ロシアによるウクライナへの軍事攻撃が拡大している。元HSBC証券社長の立澤賢一さんは「バイデン大統領はロシアを批判しているが、今の情勢で大きなビジネスチャンスを得ようとしているのはアメリカで、『戦争を煽った』と非難されても言い訳できない」という――。
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ウクライナへの軍事侵攻を受けて、ロシアに対する新たな制裁を発表する米国のジョー・バイデン大統領=2022年2月24日 - 写真=EPA/時事通信フォト

アメリカの世論は「関わるべきでない」に傾いている

ウクライナ情勢が重大局面を迎えています。

ロシアのプーチン大統領はついに軍事作戦の実行を宣言。ウクライナ各地でロシア軍による攻撃が開始されたと伝えられています。

アメリカのバイデン大統領は「ロシアによる侵攻の始まり」と断言、ロシアに対する経済制裁を発動するとしています。

ただ、アメリカの「参戦」があるとは思えません。

アメリカの世論調査では、ウクライナ問題に「関わるべきでない」とした人が、なんと53%にも上るそうです。

今はアメリカにとって、世界に悪いイメージを植え付けたアフガニスタンからの撤退を敢行したばかりのタイミングです。

世論の支持もない中、遠いウクライナの地で、アメリカが軍事行動を取るとは思えません。

バイデン大統領の力強い発言とは裏腹に、アメリカはもう既に、ウクライナを見捨てる腹を決めているようにも見えます。

■ウクライナ大統領がバイデン大統領を批判したワケ

その一方、ウクライナのほうでも、アメリカを遠ざけているフシがあります。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、1月28日に、「大規模な戦争が始まるという西側の情報は誤りだ」と述べています。

今回の危機を通じて、アメリカは「積極的な情報公開」を行っています。

その結果、アメリカ発で、「ロシアの攻撃が○○日に迫っている」といった情報が、世界を駆け巡ることになりました。

結果的に、プーチン大統領は軍事行動を開始しましたので、アメリカの情報公開は、戦争を抑止するどころか、むしろ煽ったと見られても、仕方がないように思います。

ウクライナのゼレンスキー大統領の発言からは、そうしたアメリカへの「いらだち」が透けて見えます。

アメリカの軍需産業にとって戦争は「恵みの雨」

アメリカが「戦争を煽っている」と言われても仕方がないような事情が、他にもあります。

アメリカは世界最大の武器輸出国です。

「戦争が起こればアメリカが儲かる」と言われるのは、このあたりが関係しています。

また、アメリカには、軍需産業と結びついた、ネオコンと呼ばれる政治勢力が存在し、今は民主党との結びつきが強いと言われています。

共和党のほうがタカ派のイメージがあるかもしれませんが、実はトランプ政権下では、軍需産業が儲かるような新たな紛争や戦争は発生していません。

ですから、ウクライナで戦争が始まれば、アメリカの軍需産業にとって「恵みの雨」となるのは間違いないのです。

写真=iStock.com/Andrei Naumenka
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrei Naumenka

