ハイスペ男に“選ばれる女”は、一体何が違うのか?

「俺は結婚に向いていないし、結婚しなくても十分幸せだ…」

と、思っていたバツイチ男が“ある女”と再婚した。

彼の結婚の決め手は何だったのか――。

6人の女性の中から、彼に選ばれたのは誰?




2022年2月 和真(35歳)が再婚した日


渋谷、代官山、中目黒。

3駅のちょうど中間にあるそのエリアは、高級住宅街だ。

隠れ家的な名店も多く、駅前の喧騒や繁華街を嫌う人々、つまりタクシー移動が基本のアッパー層にとって、東京に存在するオアシスの1つ。

その中にひときわ目立つ洋館がある。

埃をかぶったような“いにしえの建物”でなく、清潔感をまとったレトロモダンな作りで、結婚式場としてはもちろんのこと、映画やドラマの撮影スタジオとしても使われる。

2022年2月。

その洋館の控室でタキシードに着替えた桜井和真は、館内のチャペルに移動すると長椅子に腰かけて、ステンドグラスから漏れてくる陽光に目を細めていた。

― 俺が、また、結婚するなんて。

およそ6年前に離婚したとき、和真は、二度と結婚はしないと心に決めていた。

「子どもがいないんだから再婚してもいいだろ」

周囲はそう言った。

むしろ子どもがいたら再婚してはいけないのか、子どもがいたって再婚してもいいだろ、と言い返したくなる気持ちをグッとこらえ、和真は答える。

「結婚できるほど、俺、“大人”じゃないんだ。だからもう結婚はいい」

それなのに……ある女性を好きになり、結婚を決めた。

和真にとって想定外の出来事だった。


バツイチの和真は、なぜ再び結婚をしようと思ったのか?


現在35歳の和真は、美大に通っていたころからグラフィックデザイナーとして仕事を始めた。

ある人気音楽ユニットのアルバムジャケットを担当したことで、和真は学生ながら、人気デザイナーの仲間入りを果たす。

一部上場企業の役員を務める父から、幼少時より経済リテラシーを叩き込まれていた和真は、自身に依頼がくるデザインの仕事だけでなく、美大仲間のマネジメントやコンサル業務を開始した。

収入は右肩上がりとなり、卒業時には年収2,000万を超えていたこともあり、個人事業主ではなく起業の道を選ぶ。

若くして仕事に成功したこともあって、和真は自信に満ち溢れていた。それが外見にもよく表れていたので、大学時代からよくモテた。

ほどほどに遊んだ時期もあったが、26歳の誕生日を一緒に過ごした女性と、28歳のときに結婚する。

相手は、審美系の歯科クリニックで歯科衛生士をしていた佑子。

コーヒー、カレー、赤ワインと歯が黄ばみやすいものに目がなかった和真は、ホワイトニングのためそのクリニックへ通い、佑子と知り合った。

クリニックに置き忘れた仕事用ケータイを退勤後の佑子が手渡してくれ、その際に連絡先を交換。

自然な流れでデートし、そして付き合うことになる。




当初、和真は、結婚するつもりなんてなかった。

しかし、付き合って半年も経たないころ、表参道で彼女とデート中に、ばったり和真の両親と遭遇したのだ。そして「今、付き合っている彼女です」と佑子を紹介した。

和真が家族に恋人を紹介するのは、このときが初めてだった。

そこから急速に結婚を意識することになる。和真以上に、佑子が。そして彼女に押し切られる形で結婚した。

和真自身は「結婚するとはこういうものか…」と諦念し、達観した感覚があった。

すべてはタイミング。大きな決断があったわけではない。

だからなのだろうか、2015年12月。

結婚生活が1年にも満たないなかで離婚することになった。

「離婚の理由は?」

誰もが鬼の首を取ったように尋ねてくる。

その都度和真は「俺が大人じゃなかったから」と答えた。

他人の不幸は、最高のエンターテインメントだ。質問者は「もっと詳しく」と聞いてくるので、和真は決まってこう答える。

「子どものころ、みんな『大人になったら結婚する』って思ってただろ?そのとおり。結婚っていうのは大人がするもんなんだ。自分のような好きなことを仕事にして、遊ぶように金を稼いでいる人間は子どもだ。だから、結婚には向いていないんだよ」

