セイコーエプソン(以下エプソン)は、オフィス向けプリンティング事業において、新たに3つの方向性を打ち出した。それは、「オフィス向けレーザープリンタの販売終了」、「複合機市場への本格的な展開」、「Epson Connectによる付加価値の提供」である。エプソンのオフィス・ホームプリンティング事業を追った。

エプソンのオフィス・ホームプリンティング事業が大きく変わる。写真は同社最新のオフィス向けインクジェットプリンタ

エプソンは、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」に取り組むなかで、価値創造戦略を打ち出しており、それを推進するイノベーション領域を、オフィスおよびホーム向けプリンタによる「オフィス・ホームプリンティングイノベーション」、産業向けプリンタや大判プリンタ、デジタル捺染機のほか、プリントヘッドの外販を行う「商業・産業プリンティングイノベーション」、多関節ロボットや生産システムなどによる「マニュファクチャリングイノベーション」、プロジェクターによる「ビジュアルイノベーション」、センシングやウォッチなどの「ライフイノベーション」の5つを定義。これらを支える形で、マイクロデバイス事業を展開している。

セイコーエプソンの小川恭範社長は、「独自のコア技術と、独創のコアデバイス、そして、『省・小・精の技術』が生み出す価値が、創業時から続くエプソンのこだわりであり、エプソンならではの価値である。環境負荷低減、生産性向上、コンパクト、省スペース、正確さ、信頼性などの価値を創造し、それによって、社会課題を解決する」と述べる。

セイコーエプソン 代表取締役社長の小川恭範氏

また、セイコーエプソンでは、2022年9月に、「『省・小・精』から生み出す価値で人と地球を豊かに彩る」をパーパスとして制定したところだ。

「エプソンが社会に対して、社会にどんな形を提供する存在であるかを定めるとともに、エプソンならではの存在意義と志を社内外に示すためものである。社会課題を起点とした活動を強化することで事業成長を果たし、事業成長を果たすことで、より多くの社会課題を解決していく」と語る。

オフィス向けレーザープリンタの販売終了へ

そのエプソンが、オフィスプリンティング事業において、3つの新たな方向性を打ち出した。

同社のオフィス・ホーム向けインクジェットプリンティング事業は、2021年度の売上収益が4,964億円となっており、2025年度にはこれを7,000億円にまで引き上げる計画だ。そのうち、オフィス領域は、2021年度の1,200億円から、2025年度には2,000億円にまで拡大させる計画である。

プリンティング事業の業績

オフィスプリンティング事業における、ひとつめの取り組みが、2026年までに、新規で販売するオフィス向けプリンタを、すべてインクジェット方式とし、2026年を目標にレーザープリンタの本体販売を終了すると発表したことだ。レーザープリンタ向けの消耗品および保守部品については、引き続き供給するという。

2026年を目標にレーザープリンタの本体販売を終了、インクジェットプリンタへの置換えを推進する

エプソンは、もともとホーム市場はインクジェットプリンタ、オフィス市場はレーザープリンタをベースにした事業を進めてきた経緯があったが、2008年には、エプソンの内製レーザープリンタの生産を終了。開発リソースをインクジェットプリンタに絞り込んだ。それ以来、レーザープリンタのエンジンは他社から調達する形とし、オフィス市場においても、エプソンの強みが生かせるインクジェットプリンタを主力に提案を進めていた。

その点では、オフィス向けプリンタをインクジェットに集約するという方向性は以前からあったといえるが、インクジェットへの完全シフトを支えたのが、インクジェット技術の進化である。

エプソンは、商業向けの大判プリンタに搭載されていたエプソン独自の薄膜ピエゾテクノロジーを進化させ、高精度化と小型化を突き詰めたPrecisionCore(プレシジョンコア)を2013年に開発。その後、改良を加えることで、プリントヘッドの基本モジュールとしての性能を向上させ、耐久性や低コスト化のほか、ホームからオフィス、デジタル捺染までカバーできるスケーラビリティ、インク選択の自由度を持つという特徴により、幅広い用途への応用を可能にしている。

高精度化と小型化を突き詰めたPrecisionCoreの開発によって、幅広い用途でインクジェットへの置き換えが可能となった

セイコーエプソン 執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長の吉田潤吉氏は、「PrecisionCoreによって、オフィス・ホームプリンティングの新たな戦略シナリオが推進できている。インクジェットプリンタのラインアップの拡充においても、先が見えてきたことも、一本化に踏み切った理由である」とする。

