鼠径ヘルニアの手術について、「便秘気味の人でも受けられるの?」「高血圧の薬を飲んでいる場合は?」「年齢上限にひっかからない?」といった疑問を散見します。しかし、「東京外科クリニック」の大橋先生によると、原則として誰でも受けられる手術だといいます。一体どういうことなのか、詳しく取材してみました。

監修医師:
大橋 直樹(東京外科クリニック 院長)

日本医科大学卒業。慶應義塾大学医学部外科学教室助教を務めた後、各医療機関でヘルニア修復術の日帰り・短期入院の普及に尽力する。2015年、「東京外科クリニック」院長に就任、2017年には「医療法人社団博施会」理事長に就任。2022年より「東京外科グループ」代表。複数院体制で専門医の執刀による安心・安全な日帰り手術に注力している。日本外科学会専門医。日本内視鏡外科学会、日本ヘルニア学会、日本臨床外科学会の各会員。

鼠径ヘルニア手術の年齢制限について

編集部

鼠径ヘルニアの日帰り手術に、年齢制限はあるのでしょうか?

大橋先生

乳幼児から高齢者まで、とくに年齢制限はありません。なお、一部に「小さなお子さんは入院治療が必要」とする説もあるようですが、小児の手術ではメッシュを使うことができません。成長とともに大きさが合わなくなるためです。なお当院では、順天堂大学からドクターを迎えて、小児の日帰り手術を可能にしています。

編集部

高齢者でも手術が可能なのですね。ただ、85歳を過ぎると外科手術全般のリスクが高まると聞いたことがあります。

大橋先生

基本的には、年齢で一律に線引きするのではなく、健康状態をみて判断しています。もし、ご高齢で基礎疾患をおもちであれば、手術の適応を慎重に検討します。その一方で、85歳以上でお元気だとしたら、むしろ「健康長寿のお手本」のような人なので、手術を避ける理由はとくに見当たりません。

編集部

薬の服用についてはいかがでしょうか? 血液がサラサラになる薬が手放せない年代もあると思います。

大橋先生

手術中の出血リスクのことですよね。当院の場合、切開術ではなく腹腔鏡手術を多用しています。腹腔鏡手術とは、腹部に開けた小さい穴から治療機器を挿入して進める方法です。この腹腔鏡手術なら、血液がサラサラになる薬の服用をストップする必要はありません。ただし、血糖値を下げる薬に限っては服用しないでください。直前の食事を抜いて手術するため、服用により過剰に血糖を下げてしまう恐れがあります。

編集部

総じて、年齢によって何かが変わるわけではないということですか?

大橋先生

はい。当院による約3300の鼠径ヘルニア手術例をみても、年代別のリスクや成功率は変わりません。むしろ、どのような年代でも鼠径ヘルニアの手術が受けられるよう、腹腔鏡手術の設備や技術・人員を整えてきた自負がありますのでご安心ください。

鼠径ヘルニアの原因とは

編集部

続いて、男女別のリスクについてもお願いします。

大橋先生

大前提として、鼠径ヘルニアの原因は多岐にわたり、何がその患者さんのきっかけになったのかは「検証不可能」です。妊娠なのか、便秘なのか、排便時のいきみなのか、それとも咳なのか。「なっていなかった自分と比べる」ことができないからです。

編集部

つまり、女性の妊娠や男性の強いいきみといった性差は問われないわけですか?

大橋先生

そうなります。検証不可能な習慣や状態を後悔するよりも、前向きに治療するべきだと思っています。例えば、妊娠の影響は、我々医師が参照する「鼠径部ヘルニア 診療ガイドライン」にも載っていません。子宮が膨らんで腸を押しだすことは“考えられても”、個々に証明することは困難です。

編集部

性別にかかわらず、便秘のような生活習慣も同様ですか?

大橋先生

同様で、少し難しく考えすぎていると思います。鼠径ヘルニアとセットで語られがちな生活習慣の多くは、医学的な立証がなされていません。それに、鼠径ヘルニアの手術は、下腹部というごく狭い範囲に限定された外科手術です。がんなどの臓器の切除を伴う手術と比べれば、身体的負担は少ない手術と言えるでしょう。

編集部

なるときは誰でもなるので、割り切って手術を受ければいいということですね。

大橋先生

そう思います。鼠径ヘルニアは、ヒトが二足歩行をした瞬間から背負った「宿命」のようなものです。イヌ・ネコでも発症しますが、寿命の長いヒトであるからこそ症状も進行していきます。親兄弟がなったからといって遺伝を示唆するのも早計です。あくまでヒト全体の宿命であって、性別や個々の習慣で決まるものではないと考えます。男性に顕著なのは、腸が陰のうという「別の穴」に落ち込みやすいからで、これもまたヒトの宿命です。

一般的な日帰り手術のリスク

編集部

ところで、手術には麻酔を用いるのですよね?

大橋先生

はい。当院では全身麻酔で進めることが多いため、必ず麻酔専門の医師が同席しています。1人の医師が局所麻酔と手術の両方に注意しながら進めると、どうしても注意力は分散します。そこで我々の導き出した答えは、チーム医療かつ全身麻酔なのです。一方、局所麻酔で患者さんの苦痛を完全に取り除くことは困難であるため、どなたにとっても快適な手術を受けていただくのが我々の想いです。

編集部

「日帰り手術」ならではの注意点はありますか?

大橋先生

手術を終えて、ご帰宅後に救急車で搬送されるような重篤な事態は起こりません。むしろ、ちょっとした心配を確認される患者さんが多い印象です。そこで当院では、担当医の携帯電話番号をお伝えし、いつでもご相談できる体制にしています。また、患者さんの心配事と医師の観点は必ずしも一致しないため、こちらからもお電話により経過の確認をしています。場合によっては受診していただいて直接、確認したいケースもあるからです。

編集部

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

大橋先生

鼠径ヘルニア手術に対する年齢や性別の条件は、原則としてありません。ただし、鼠径ヘルニア手術の体制が整っている医療機関に限られ、医師の考え方もまちまちです。最寄りの医療機関を受ける際は、その医師の指示に従ってください。

編集部まとめ

たしかに、自分の生活習慣の何がヘルニアを生じさせたのかは検証不可能です。心当たりはあっても、比較考証はできませんよね。ここは「ヒトだから当然」と割り切って、過去を振り返るより、手術後の明るい未来へ進みましょう。未来へ進むための制限は、年齢によっても性別によっても受けないようです。

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