和真がそこまで丁寧に伝えると、質問者は自分が望んでいた答えが返ってきたようで納得してくれる。

「和真はモテるからな〜。結婚向きじゃないんだよ〜」

『うるせえ、黙ってろ。それより自分の心配をしろ』と悪態をつきたくなる時もあるが、和真は笑顔で受け流した。

「離婚の理由は?」という質問が多すぎて、いちいちリアクションしていたら疲れてしまうからだ。




もう1つ和真には“よくされる質問”があった。

結婚していたころも離婚したあとも、変わらず、よくされる質問だ。

「どうして結婚しようと思ったんですか?」

離婚理由については男女関係なく尋ねてくるが、結婚理由を質問してくるのは、いつだって女性だ。

女性は、結婚したがるが、男性は嫌がる。

ちまたでよく言われるフレーズに置き換えるなら、男は最初の男に、女は最後の女になりたがる。

いつの時代も女性にとって結婚は、1つのゴールだ。しかし、男性は覚悟を持てない。

それは、和真が佑子との結婚でも感じたことだ。

もし、あの日あのとき、表参道で和真が両親と偶然出くわしてなければ…。和真も佑子もいまごろバツイチではなかったはず。

あるいは佑子は、和真ではない男性と、幸せな初婚をしていたかもしれない。

表参道の出来事が、運命の歯車を狂わせた、と和真は思う。

― 俺は結婚できるような大人じゃない。

それは和真だけでなく、多くの男性が感じていることだろう。

年収、仕事、肩書、社会的立場、社会的責任…。

男性は、自分が一人前だと感じないと、結婚なんて“過ち”は犯さない。

しかし、女性は違う。

本能的にタイムリミットを感じているからか、結婚を求めがちだ。なのに、男性からのプロポーズを求める。

矛盾している、と和真は思う。

― 結婚したいなら、自分からプロポーズすればいいのに。

和真は常々そう思っているが、女性には女性の理想があるので、口に出すことはない。

とにかく女性は、男性からのプロポーズを待っている。その気にさせたい。

ゆえに「男性が結婚を決めた理由」を知りたがる。

それを現在進行形のパートナーとの関係に当てはめようとするのだろう。

もし、和真が「手料理のおいしさに感動したとき、結婚を決めた」なんて言おうものなら、料理教室に通い始める女性も少なくないだろう。

実際、和真が「街で偶然、両親と会ってしまい『恋人です』と紹介したことから結婚までの流れが決まった」とポロリと漏らしてしまったせいで、ある女性は、わざわざ仙台から両親を上京させて、偶然を装って彼氏と会わせようとした。


チャペルに花嫁が現れたとき、和真は彼女を選んだ理由にようやく気づく…




― どうして俺は、彼女と結婚しようと思ったのだろう。

チャペルの長椅子に座りながら、和真は考えた。

― 6年前に離婚したときは、二度と結婚しないと決めたのに、なぜだ?