ウクライナのゼレンスキー大統領が、アメリカに対して「戦争を煽るな」と言わんばかりの態度を取っているのは、こうした背景があると考えられるのです。

■この危機の本質は「天然ガス市場争奪戦」にある

また、アメリカには、ウクライナ危機がビジネスチャンスとなる、もう一つの事情もあります。

それは、脱炭素をめぐる動きです。

いま欧米各国ではCO2排出削減に向けて、脱炭素の取り組みが進んでいます。

その結果、再生可能エネルギーへの投資が拡大し、化石燃料投資が減少しました。

ただ、火力発電がゼロになったわけではありません。CO2排出量が比較的少ないと言われる天然ガス火力の重要性が、より高まっているのです。

それを背景に、ヨーロッパ各国は、ロシア産天然ガスへの依存度を高めています。

ドイツをはじめとするNATO諸国では、天然ガスの供給を、「ノルドストリーム」と呼ばれるロシアからのパイプラインに依存しています。

イギリスの石油会社BPの報告書によると、2020年のドイツの天然ガス輸入量のうち、実に55.2%を、ロシア産天然ガスが占めています。

また現在、「ノルドストリーム2」も完成し、承認待ちの状態にありました。

ところが、ウクライナ危機を受け、ドイツのショルツ首相は、「ノルドストリーム2」の承認をストップすると表明したのです。

今後ウクライナでの戦闘が本格化した場合、ロシアからの天然ガス供給がストップすることが考えられます。

そうなると、ドイツをはじめNATO諸国はたちまち深刻なエネルギー問題に直面してしまいます。

■ロシアからの供給ストップは「ビジネスチャンス」

そのため、アメリカはNATO諸国に、アメリカの天然ガスを買うように仕向けています。

また、アメリカは日本に対しても、備蓄する天然ガスをヨーロッパに供給するよう、要請しています。

これも、見方を変えれば、アメリカにとっての「ビジネスチャンス」です。

ヨーロッパにおけるロシア産天然ガスのシェア低下につけいり、割高なアメリカ産天然ガスを売り込む絶好のチャンスだからです。

写真=iStock.com/Leestat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Leestat

こうした構造があるため、アメリカには「戦争を煽るメリット」があるのです。

その結果、NATO諸国の足並みの乱れが生まれています。

プーチン大統領の戦略は、まさにこうした「隙」をついた、非常に巧妙なものだと評価できるかもしれません。

コロナ禍によるサプライチェーン問題など、さまざまな要因によって、天然ガス価格は高騰しています。

しかも、ロシアによる軍事行動が開始されたことで、天然ガスの需給はいよいよ逼迫(ひっぱく)するでしょう。

そうなれば、天然ガスの価格はさらに高騰します。

つまり、プーチン氏が軍事行動を拡大すればするほど、天然ガス価格が吊り上がる可能性があるのです。

もちろん、西側諸国からの経済制裁の一環として、ロシアの天然ガス不買運動は始まっています。

でも不買で困るのはロシアというより、西側諸国でしょう。

従いまして、プーチン大統領にとって、これはかなりの追い風になっています。

■戦争が長期化してもロシアはびくともしない

軍事行動を取るロシアに対して、アメリカをはじめ、NATO諸国は「経済制裁」で対抗しています。

経済制裁の中には、政府系金融機関の取引禁止や、アメリカ市場におけるロシア国債の売却禁止など、かなり厳しい内容が含まれます。

しかし、2月24日現在、プーチン大統領個人を対象とした制裁や、世界の銀行決済取引網「国際銀行間通信協会(SWIFT)」からロシアの銀行を排除する制裁については、まだ実行されていないようです。