セイコーエプソン 執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長の吉田潤吉氏

これまでの地道な実績の積み重ねにより、オフィス用途でインクジェットプリンタを利用するといった動きが徐々に拡大。エプソンがインクジェットに事業を集中するための技術と製品が揃うとともに、市場環境も整ってきたといえる。

そして、インクジェット方式に一本化するという事業方針の決定において、最大の切り札になったのが、社会における環境意識の高まりである。

セイコーエプソンの小川社長は、「エプソンは、インクジェットでオフィスから世の中を変えていくという構想を持っている。その基本方針からすれば、レーザープリンタを止めるのは必然である。地球環境に貢献していという強い思いで取り組んでいる」との姿勢を改めて強調する。

オフィスの消費電力の10%が、プリンタおよび複合機によるものだという。

エプソン社内では、2014年にはレーザープリンタを中心に利用していたところ、月間の消費電力は1万6,000kWに達していたという。その後、インクジェットプリンタへの置き換えを推進し、2019年には3,000kW弱にまで削減することに成功した。消費電力量の削減率は82%に達する。さらに、消耗品が少なくて済むとい効果もあり、消耗品廃棄量は72%の削減率に達したという。

また、大規模病院の事例では、535台のレーザープリンタを、489台のインクジェットプリンタに置きかえたところ、消費電力量が85%削減され、CO2排出量も85%削減されたという。

オフィスにおいて、プリンタ・複合機の消費電力は馬鹿にならないボリュームを占めている

インクジェットへの置き換えによって、消費電力と消耗品廃棄の大きな削減が期待できる

セイコーエプソン 代表取締役 専務執行役員 営業本部長の久保田孝一氏は、「インクジェットプリンタは、レーザープリンタに比べて環境対応に優れている。まったなしの環境問題に、環境性能が高く、脱炭素化に貢献できるインクジェットプリンタで応え、より多くの顧客に届けたい」と語り、「オフィスで使用しているレーザープリンタを、エプソンのインクジェットプリンタに変更するだけで、CO2排出量を47%以上削減できる。政府では2030年に向けた温室効果ガスの削減目標として、2013年度比で46%の削減を打ち出している。レーザープリンタをインクジェットプリンタに置きかえることは、この達成に向けて有効な打ち手になる」と自信をみせる。

セイコーエプソン 代表取締役 専務執行役員 営業本部長の久保田孝一氏

レーザープリンタは、予熱をして、トナーを紙に定着させるために熱を使用する。帯電、露光、現像、転写、定着といった複雑な印刷プロセスを経るため、結果として部品が多くなり、メンテナンスの工数も増える。それに対して、エプソンのインクジェットプリンタは、インク吐出に熱を使わないHeat-Free Technologyを採用。インク吐出だけで印刷が終了するシンプルな仕組みが特徴だ。

エプソンがインクジェットプリンタに採用している独自のHeat-Free Technologyでは、電力消費が少なくなるとともに、ヘッド蓄熱による待ち時間が発生しないため、プリンタの稼働時間と消費電力の効率化につながること、シンプルな構造で交換を必要とするパーツが少なく、インク吐出時に熱を使わないため、ヘッドの劣化が少ないこと、ファーストプリントが速く、安定した高速印刷が可能であること、シンプルな構造により、定期交換部品も少なくメンテナンスも簡素化できることがメリットだとする。

インクジェットのシンプルな印刷プロセスがメリットに

エプソン販売の鈴村文徳社長は、「社内のプリンタをインクジェットプリンタに置きかえることは、誰でも、簡単に、すぐにでき、ハードルが低い環境活動だといえる。過度な投資が不要で、しかも、生産性を高めることもできる。環境負荷の削減と生産性向上を同時に達成できる」と語る。

エプソン販売 代表取締役社長の鈴村文徳氏

こうした提案を加速するために、エプソンでは、インクジェットプリンタの置きかることで、どれだけ環境に貢献できるのかを可視化するサービスを開始する。すでに、キャプランとの協業により、同社が提供する「CO2排出量可視化BPOサービス」と、エプソンが提供する「出力環境アセスメントサービス」を連携。オフィスの印刷業務に関わるCO2排出量を詳細まで可視化し、インクジェット方式への切り替えによる排出量削減のシミュレーション結果や、最適な印刷環境を提案する考えだ。

「環境に取り組みたいと思っている企業に、レーザーからインクジェットに置きかえることで、どれぐらいのCO2排出量を削減できるのかといった情報を的確に提供することに力を注ぐ」(鈴村社長)とする。

