約6年前にソウル・江南駅付近で起きた女性殺害事件は多くの女性を突き動かし、その後も韓国フェミニズムは独自の発展を遂げている(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

「あの事件ですべてが変わった」と多くの韓国人が口をそろえる事件がある。2016年5月に起きたソウル・江南駅付近で起きた女性殺人事件だ。それまで韓国の女性たちにとってフェミニズムは"一般的"なものではなかったが、この事件をきっかけに次々と声を上げ始め、大きな社会運動となった。

あれから約6年ーー。韓国ではその後、世界的な#MeToo運動の流れを受け、ジェンダー平等を求める動きやフェミニズム運動は”独自”に発展。ついには男女間の亀裂を生む、という予想外の事態も招いている。3月に行われる大統領選でもジェンダーは大きなテーマの1つとして候補者や支持者が激論を交わしている。韓国で今何が起きているのか。

韓国に比べ日本は#MeToo運動が盛り上がらなかったと言われるが、それでもジェンダーは避けて通れない重要な問題となっている。韓国の「今」から日本が学べることも多くあるだろう。

韓国フェミニズムの現在地に3日連続で迫る「激震『韓国フェミニズム』知られざるその後1日目の第1回は、化粧を「拒否」し、結婚にも二の足を踏み始めた韓国女性たちのリアルをソウル新聞東京特派員の金珍児氏が伝える。

【特集のそのほかの記事】
第2回:韓国で「ショートカットの女性」が攻撃されるなぜ
第3回:フェミニズムが一気に「爆発」した韓国特有の理由

「女性にいつも無視されていた」ので殺した

2016年5月17日早朝、ソウル市・江南(カンナム)駅付近のあるカラオケボックスのトイレで、23歳の女性が刃物で切りつけられて死亡した。犯人の34歳の男性は、男女共用のトイレだったこの場所で、それまでにトイレに入った男性6人を見送って女性が来るのを待っていた後、犯行に及んだ。

この事件が知られると、韓国の女性たちは強い衝撃を受けた。江南駅はソウル最大の繁華街だ。多くの人が行き交う場所で、若い女性が顔見知りでもない男性から無残に殺されたことに驚愕した。


この特集の一覧はこちら

何より衝撃的だったのは、殺人に及んだ理由だ。犯人は精神疾患を患っていたというが、警察に「女性からいつも無視されており、これ以上我慢できずに犯行に及んだ」と陳述。多くの女性が「もしかしたら自分が被害者になったかも」と思い至ることになる。

事件に憤った女性たちは江南駅へ押し寄せ、23歳という若さでこの世を去らざるをえなかった被害者の女性に思いを寄せた。江南駅の入り口には、女性を追悼する言葉を記した付箋紙がびっしりと貼られ、「女性を嫌悪することを止めてほしい」と訴える集会も行われた。今も続けられている韓国フェミニズム運動は、こうやって始まったのである。

この事件が起きるまで、韓国で「フェミニズム」は一般的なものではなかった。フェミニズムについて正確に知っている人もおらず、一部の女性たちが男性と同等な権利を主張する学問分野といった程度だった。しかし、江南駅殺人事件以降、韓国の女性たちは男性優位の社会でこれ以上黙ったままではいられないと考えた。女性自ら、自分の権利を求めるために声を上げ始めたのだ。

#MeTooで高職位者が逮捕、辞任、自殺も

韓国フェミニズムが盛り上がりを見せるもう1つのきっかけは、#MeToo運動である。その決定的なものは2018年3月、韓国中部・忠清南道の知事だった安熙正知事(当時)の秘書だったキム・ジウンさんが、安氏から8カ月にわたり性的暴行とセクハラを受けてきたと放送局で暴露したことだ。

次期大統領候補として人気も人望もあった安氏が犯した行為に多くの人たちは驚愕し、そして上の地位に立つ者が犯すセクハラというものがどのようなものなのかをようやく理解した。安氏は2019年に懲役3年6カ月の判決を受け、現在服役中だ。

