鼠径ヘルニア手術でおこなわれる腹腔鏡手術ですが、現状では設備や技術取得などの点から「定着している」とは言えない状態です。はたして、一般的な切開術と腹腔鏡手術は、どこが違うのでしょうか。今回は「東京外科クリニック」の大橋先生に、手術の中身や費用の比較をお願いしてみました。

監修医師:
大橋 直樹(東京外科クリニック 院長)

日本医科大学卒業。慶應義塾大学医学部外科学教室助教を務めた後、各医療機関でヘルニア修復術の日帰り・短期入院の普及に尽力する。2015年、「東京外科クリニック」院長に就任、2017年には「医療法人社団博施会」理事長に就任。2022年より「東京外科グループ」代表。複数院体制で専門医の執刀による安心・安全な日帰り手術に注力している。日本外科学会専門医。日本内視鏡外科学会、日本ヘルニア学会、日本臨床外科学会の各会員。

腹腔鏡手術とは

編集部

鼠径ヘルニアの手術というと、出っ張った部分を「切って閉じる」というイメージがあります。

大橋先生

「切開法」に関しては、おおむねそのような理解で構わないでしょう。なお、成人の場合、切開した部分を人工のメッシュでカバーして再発しないようにしています。いずれにしても、切開法は“体の外側からおこなう”手術です。

編集部

というと、体の内側からおこなう手術もあるのですか?

大橋先生

はい。それが「腹腔鏡手術」です。患部とは別の場所に、操作器具やスコープが通せるだけの“小さな穴”を開けて、そこから手術していきます。腹腔鏡手術の特徴は、患部と左右反対側の鼠径部も確認できることです。ただし、外からの見た目で異常がなければ、腹腔鏡手術の適応にはなりません。いわゆる「なりかけ」の場合にどうするのかは、手術前に患者さんと相談しておきます。

編集部

あえて「なりかけ」を手術しない患者さんもいるのでしょうか?

大橋先生

左右両方を手術すれば、術後の痛みや違和感は倍になりますから、「片方を治してから、改めて検討する」という人もいらっしゃいますよ。医師として時間的余裕があると判断できれば、その先は患者さんの希望次第です。

編集部

手術の傷跡は、腹腔鏡手術の方が小さそうですね。

大橋先生

そのとおりです。手術などによって患者さんに与えるダメージのことを「侵襲度」と呼びますが、腹腔鏡手術は侵襲度の少ない方法と言えるでしょう。加えて、傷跡として目立つかどうかや、傷口の治りの早さとも関わってきます。「鼠径部ヘルニア 診療ガイドライン」では、腹腔鏡手術の方が術後の回復が早く、患部の痛みも少ないと明記しています。

切開法との比較

編集部

今までの話だと、「切開法」を選ぶ理由が思いつきません。

大橋先生

そうでしょうね。当院では、ほぼ全症例で腹腔鏡手術を用いています。ただし、腹腔鏡手術には専用の機器が必要ですし、習熟するための環境も必須です。その意味で、鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術を実施できる医療機関は現状では少ないと思います。東京都外からも多くの患者さんが当院へお越しになります。お住いの地域の近くで治療を受けたい場合は、地元の医師の得手不得手に従わざるを得ない可能性もあります。

編集部

鼠径部に近い場所、例えば盲腸の手術をしていた場合はどうなりますか?

大橋先生

盲腸に限らず腹部手術全般に言えることですが、手術跡の癒着の問題が生じます。切開跡だけうまくふさがってくれればいいのですが、周辺臓器と癒着してしまうことがあるのです。そこで「切開法の適応」を検討するわけですが、当院の場合、癒着によって腹腔鏡手術ができなかった例はありませんでした。ただし、今後も絶対に“ない”とは言いきれませんので、個別に注意深く操作を進めています。

編集部

切開法の方が、内部の見渡しやすさに優れているような気がします。

大橋先生

ところが、組織が邪魔して、むしろその裏側を見にくくさせている側面があります。その反面、腹腔鏡は見たい場所へ回すことができます。たしかに腹腔鏡だと「映し出されている箇所しか見えない」という事実はあるものの、医師の技量でカバーできる問題です。

編集部

腹腔鏡手術で開ける穴は「1カ所」なのでしょうか?

大橋先生

当院の場合、3カ所です。臍(へそ)1カ所だけでおこなうことも可能ですが、そのキズが大きくなるため結局、痛みは増えてしまいます。臍のキズには痛みが強く出やすいため、この部分は特に小さく済むように工夫しているのです。

盲点だった腹腔鏡の社会的役割

編集部

ところで、開腹術も腹腔鏡手術も保険適用なんですよね。

大橋先生

はい。3割負担を前提にすると、開腹術で約5万円の自己負担額、腹腔鏡で約11万円の自己負担額になります。(限度額制度により、多くの給与所得者は約8万円)もし私が受けるとしたら、費用で選びたくはないですね。安全性や予後の観点も含めて、腹腔鏡手術で進めると思います。

編集部

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

大橋先生

Web上の医療記事の中には、切開法しか扱っていない医師のコラムもあるでしょう。その場合、この記事とは矛盾した内容となるものも存在します。最終的にどちらを信頼するのかはみなさん次第ですが、医学的根拠として正しい治療を選ぶべきだと思います。

編集部まとめ

医師の参照する「鼠径部ヘルニア 診療ガイドライン」が、腹腔鏡手術による回復の早さと痛みの少なさを認めている。今回の結論は、この事実に尽きるのではないでしょうか。ただし、費用面をみてみると、双方ともに保険適用だとしても、腹腔鏡手術の方が切開術より高くなっています。プラスの負担分を「ベッドを空けるための社会的な負担・投資」とみるかどうかは人それぞれですが、このような観点も存在するとのことです。

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