インクジェット技術の進化とともに、環境という切り口を追い風にして、エプソンは、いよいよインクジェット方式への一本化という戦略に舵を切ることになる。

他社が先行する複合機市場に向けて「宣戦布告」

2つめは、「複合機市場への本格的な展開」である。

エプソンは、オフィス向けインクジェットプリンタの提案では、グループや部門ごと、小規模オフィスでの利用を想定したA4カラー複合機やA3カラー複合機をラインアップ。さらに、増設カセットや専用キャビネットを組み合わせたモデルも用意し、複写機が独占しているオフィスのセンターマシンとしての提案を模索してきた。

だが、2013年に発売したA3モデルでは26枚機(1分間に26枚を印刷=26ppm)と低速であり、コンパクトで、安価な領域への提案に留まっていた。コピー機メーカーの領域には打って出ることができなかった。

そこで、2017年には、ラインヘッド化したPrecisionCoreを搭載することで、A3モデル、100枚機という高速機を製品化。用紙搬送技術の高度化や、300Wという超消費電力を達成することで、インクジェットによる新たなオフィス向け高速複合機を提案。オフィスのセンターマシンとしての用途にも、インクジェットプリンタの可能性を示してみせた。

海外では、高速印刷による印刷待ち時間の解消や、消耗品交換の手間の削減、消費電力とCO2排出量の削減というメリットが評価されたのに加え、エプソンのリモート監視ツールや課金システムとの連携により、プリンタや複合機を大量に導入している環境では一括管理のメリットも訴求。メンテナンスが難しい高標高地や、電力事情が不安定な場所における導入も相次いだという。

だが、課題だったのは、中速機と言われるA3モデルの40〜60枚機がなかったことだ。ここは、ボリュームゾーンでもあり、A3カラーレーザープリンタの出荷台数の56%を占め、金額ベースでは71%も占めている。

中速機のラインナップ不足が課題となっていた

今回、エプソンが発表した40枚機である「LM-C4000」、50枚機の「LM-C5000」、60枚機の「LM-C6000」は、この領域をカバーする新製品だ。これまでの要素技術を活用しながら、全体のレイアウトを一新。インク供給方式の見直しにより、シンプルな構造のカートリッジを採用したほか、インクの乾燥などのために必要だった中間ユニットを削減したことで、既存の複合機からの置き換えが可能なフットプリントを実現。オフィスのセンターマシンとしての提案を加速することができるという。消費電力はレーザープリンタに比べて62〜66%の削減が可能だという。2023年2月から出荷を開始する。

40枚機の「LM-C4000」、50枚機の「LM-C5000」、60枚機の「LM-C6000」を新たに発表。2023年2月から出荷を開始する

セイコーエプソン 執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部副事業本部長 Pオフィス・ホーム事業部長の山田陽一氏は、「これにより、インクジェットプリンタの価値を多くの企業に届けられるようになる。環境配慮型センターマシンとして、さらに優れたインクジェット複合機を提案できる」と自信をみせる。

セイコーエプソン 執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部副事業本部長 Pオフィス・ホーム事業部長の山田陽一氏

また、「オフィスのセンターマンシとして使える画質、信頼性、耐久性に対する不安を払拭するためにデモ機を用意したり、販売店に対して、インクジェット技術に対する説明の機会を設けている。インクジェットに用いる黒顔料は、レーザープリンタのトナーで用いられる顔料と同じものを使っているため、画像の保存性はレーザープリンタと同等である。こうしたインクジェット技術や価値を解説したValue Bookを提供し、不安の払拭にもつなげる」としたほか、「開発したプラットフォームを活かして、さらにオフィス向けのラインアップを追加する。オフィス領域だけでなく、軽印刷領域まで、幅広い分野にも挑戦していきたい」と、今後のランイアップ拡大にも意欲をみせる。

今回の製品に発表にあわせて、エプソン販売の鈴村社長は、「A3複合機市場において、2025年に5%のシェア獲得を目指す」と、明確な目標を掲げた。

まさに、リコーやキヤノン、富士フイルムなどが先行する複合機市場に向けて、明確な事業目標を掲げ、本格的に事業を展開することを、「宣戦布告」したというわけだ。

なお、新たに発表した「LM-C4000」、「LM-C5000」、「LM-C6000」は、「エプソンのスマートチャージ」を中心にして提供する。

新機種は「エプソンのスマートチャージ」で展開

「エプソンのスマートチャージ」は、2014年から開始しているサービスで、プリントやコピーの使用状況に合わせてプランや機器を選べる仕組みだ。月々の基本使用料金に要望の多いオプションを標準搭載した定額プランの「オールインワンプラス」と、機器本体を購入し、使った枚数分だけ課金する「カウンターチャージブラン」を用意。さらに、アカデミックプランを用意し、学校現場における印刷をサポートする点も特徴のひとつだ。