この事件以降、高位公職者に対する#MeTooが相次いで起こされた。女性秘書にセクハラを受けたと訴えられた朴元淳前ソウル市長は自殺し、呉巨敦前釜山市長も釜山市役所に勤める女性公務員にセクハラをしたとされ、ようやく手に入れた市長の座から引きずり下ろされた。

これまで、性的被害を受けたにもかかわらず沈黙を強いられるほかなかった女性たちは、過去の彼女たちとは違う。過ちを犯したのは加害者であり、被害を受けた女性に過ちはない――。女性たちは堂々と生きようとしている。

こうして韓国女性が声を上げることが日常的になる中、今も活発に行われている運動がある。「脱コルセット運動」だ。

運動と言うには少し誇張した言い方になるかもしれないが、江南駅事件と#MeToo運動と同じ頃に、インターネット上の女性コミュニティを中心に広がりを見せた。従来韓国で求められていた「女性らしい」、あるいは、「女性はかわいくなければならない」といった行為をしない、という運動だ。

例えば髪の毛を伸ばし、化粧をし、マニキュアを塗ってハイヒールを履く。女性というだけで行ってきたこんな行為をしない。男性たちは顔を洗ってスーツだけを来て出勤しても許されるのに、なぜ女性だけが朝はいち早く起きてかわいらしく化粧をし、スカートをまとって5センチ以上のハイヒールを履かなければいけないのか。このことに、女性たちは「負担を感じる」と声を上げた。

抗議の意味を込めて、ヘアスタイルをショートカットにしてスマホで写真をネットに上げる女性もいた。女性に対する固定的な社会的認識を変えるという行動は高く評価された。

男性に対抗する「メガリア」の影響力

女性たちのこうした動きのおかげで、男性中心社会が少しずつ変化するという肯定的な評価も多いが、問題も多い。

韓国的なフェミニズム運動は「メガリア(Megalia)」というインターネットサイトを中心に繰り広げられてきたが、このサイトを中心とする行動があまりにも行きすぎるという批判が起きているのだ。

「メガリア」は、「MERS」(中東呼吸器症候群)が流行時、MERSのコミュニティサイトで女性を卑下する議論が生じ、これに憤った女性たちが逆に男性を批判する運動の中心となったサイトだ。女性たちはノルウェーの女性主義小説である『イガリアの娘たち』から「MERS」と「イガリア」を合わせて「メガリア」と表現した。

メガリアでは、「女性嫌悪に反撃する」とし、「ミラーリング」と銘打って男性が女性を卑下する言葉などをそのまま男性に当てはめることも行われている。「男性も女性と同じ思いを味わえ」という意図だった。

例えば、韓国で女性を卑下する表現として「キムチ女」というのがある。キムチ女とは、男性の金を好み、男性を経済面で評価し、男性を利用しようとする女性のことを指すが、これを「キムチ男」と男性に対して表現するようなことだ。

しかし、行きすぎたミラーリングは男性嫌悪だけでなく、性的少数者まで嘲弄することになり、社会的問題となる。それゆえメガリアに対する批判が生じ、結局、2017年にサイトは閉鎖された。

しかし、メガリアを利用していた人たちは「WOMAD(ウォマド)」と呼ばれる極端な女性フェミニズムサイトを開設して活動するなど、「韓国だけのフェミニズム」が多様なやり方で発展。女性の中にはハイヒールを履いたり、ネイルをしている女性を攻撃する動きも出ているなど複雑だ。

さらに問題は、フェミニズム自体は女性の正当な権利を求めるための活動なのに対して、WOMADなどの極端な方法などが10〜20歳代の若い男性にとって「フェミニズム=男性嫌悪」という認識を与えてしまったということだ(韓国で「ショートカットの女性」が攻撃されるなぜ)。

韓国フェミニズムの危機は、国民と寄り添うべき大統領候補さえも、男女間の性的対立を深めさせる原因となっている。文在寅大統領は自らが当選した2017年の大統領選挙当時、「フェミニズム大統領となる」と訴えると、20〜30歳代の男性は与党「共に民主党」に背を向けて、野党を支持し始めた。

