米国に教育移住しても、受験戦争からは逃れられない！幼稚園から熾烈な争いに巻き込まれ…
「海外で、挑戦したい」
日本にいる富裕層が、一度は考えることだろう。
そのなかでも憧れる人が多いのは、自由の街・ニューヨーク。
全米でも1位2位を争うほど物価の高い街だが、世界中から夢を持った志の高い人々が集まってくる。
エネルギー溢れるニューヨークにやってきた日本人の、さらなる“上”を目指すがゆえの挫折と、その先のストーリーとは？
現状に満足せず、チャレンジする人の前には必ず道が拓けるのだ―。
Vol.7 ニューヨークへの教育移住に悩む母
朋子（36歳、フリーライター）
「優斗くんにはもっと合う所があると思うんです…」
幼稚園に迎えに行くと、園長先生に呼ばれて言われた。
息子の優斗は4歳。明るく活発だが自我が強く、協調性よりも自分がやりたいことを突き通したい性格。
落ち着きはないが、集中するととことんのめり込む。
そのため、友達と衝突したり、先生の言うことを聞かなかったりとトラブルも絶えない。
「発達のスピードが違うんだと思いますが、うちでは特別な支援はできないので…」
つまりは退園勧告ということだ。
― またか…。
実はこれが初めてではなかった。
優斗が3歳になるまで、私は出版社で編集者として働き、息子は保育園に入れていた。
ある日、扱いづらい優斗に手を焼いた先生から、“うちではもう見きれない”と言われたのだ。
これまで優斗の発達に関して、小児科や療育センターで相談してきた。
はっきりと診断が下されたことはなく、経過観察だった。
悩んだ末、私は会社を辞めてフリーのライターとなり、優斗を幼稚園に入れ、園の後は支援センターに行ったり、家で面倒を見ている。
― 療育一本にするか、引っ越して他の園を探すか…。
家に帰ったあと、夫に相談すると、意外な提案をしてきた。
「実は転職の話が来ていて。それがニューヨークなんだ」
「え、ニューヨーク！？」
大手外資証券会社にエンジニアとして勤める夫は、いくつかヘッドハンティングの誘いがあり、その中のニューヨークのスタートアップに移ろうか考えていたという。
「せっかく幼稚園に慣れたのに、環境を変えるのは優斗に良くないと断っていたけれど、いい機会かもしれない。ニューヨークは、子どもの発達教育に関して進んでいるみたいだし。どうかな？」
「でも…」
急な話に私は戸惑う。
日本語だって他の子に比べて理解するスピードが遅い優斗が、全然違う言語でパニックにならないだろうか？
友達も作れずいつも孤立している優斗が、海外でうまくやれるだろうか？
不安な私に、夫は色々と資料を見せてくれた。
ニューヨーク州では公立でも普通の子と同じクラスに通いながら、セラピーを受けたりサポートの先生がついて助けたりしてくれる。
私も調べるうちに、試してダメなら戻ってこよう、という気になった。
そこから無事に夫の転職が決まり、急いでビザを取得し、移住先を決めて幼稚園の入園準備を整えた。
そうして次の年の6月に、ニューヨークのブルックリン郊外へ移住した。
8月からKindergartenが始まるので、それまでは慣れるため、親子で参加できるサマーキャンプを利用した。
そして迎えたスクール初日。
40代くらいの優しそうな先生が、ピカピカの笑顔をした新入生たちをにこやかに迎え入れた。
― 大丈夫かな…。
私の心配をよそに、優斗はひょうひょうと教室へ入っていく。
授業の後、先生に今日の様子を聞いたところ、予想外の答えが返ってきた。
「彼は私の言っていることを理解しているみたい。それに少し英語で会話もしたのよ」と。
こちらに来る前に英語のYouTubeや音楽を聞かせたり、サマーキャンプに参加したりしたが、短期間ですでに英語を理解し話せていることに驚く。
正直、日本語だってまだまだなのだ。
それから2週間後、優斗はぎこちないながらも英語を文で話せるようになっていた。
成長の速さに、先生も驚いている。
たまに母国語よりも、他言語の方が聞き取りや発音がしやすい、という子がいるらしい。
そして2ヶ月が経った頃、先生との面談で言われた。
「彼は集中力もすごいし一度見たことを忘れないから、G&Tプログラム（成績上位者が受けられる特別クラス）のテストを受けてみたら？」
発達の遅れにばかり目を向けていた私は、そんなことを考えたこともなかった。
ニューヨークには、Gifted and Talented Programという成績上位者だけが通える学校やクラスが公立でも設けられている。
