び方は難しいので重々議論が必要だ。

一つの考え方は、「公共メディア料金」を払った人に投票権があり、その投票で監理委員を選ぶやり方だ。これなら一定の公平性が理屈では担保できる。払った人がメディアを視聴する権利もあることにすれば、一貫性が出る。ただこれだと、スクランブル制度と同じになってしまい、誰でもアクセスできる公共性が保てない。

具体的な制度としては難しいが、とにかく政権と切り離した委員会が監理する必要がある。NHK改革のある意味、もっとも重要なポイントになるだろう。

そこまで議論がたどり着くには、この国の進め方だとまた10年くらいかかりそうだ。その間にNHKも民放もダメになるだけかもしれない。だがそれでも、議論すべきだと私は思う。

(境 治 : メディアコンサルタント)