ただバイデン大統領は、こうした制裁を通じて、ロシア経済を国際金融の枠組みから切り離そうとするでしょう。

こうした措置は、ロシア経済にとって、確実にマイナスです。

ただ、天然ガスをはじめ、エネルギー価格の高騰は、ロシアに利益をもたらします。

ロシアは資源産出国であり、いまも西側諸国にエネルギーを供給しているからです。

天然ガス価格の高騰が、経済制裁のマイナスを相殺することを、プーチン大統領は既に計算済みなのでしょう。

むしろ、戦争が長期化すればするほど、ロシアが儲かる、というパターンも考えられます。

その意味では、プーチン大統領は「危機の長期化」を恐れてはいません。

むしろ望んでいる可能性もあると思います。

■「ウクライナのジェノサイド」は真実なのか

NATO諸国にとって、プーチン大統領は「悪の権化」にほかなりません。

実際、バイデン大統領は「ロシアは死と破滅の責任がある」と、強い表現で批判しています。

しかし、単に「悪者」と見ているだけでは、プーチン大統領の「狙い」を読み解くことは不可能です。

やはりロシア側の言い分についても、冷静に見ていく必要があります。

2月16日、ロシアは国連に対して「ウクライナ当局が住民を大量虐殺している」とする報告書を提出したと報じられています。

報告書によると「2014年以降、ウクライナ軍が学校や病院などを爆撃し、数千人が死傷した」とされています。

またロシア・タス通信は15日、ウクライナ東部の状況を「ジェノサイド(集団虐殺)」とするプーチン大統領の見解を報じています。

この報告については、17日の国連安保理の会合において、アメリカのブリンケン国務長官が「ロシアが侵攻に向けた口実づくりをしている」と批判しています。

■「西側の価値観」だけでは正しく理解できない

もちろん、ロシア側のでっち上げである可能性はあります。

ただ、現時点ではそう断言し得る証拠もありません。

もし本当にジェノサイドが発生しているなら、ロシアの行動は正当化されるでしょう。

その場合、プーチン大統領の決断と行動は英雄視されても不思議ではありません。

実際、プーチン大統領はドンバス地域への軍事行動を「平和維持活動」と表現しています。

その表現の根拠は、報告書にある「ウクライナにおけるジェノサイド」なのだと思われます。

本当にジェノサイドがあるのかどうか、いまのところ断定はできません。

ただ、「西側の価値観」だけでなく、「ロシアの価値観」についても、知っておくことが重要です。

日本を含む欧米のメディアでは、プーチン大統領を悪魔と同一視したり、現代版ヒットラーとして揶揄(やゆ)しています。

ただそればかりでは、複雑に進行するウクライナ危機を、正確に理解することはできないでしょう。

■ウクライナはドイツとフランスに頼りたいが…

ウクライナのゼレンスキー大統領は、どうすれば大規模な戦争を回避できるでしょうか。

今の彼のスタンスは、「アメリカと距離を取り、ドイツ、フランスとともに、ロシアとの妥協点を見つける」ことに注力しているように見えます。

現に、ゼレンスキー大統領は、ミンスク合意の当事国である、ドイツ、フランスとの話し合いを続けています。

また、「戦争を煽っている」というニュアンスで、バイデン大統領を批判しています。

ただ、ドイツ、フランスは本当に頼りになるでしょうか。

NATO諸国は、国防費をGDP対比2%とする目標を課されています。

それを達成しているのは、全30の加盟国中、僅か11カ国のみで、参加国全体の3分の1程度に過ぎません。

アメリカは全NATO加盟国の中で唯一3%以上を拠出していますが、その一方、NATOの中心国であるドイツの2020年の国防費のGDP対比は1.56%に過ぎません。

また、天然ガスを握られているドイツは、ロシアに対して完全に腰が引けています。

■プーチン大統領の思惑通りに交渉が進む可能性が高い

2月24日、ドイツ軍首脳は、「ドイツ軍は、“more or less powerless”(どちらかと言うと無力)」であり、NATO軍をサポートする力は非常に限定的だと表明しています。

NATO軍と言ってもアメリカ主導であり、しかも足並みは揃っていません。まだ加盟国ですらないウクライナの為に、ロシアと戦うつもりはサラサラないのは当たり前の話です。

ウクライナにとっての「最重要課題」は、あくまでロシアとどうやって話をつけるかです。

ゼレンスキー大統領は、腰の引けたドイツとフランスを頼りにしていますが、その姿勢でロシアとの交渉をまとめられるのかといえば、疑わしいと言わざるを得ません。

ロシアの優勢状態は続き、プーチン大統領の思惑通りに、交渉が進む可能性が高いでしょう。

国際社会にとって、クリミア危機などの「教訓」がありますので、ロシアとウクライナ間の問題について、「口は出しても手は出さない」というスタンスで臨むと考えられます。

この状況にどう対応するかは、今後の世界情勢を占う上で、とても重要な教訓となるでしょう。

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立澤 賢一(たつざわ・けんいち)
元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授
住友銀行、メリルリンチ、バンク・オブ・アメリカ、HSBC証券など、長年にわたって国際金融の最前線で活躍。ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など、多彩な一面も持つ。現在、経営者・投資コンサルタントとして活動するほか、若手投資家の育成にも力を注いでいる。オンラインサロン『一流の流儀』
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(元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授 立澤 賢一)