エリザベス線を走る新型車両「クラス345」。イーリングブロードウェイ駅にて(筆者撮影)

イギリスにおいて2022年最大のニュースは、9月8日、歴代最長となる70年にわたって在位してきたエリザベス女王の死去であることは誰も異論がないだろう。一方、鉄道界での最大のニュースは、その同じ年に女王の名を冠したロンドン横断鉄道「エリザベス線」がついに開業したことだった。本来の予定より3年半あまりも延期となったが、5月に行われた開通イベントには女王も高齢を押して臨席、自身の名を冠した新しい鉄道の開業に花を添えることができた。

5月に開業、全線直通は11月

エリザベス線はロンドン中心部に地下新線(42km)を建設し、既存の東西郊外にあるナショナルレール(旧国鉄)の線路をつなぐ構想のもと敷設された。そのため、当初のプロジェクト名は「クロスレール」と呼ばれていた。2009年5月には当時のブラウン首相、そして2022年に首相職を追われたジョンソン氏がロンドン市長として起工式に参加している。

総延長は118kmで、東側はエセックス州のシェンフィールドとテムズ川南岸のアビーウッドまで、西側はレディングとヒースロー空港までといずれも2ルートに先が分かれている。当初はとりあえず、ロンドン・パディントン駅とリバプール・ストリート駅で分割される独立した3つの路線として2022年5月24日、開通にこぎつけた。


3つの線区の直通が実現したのは、女王が亡くなった約2カ月後の11月6日のことだった。おりしも翌7日から、欧州最大級の旅行関連展示会ワールド・トラベル・マーケットが同線沿線カスタムハウス駅最寄りにある展示会施設ロンドン・エクセルで開催。世界中の業界関係者にお披露目する絶好のタイミングとなった。

なんとか2022年中に本来の形での運行パターンに移行できたエリザベス線だが、運転本数はまだ当初計画の水準には達していない。コロナ禍で在宅勤務が一般的になる中、通勤という概念が徐々に薄れつつある。現状でも供給が需要を上回っており、本来の運転本数まで引き上げる計画を破棄する可能性さえあるのが現状だ。


直通運転が始まった翌日、11月7日のカスタムハウス駅(筆者撮影)

ただ、ロンドン市内でほぼ並行する地下鉄セントラル線の混雑は明らかに解消した。時間帯によっては、ロンドンにしては珍しく「息もできないほどの混雑」があった路線だけに、バイパスとなる新線の開業は通勤通学客にとってずいぶん便利になった。ただ、日中のセントラル線は極端に乗客数が減っており、ロンドン交通局(TfL)の財政難もある中、路線を維持できるのかと心配になってしまうほどだ。

経済効果は6兆円以上?

エリザベス線の開通から半年が経った2022年11月下旬、これまでの経過について発表があった。TfLが発表したデータによると、ロンドン都心区間が開業した5月24日以降、7000万人近い人々がこの路線を利用したことが明らかになった。マーク・ハーパー運輸相は、「わずか半年という短い期間で、エリザベス線の利用者は6000万人を超えた。ロンドン市内だけでなく、より広い郊外を含めた地域全体の成長を牽引している」と、同線が生み出す経済効果に対し、改めて期待感を示した。

クロスレールプロジェクトでは、政府が90億ポンド(約1兆4107億円)以上を投資、すでに5万5000人以上の雇用を新たに創出、イギリス経済全体に420億ポンド(6兆5813億円)をもたらすと試算されている。ロンドンのサディク・カーン市長は「新しい鉄道路線がロンドンの知名度をさらに高めた」と述べてもいる。


5月の開業に間に合わず10月24日にオープンしたボンドストリート駅(筆者撮影)

エリザベス線沿線でもっとも市内の中心にあるトッテナム・コート・ロード駅は、開業以来乗降者が80%増加し、同線で最も利用者の多い駅となった。一方、5月の開業に間に合わず、10月24日に改めてのオープンとなったボンド・ストリート駅も利用者が25%も増加している。

新線開業効果で喜んでいるのは都心のデパートや小売店だ。ロンドンきっての繁華街オックスフォード・ストリートなどの商店からなる同業団体、ニュー・ウエストエンド・カンパニーのディー・コルシ最高経営責任者(CEO)は、「エリザベス線の開通は、この地域のコロナ禍の回復を後押ししている」と語り、2022年のクリスマスまでの間にウエストエンドの小売業全体で15億5000万ポンド(約2429億円)の消費が見込まれると予想する。

一時は郊外のショッピングモール止まりだった人の流れが、新線開通で都心に戻ってきた。エリザベス線は間違いなくコロナ禍後のリテール業への後押しになるだろう。


市内中心部にあるファリンドン駅(筆者撮影)

空港アクセスも改善したが…

エリザベス線はヒースロー空港への接続改善にも寄与している。これまで同空港への軌道交通は、市内中心とを結ぶ地下鉄ピカデリーラインと、ナショナルレールのパディントン駅を発着する「空港特急」に相当するヒースロー・エクスプレス、各駅停車タイプのヒースロー・コネクトが運行されていた。

ところがエリザベス線の開通により、ヒースロー・コネクトは同線経由で市内からの列車が延長する運行パターンを設定し、ブランド名も変更。市内各駅から直通でヒースローへと出入りできるようになった。


ヒースロー空港ターミナル2・3行きと表示したエリザベス線の電車(筆者撮影)

ただ、ガイドブックやウェブサイトの書き換えがコロナ禍のあおりで追いついておらず、日本を含む各国からの外国人観光客はせっかくの新線利用を知らずに従来ルートで街に出ようとするケースも多いのが残念だ。

エリザベス線には複数の信号システムに対応できる新型車両「クラス345」が導入されている。一方で、リバプール・ストリート駅以東の区間には、車齢40年を超える旧型車両「クラス315」が新型車に交じっていまだ運用に入っている。ただ1980年代に製造された古い車両は、エリザベス線都心区間の新しい信号システムと互換性がない。


エリザベス線が3分割されていた時期、リバプール・ストリート駅地上ホームに入った新型車両「クラス345」(筆者撮影)

クラス315はリバプール・ストリート駅(地上ホーム)とシェンフィールド間の在来線ルートを細々と走っているが、消滅も時間の問題だという。

TfLの計画によると、エリザベス線は2023年5月をメドに、1時間当たり最大24本が走る本来のダイヤに本数を引き上げる方針を固めている。クラス345の中には編成両数が短い列車が3本のみあるというが、これも早晩解決するとみられており、そうなると旧型のクラス315はいよいよ活躍の場を追われる公算が大きい。

エリザベス線の運行を担うMTRC(香港)傘下のオペレーター、MTRC(クロスレール)社のスタッフは、旧型車から最新鋭の車両に切り替わることについて「黒電話から一気に最新鋭のスマートフォンに替わったようなもの」とその劇的な変化について表現した。

鉄道の労使問題は続く

年末年始のロンドンは、コロナ禍により押さえつけられていた反動で、旅行需要が一気に回復したかのような大賑わいをみせた。一方で、鉄道運営の現場では依然として労使問題が解決せず、クリスマス休暇から1月中旬にかけてストライキが頻発している。エリザベス線もストのあおりで運休となった日もあり、せっかくの新路線が使えず呆然とする旅行者の姿も数多く見た。

英国の鉄道業界では、民営化で導入された「上下分離方式」の見直しをするべきかどうかで揺れている。移動需要が回復する中、利用者がトラブルなく列車に順調、確実に乗れる環境を1日も早く取り戻してほしい。


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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)