― 幼稚園なのにもう勉強をさせるの…？
不安に思い夫に相談すると「受けるだけ受けてみたら？」と言われ、優斗にも聞いて受けてみることにした。
優斗には特にテストに向けた勉強はさせなかったが、周りは違った。
特にアジア系で教育熱心な親が多く、学校後に毎日G&Tプログラム専門の塾に通わせたり家庭教師をつけ、何とか合格させようと必死だった。
アメリカであろうと、いい大学に行かせるためにいい高校へ、そのためにはいい中学へ…と、競争は幼稚園の頃から始まっている。
G&Tプログラムに入れば、高度な教育を他よりも早いスピードで受けられ、周りからの刺激も多い。
また、学校によってはそのまま中学受験の必要もないので、レベルの高い中学校への切符が手に入る。
”生まれつき人より頭脳明晰な人”を対象にしたこのプログラムは、結局日本のお受験のようになっているのが現状だ。
テスト前になると情報交換しあったり、成績によっては親同士もピリつく。
そんななか、翌年の春に、優斗は見事上位の成績で合格したのだ。
「すごいね、おめでとう！」
私は誇らしさでいっぱいになった。
“人に迷惑をかけず、協調性を持ちましょう”
普通の人よりもデコボコの性格を持つ優斗にとって、そんな日本での教育は合わなかったのだ。
G&Tプログラム受講者のみが行ける学校にも通えると言われたが、家から遠いので、転校せずにG&Tのクラスに入ることにした。
優斗の成長ぶりに私はワクワクしていた。
以前は“変わった子”“厄介な子”という目で見られていたが、今は“特別な子”と認められた気がしたから。
全てがうまく行くと思っていたが…。
ある日学校から帰ってくると、優斗が浮かない顔をしていた。理由を聞いてもうまく説明できず、ヒステリーを起こす。
友達とトラブルがあったようだ。
その後も優斗の持ち物が壊れたり、カバンに踏んだような靴跡がついていたりなどが続いた。
どうやら優斗を気に入らない子たちに意地悪をされているらしい。
ママ友に相談したところ、G&Tクラスにいる子のなかには、親から無理やり勉強をさせられたりしてストレスを溜めている子もいるそうだ。そういった子が才能のある子に嫉妬をして、いじめるケースがあるという。
そのうえ優斗は、発達に関して週に1回1時間サポートの先生がつき、カウンセリングも受けている。
そのことも特別扱いされているようで、気に食わないのかもしれない。
「注意して見ます」
担任の先生はそう言ってくれたが、いじめっ子たちはズル賢く、先生の見ていないところで執拗に優斗に嫌がらせをした。
彼らの親たちに直接話してみても、親の前ではいい子を演じているためわかってもらえない。
そしてある朝。優斗が「学校に行きたくない…」と泣いた。
学校に相談しても、先生の目には問題はなく、クラスを変えたくても特別クラスは1つしかなく変われない。
散々悩んだ末、次の学年時にG&Tテストに合格した子のみが通える学校へ転校を決めた。
それに伴い、私たちもローワーウエストサイドのアパートメントへと引っ越した。
家賃は10万円以上高くなり、ブルックリンの一軒家とは違い部屋は狭く、せわしなさを感じる。
環境が変わり大変なのは親も同じだった。
慣れない英語でトラブルの対処をしたり、時差のある中仕事をしたり、私も疲れ果てていた。
― 学校を変えても同じでは…？
ここ数年の疲れがどっと出たのか、私は体調を崩してしまった。
「日本に帰る選択肢もあるよ」
夫は優しく言う。
寝込む私の隣で心配そうにする優斗を見ながら、「この移住は間違いだったのかな…？」と考えた。
◆
半年後。
私たちは今もマンハッタンに住んでいる。
優斗は、学校が変わったことですっかり元気を取り戻した。
成績上位者ばかりの集まる学校は、息子のように“人とは違うが、特別な才能を持った子”が数多くいた。
様々な個性を持ち、誰も優斗の個性を気にしない。
その上、優斗の英語力は急激に伸び、これまで言語で表現することにストレスを感じていた様子がなくなり、友達と積極的にコミュニケーションを取れるようになった。
そして、初めて仲の良い友達が数人できた。
「Hi Olivia! Hey Ken!」
公園で見つけた友人に嬉しそうに駆け寄る優斗の姿。
これまで見たことのない息子の笑顔に、やはりこの移住は正解だった、と確信した。
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