「エプソンのスマートチャージ」では、プリントやコピーの使用状況に合わせてプランや機器を選べる

エプソン販売の鈴村社長は、「高速印刷により、職員室での印刷渋滞を緩和したり、既存の消耗品予算の範囲で利用できるため、新たな予算計上を不要にしたり、規定枚数まではカラーとモノクロの制限がないため、カラー印刷を我慢しなくてはならないという課題も解決できる。カラー印刷だと、授業では子どもたちの反応も良く、学習意欲も沸きやすい。テストでは、カラーになったことで生徒の学習への理解度がアップしているという声がある。学校関係者が持つ課題の解決につながる価値が提案できる」と述べ、「ある教育委員会では、3%しかカラー印刷ができなかった学校で、52%をカラーになり、社会や理科の教材もカラーでプリントできるようになったという成果が生まれている。スマートチャージとインクジェットプリンタの組み合わせで、お客様を笑顔にする活動ができるという自信が、確信に変わっている」と語った。

変化する働き方に「Epson Connect」で新たな価値

そして、3つめが、「Epson Connectによる付加価値の提供」である。

これは、コロナ禍で発生した印刷の変化に対するエプソンの新たな提案のひとつといえる。

働き方の変化や多様化によって、オフィスへの出社が減り、自宅などで業務をする機会が増加したことで、印刷がオフィスの外へと分散化。オフィス内においては、ひとつのプリンタを共有する人の数が減り、プリンタのダウンサイジングが進行するといった動きが見られている。また、教育分野においては、学校閉鎖などで学習環境が変化し、在宅学習用途の印刷が増加している。

セイコーエプソンの山田事業部長は、「働く場所や、学ぶ場所が多様化しても、どこからでも、簡単、安心に印刷できる価値を提供していくことが必要である」とする。

それに向けた回答のひとつがEpson Connect クラウドサービスである。

印刷に分散化に対応する「Epson Connect クラウドサービス」

Epson IDを登録したプリンタであれば、Epson Connectを使うことで、PCやスマホから、いつでも、どこでも、簡単に、プリンタに印刷が可能だという。

「これは、印刷の分散化への対応である。Epson Connectは2012年よりサービスを展開しており、ワールドワイドで多くのユーザーが利用している」

このサービスを活用して、外出先から離れた拠点でのプリントアウトや、本部からの操作で店舗のプリンタでPOPを印刷するといったことが可能になる。

基本サービスは無償で提供しているが、パートナーとの連携で、新たに有料でのプリントサービスの提供も開始している。

日本ではVia-atとの連携で、ホテルやカフェ、コワーキングスペースといった街のプリントスポットで印刷か可能なサービスを開始。スタディラボでは、塾からの家庭への教材印刷を実現する統合サービスを提供。さらに、Epson Connectの機能を用い、スキャン時の学習履歴のデータ化を実現しているという。

台湾では、Epson Connect を利用して、LINEプリントによる印刷需要の創出を実現したり、欧州ではアプリ連携によって図書館や小売店店内でのキオスク印刷サービスを提供したりといった事例があるという。

「ハードウェアとインフラを活用した様々なソリューションの提供により、売上げの伸長を図りたい。サービスパートナーとの連携によって、多くのサービスの提供が可能になる」とする。

プリント環境の変化を捉えて、ソリューションを通じて、新たな収益拡大を目指すことになる。

また、用途の多様化に向けては、多機種展開も提案のひとつだとする。

用途に応じて選べる多機種展開も提案のひとつ

エプソンでは、設計方法を変更し、ベースとなる機構部品をプラットフォーム化して効率よく開発する仕組みを採用。用途に応じて、顔料や染料といったインクのバリエーション、印刷量に応じてカートリッジやボトル、大容量パックといったようにインクの提供方法を選べるように多機種展開を可能にしているという。

セイコーエプソンの山田事業部長は、「新たな挑戦だが、全力で取り組む。オフィス領域、ホーム領域で開発した技術をあらゆるジャンルの印刷に展開し、活用し、印刷の革新を進める。そのために顧客や、顧客の機器とつながり、顧客をサポートしたり、新たな価値を提供することに、ジャンルを問わずに取り組む。エプソンは印刷の革新を通じて、エネルギー問題や廃棄物などの環境問題、印刷業界の後継者問題なども貢献し、社会問題の解決につなげたい。あらやる印刷にインクジェットの価値を提供したい」とする。

エプソンのオフィスプリンティング事業は、新たなフェーズに突入した。