携帯電話会社のコールセンターは毎日さまざまな客とのやりとりが求められる。オペレーターとしての勤務経験がある吉川徹さんは「言いがかりをつけて、金品をせしめようとする客もいた」という。そんなときはどう対応したのか。実録ルポ『コールセンターもしもし日記』(三五館シンシャ)より紹介しよう――。(第2回)
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■「自衛隊員の妻を名乗る女」クレーム内容が筋違いすぎる

「携帯電話が使えないんですけど! どうなってるんですか!」

自衛隊員の妻だと名乗った女性は怒り狂っている。

「先月の料金のお支払いの確認が取れていないために、利用ができなくなっています」
「いつからですか! 住所見てわかりませんか! 自衛隊の官舎に住んでる人の電話をなぜとめるんですか! 日本のために海外派遣されてるんですよ! その夫が今、私に電話してたらどうするんですか! あなた、それでも日本人ですか!」

知りませんよ、そんなこと。携帯電話と自衛隊がどう関係あるんですか。金を払わないあんたが悪いんでしょう。使った分は払うのが社会のルールじゃないですか。

そう言いたい気持ちを抑え、ヒステリーに怒り狂う声を聞きながら再開の手続きを進めた。支払いの延期が初めてということもあるが、早く電話を切りたかったというのが本音だ。

「今、再開の手続きに入っておりますが、このようなことは今回限りとなりますので――」

電波が通じた(※1)のを携帯電話の画面で確認したのだろう。説明の途中で電話は切れた。

※1:画面にアンテナのマークが表示されていれば電波が通じている。このように電波が通じたのをその場で確認してから切るような人は少ない。逆に、通話中、興奮のあまり通話終了ボタンを押して切ってしまう人はたくさんいた。

■マニュアルは役に立たないものばかり

コールセンターに勤務するようになってから、クレーム処理の本を何冊か開いてみた。頭ごなしに怒鳴りつけてくるお客への対処方法が書かれているのではないかと思ったからだ。

そこにあったのは「相手の話を真摯(しんし)に聞く」だとか「カッとなったら6秒数える」といった、実践では役立ちそうにない方法ばかり(※2)だった。

このコールセンターで真摯に話を聞いていたら耳を痛めてしまうし、怒られっぱなしの中では何十秒数えても事態が好転することはない。かといって参考になる部分がないわけでもなかった。

※2:ある本には、クレーム電話を終了させる方法として「丁寧に断って電話を切る」とあった。これではなんの解決にもならない。別の本の「数分我慢すれば、ほぼ解決」というのも意味がない。「クレーマーを宇宙人だと思え」というのは心構えという点では役に立った。

「もっとも手強いクレーマーは常識を持ち合わせていない人」という箇所だ。これには頷けた。

彼らは常人には理解できない独自のルールで生きていたり、人の話に耳を傾ける力をそもそも持ち合わせていなかったりする。

そうした人の具体的な対処方法を探してみたが、「モンスタークレーマーを納得させることができたら自信を持っていい」などとあるばかりで、現場で実際に使えそうなテクニックはついに見つけることができなかった。

■トイレにすら行く暇がない…利用停止日の悪夢

利用停止日は始業と同時に電話が鳴りはじめる。コールの音(※3)がフロア全体に波のように広がり、3分後には100人近くいるオペレーター全員が応対中になる。こういうときはトイレにも行けない。ぎりぎりまで我慢し、急いで行って急いで戻る。それでも「待ち呼(※4)」が出る。

※3:利用停止日の最初のコールに真っ先に電話を取るのはいつも村井さんだった。静かな中に「ドコモ中央料金お問い合わせセンター・村井でございます」という声が響くのですぐにわかった。利用停止が始まる繁忙期初日の最初の電話はたいへんなお客に決まっている。仕事にも慣れて電話の鳴る順番を後ろにする方法を知っているはずなのに、村井さんはそれをしない。その愚直さをなぜ私生活に活かせないのかと思っていた。
※4:電話のつながるのを音声テープを聞きながら待っている人の発生すること。