離婚後、好意をよせられて、和真自身も「素敵だな」と思った女性が6人いた。

その中から和真は彼女を選んだ。

他の5人ではなく、なぜ彼女だったのか。

なぜ、彼女にだけ心が動かされ、そして自分の考えを曲げてまで再婚を決意したのかを、和真本人が理解できていない。

― 面倒なことを考えるのはやめよう。今が幸せならそれでいい。

和真は組んでいた足をほどいて長椅子から立ち上がると伸びをした。

― 着慣れないタキシードで肩がつっぱるな…。




背後でドアが開く音がして「お待たせしました」というスタッフの声が聞こえる。

純白のウエディングドレスを着た彼女が、淡い色合いのドライフラワーブーケを手に、そこに立っていた。

「きれいだ」

お決まりのセリフが、自然な形で和真の口から漏れる。

「和真さんもかっこいい」

彼女が言った。

「でも着慣れてないから、息苦しい」

和真は笑って返すが、その直後、思わず悪趣味な想像をした。『とは言っても、一度目の結婚式でも着たんでしょ?』と彼女がイジワルを言う妄想だ。

しかし、彼女はそんなことは言わない。

「じゃあ、疲れちゃう前に、早く済まそうね」

和真と彼女が話している間、周囲ではスタッフやカメラクルーが黙々と撮影準備を進めていた。和真は彼女と再婚を決めたものの、二度目の結婚式を挙げるつもりはなかった。

もちろん、ご時世柄もある。

しかし、結婚式を挙げないと決めたのは、彼女の一言があったからだ。

高輪台の低層マンションの40平米もあるテラスで、白ワインを片手に屋外用ソファにもたれかかりながら彼女は言った。

「私、結婚式は挙げたくないんだけど、いい?」

和真は「俺もそうなんだ」と言いたかったが、そう告げる前に「どうして?」と尋ねておいた。

「人前に出るのって、なんか恥ずかしいし、式に招待できるような友達が少ないから」

その言葉で和真は、彼女は嘘をついている、と感じた。

「俺に気を使ってない?俺が二回目の結婚式はしたくないって思ってるから、そう言ってるわけじゃないの?」

「ううん。本当にそうなの。だから結婚式はしなくていい」

しつこく「俺に気を使ってないか?」と聞き続けるのも、よくない。

こうして和真は、結婚式を挙げないという彼女の希望を受け入れた。もちろんそれは和真が望んでいた選択肢であった。

2人の新居は、広いテラスのある高輪台の低層マンションだったが、すでに3年前から和真が住んでいる物件である。気に入っているので引っ越したくなかった。

彼女と付き合っていないときに、彼女以外の女性が部屋にあがったことは彼女自身も重々承知だろう。

それでも気にせず、この部屋で暮らそう、と彼女は言ってくれた。

結婚にまつわる様々な選択肢を、彼女とならノンストレスでチョイスできる。

「じゃ、代わりにフォトウエディングしようか」

和真の提案に、彼女はパッと顔が明るくなった。

「えっ?そういうのはいいね、やりたい!」




こうして今、和真はタキシードを、彼女はウエディングドレスを着て、カメラの前に立ち、撮影が始まった。

和真と彼女のツーショットばかりではなく、主役である新婦のワンショットの写真も撮影した。

必然的に和真は待ち時間が多くなる。

― 俺はこの人と、今後の生涯を過ごすのか。

レフ板で光を当てられ、メイクを直され、表情とポーズをカメラマンに指示されている彼女を眺めながら、和真はあらためて感慨深い気持ちになる。

婚姻届を出したときにも同じ感情が湧き起こった。

不思議な感覚だった。

7年前、一度は別の女性と生涯を誓い合った。

そして、その女性と別離し、二度と結婚しないと決めた。

それなのに……今こうして、新たな女性と生涯を誓い合っている。

離婚後に出会った素敵な6人の女性。

その中で彼女だけは、他の5人とは違った。

一体、何が違ったのか。

選択肢があるとき、和真と彼女は同じことを選ぶことが多い。いわゆる“価値観が合っている”というやつだろうか。

でも、それだけではない気がする…。

「和真さん、こっち来て。一緒に撮ろう?」

彼女の言葉で和真はハッと我に返る。

「うん。今行くよ」

「ブーケも持ってきて」

「わかった」

彼女から預かっていたドライフラワーのブーケを手に、和真は歩き始めた。

そのときだった。

サスペンス小説の探偵役が、目の前に溢れた様々な事象・証拠から「すべてが繋がった」と察するかのごとく、和真は気づいた。

― あぁ、だから俺は彼女と結婚したいと思ったんだ。

脳内に浮かんだ“結婚を決めた理由”。

和真はその答えが真実であることを確かめるため、この6年間で出会った6人の女性たちとの思い出を反芻しようと、心に決めるのだった。

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