その結果、2021年に最大野党である「国民の力」の党代表として、国会議員の経験もない30代の李俊錫氏が代表として当選。1カ月後に行なわれる大統領選挙を控え、各候補者は20〜30歳代の男性票を得るための公約を乱発している。

「国民の党」の大統領候補者である尹錫悦氏は、「女性家族部」を廃止すると述べるやいなや、男性からの支持を得た。与党候補者の李在明候補がフェミニズムと女性の人権を扱うYouTubeチャンネルである「ドットペース」に出演しようとしたが、党はこれを止めさせようとした。男性票が減ることを恐れたためだ。

兵役をめぐる男女それぞれの主張

男性と女性の確執は兵役をめぐる論争にもつながっている。若い男性らは、男女平等と言いたいのであれば女性も兵役の義務を負うべきだと主張する。

韓国では、男性は必ず18カ月間の兵役を課せられる。20代の男性らは、若い盛りに軍への服務があるために女性と付き合えないという犠牲を払っているのだと主張するが、兵役経験は就職の際に経歴として認めてもらえるし、女性の新入社員よりも月給を多くもらえるということもある。

それでも若い男性の不満は小さくない。このため政界の一部ではこうした男性らの支持をあてこんで「女性も軍に服務すべきだ」と主張し、男女間の確執をさらにあおりがちだ。

対する女性側は、こうした一部政治家や若い男性らの主張に不満を爆発させる。女性には出産の苦痛があるうえ、毎月の生理を抱えそれが後を引くというのに、男性は18カ月の苦労だけですむではないか、という主張している。

女性の社会的地位が高まり男性を嫌悪する度合いが強まるとともに、「結婚せずに一人で生きたい」として『非婚』を選ぶ女性も増えている。

韓国統計庁によると、2020年現在の統計値では30代人口(662万7045人)中、未婚人口は281万5227人(42.5%)という数字が出ている。30代の未婚率は2015年の比率(36.3%)よりも6.2ポイント増と増加幅が最大となっただけでなく、初めて40%台を超えたのである。

とりわけ30代男性の未婚率は50.8%、30代女性の未婚率は33.6%と、2015年に比べてそれぞれ6.6ポイント、5.5ポイント増えている。男性の未婚率のほうが女性よりも高いが、男性と女性が結婚しない理由はそれぞれ異なる。

異なる男女の「結婚しない理由」

男性の場合は就職難や住宅価格の急騰によりやむなく一家を構えることをあきらめる者が増えた一方で、女性のほうでは、結婚については必ずしもすべきことでもなく、「選択」ととらえはじめている。結婚適齢期を迎え結婚・出産という人生にも意味はなくもないけれども、家庭一筋となるととたんにこれまで社会で積み上げてきたキャリアが断たれ、それは望まない、という女性たちが増えているということだ。

現に、先の統計では、男性の場合2年制または3年制の大卒者の未婚率が27.3%、女性の場合は大学院卒の未婚率が22.1%と、それぞれ最も高くなっている。

韓国だけのフェミニズムが、女性の権利を広げるために大きな役割を果たしたことは事実だ。しかし、そのやり方が過激だったため、男性嫌悪、女性嫌悪を極端に生じさせてしまい、さらには男女間の性的対立に至るようになったということは否定できない。

そして、政界やメディアがフェミニズムによる対立を煽ることもある。女性に対する性的差別、男性中心の社会が完全になくならない現在でも、フェミニズム運動が行うべきことは多い。とはいえ、極端な性的対立ではない、継続可能な方法で女性の権利を高めることができる方法を探すべきだ。これは、韓国フェミニズム運動をこれからも継続させていくための課題でもある。

(翻訳:福田 恵介)

(1日目第2回は韓国で「ショートカットの女性」が攻撃されるなぜ

(金 珍児 : ソウル新聞東京特派員)