「待ち呼」が出ると頭上のモニターの数字が赤く点灯する。数字が3であれば3人のお客が待っていて、20であれば20人のお客が待っている。お客を待たせてはいけない、とオペレーターは応対後の処理を後回しにして電話を取るが、課長たちは腕組みをしてモニターを見上げ、

「今、待ち呼が15人を超えました!」

などと意味のないはっぱをかけている。

そんなことをしているなら電話に出てくれと言いたくなるが、課長の中でオペレーターと同じように応対できる人はわずかだ。

管理職はセンター長1名、部長1名、次長1名、課長5名で構成され、出退勤の管理や朝礼の司会などコールセンターの運営は課長が行なっている。全員60歳以上で所属はドコモサービスだ。NTTを定年退職した人が役職を下げて再雇用されているのだという。どうりで年寄りが多いわけだ。

■「上を出せ」クレーマーに対処できない残念な管理職

課長には、オペレーターでは対処できないヤクザまがいのお客を引き受けてくれる人もいるが、日がな一日請求書を折っては封筒に入れている人や、朝礼で好みの女性に体をくっつけるようにして立つ人など、いったい何をしに来ているのかという人もいる。

お客はオペレーターの案内に納得できないと「上の者に代われ」と言う。その際はSVが応対することになるが、それでも埒(らち)が明かないと「責任者と話をさせろ」と言われることもある。

責任者=課長は渡されたヘッドセットを頭につけて、保留を通話に変え、お客と話を始める。立場上は管理職(※5)ではあるが、画面の見方も操作方法も知らないのでお客と会話ができない。ただただ怒られている。

※5:オペレーターとして働いたことがないので、指導はおろか画面の見方すらわからない管理職。本人もつらいだろうが、その下で働くオペレーターもつらい。適材適所の重要性を強く感じた。

涙ぐみながら耐えている課長や、オペレーターが代わってくれと頼んでいるのに聞こえないふりをして、書類から顔を上げない課長もいる。

ヘッドセットのマイクを口元ではなく頭のほうに上げたまま、

「もしもしー、もしもしー、こちらの声が聞こえないのでしょうかー、お客さまの声ははっきりと聞こえているのですがー」

と、コントにしか思えないようなことをしている課長もいる。

■「間違ったこと言ったよね」金をせびる巧妙な手口

仕組みの変更直後を狙って電話してくるクレーマーもいる。ホームページのお知らせ欄を常日頃からチェックしているのだろう。新しいサービスができたときなどは勉強会があるが、請求書の記載方法が変わった程度なら課長が朝礼で話して終わりだ。そういうときはオペレーターが個々に画面を開き、ここがこう変わったのかと自分で確認する。そのため変更直後はその内容を完全に把握していないことが多い。

朝一番の電話だった。

「有料サイトの名前って、請求書の内訳(※6)には記載されないですよね?」

同じことを二度三度と確認するので心配性の人なのだと思い、

「大丈夫です。記載されません。ご安心ください」

と答えて切った。

※6:請求書の裏側の基本使用料やパケット使用料などが記された「請求内訳」と、通話した日時や通話先などがわかる「料金明細内訳」を混同しているお客が多い。「請求の内訳がほしい」と言うので詳しく聞いてみると「料金明細内訳」のことを言っていることがよくあった。

その人から1カ月後にまた電話があった。

名前をメモしていたのだろう。電話を取ったオペレーターに私の名を伝え、代わってくれと言ったらしい。仕組みの変更が請求書上で確認できるタイミングだ。

転送されてきた電話を取ると、その人は言った。

「請求書が届いたんだけど、あなたの言ったことと違うよね。内訳にサイト名が載ってるよね。僕が確認したときにあなた、安心してくださいって言ったよね。ドコモは客に間違えたこと教えといて安心してくださいとか言うの? どうなの?」

物言いからクレーマーだとわかった。言いがかりをつけて金品をせしめようとする輩(※7)だ。

※7:「私の不在中にドコモの人が訪ねてきて母がお金を払ったんですが、ドコモは集金もやってるんですか?」という電話を受けた。詐欺だとわかり、すぐに警察に相談するよう案内したことがある。コールセンター側がクレーマーに金品を払って解決したことは、私の知る限り一度もなかった。

■「責任取ってもらえるよね」恐怖の恫喝

マズいことになったと思い、いったん保留にして調べた。

私が説明をした時点では、使用したサイト名は請求書に記載されていなかった。だが、システムが変更され、今月からサイト名が請求書に記載されるようになった。この人はそれを確認したうえで電話をしてきている。

この程度の変更で損害が発生するか考えた。誰にも知られたくないサイトの名を家族に知られてしまったぐらいのことはあるかもしれないが、それが損害ということになるのか。

「間違った案内をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「そうだよね。間違ったこと言ったよね。認めるよね。責任取ってもらえるよね?」
「今回の変更で、お客さまに不利益になるようなことが何かございましたでしょうか?」
「不利益になるようなことがございましたでしょうか、じゃないよ。間違ったこと言ったわけでしょう? それに対してどう責任取ってくれるのよ」
「私にできることがあればやらせていただきますが、どのようなことでしょうか?」
「どのようなことでしょうかって、自分で考えてわからないの? あんたバカじゃないの?」
「……」

一方的にバカじゃないのと言われ、言葉に詰まった。

「あんたじゃ話にならないよ。上の人に代わってよ」

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■モンスターたちを黙らせる驚きの話術

代わって出たSVの棚橋さんは強気だった。

「責任とはどのようなことでしょうか? 間違った案内をしたことについてはお詫びします。ただ、どのような責任でしょうか。金銭的なことでしたらお断りします」

電話は10分も経たずに終わった。

「どうしようもない奴だね。『間違ったこと言われて気分悪い、迷惑したから金払え』だって」

結局は金の要求だったのだ。クレーマーの浅知恵に安堵(あんど)しながらも、毅然(きぜん)と相手を追い詰めていくSVの話術(※8)に脱帽した。

※8:SVごとにそれぞれの型があった。仕事のできる人は、どんな相手でどれだけ時間がかかっても自分の型に持ち込んでいた。その技術があるからSVが務まるのだろう。

吉川徹『コールセンターもしもし日記』(三五館シンシャ)

SVにもいろんなタイプがある。辻本さんは相手が聞く耳持たずとわかると音量を最小にし、「そうなんですねー」とひたすら話を聞き流す。30分でも1時間でも「そうなんですねー」一本やりだ。相手が疲れて電話を切ると「はい、終わり!」と元気に椅子から立ち上がり、自分の席に戻っていく。

「バカ野郎!」と大声を出す相手に「バカ野郎とは何ごとですか!」と言い返すSVもいる。そのSVは相手が喚くばかりで話を聞いてくれないと、「私の話も聞いてもらえませんか?」と問いかけ、自分のペースに持ち込んでいた。

一見SVなど務まりそうにない華奢な女性が、お客に「死ぬぞ! いいのか!」とキレられ、「どうぞご自由に、お客さまの人生ですから」と切り返していた。人は見かけによらない。爽快感があった。

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吉川 徹(よしかわ・とおる)
元コールセンター従業員
1967年新潟県生まれ。大学卒業後、JAの全国連合会に就職するも、過度なストレスで体調を崩し、退職。その後、派遣社員として、ドコモの携帯電話料金コールセンター、プラズマテレビのリコール受付、iDeCo(個人型確定拠出年金)の案内コールセンターなどに勤務。
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(元コールセンター従業員 吉川 徹)