『嫉妬こそ生きる力だ』

ある作家は、そんな名言を残した。

でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。

そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。

ときに、制御不能な域にまで…。

静かに蠢きはじめる、女の狂気。

覗き見する覚悟は、…できましたか?

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奪い返す女


のぞみ1号は、浜松駅を通過中。

真っ白な雪に覆われた富士山を眺めながら、私は30年前のことに思いを馳せていた。勇一が、まだ生まれたばかりの赤ちゃんだった頃のことを。

勇一は病気がちで、つねに心配が絶えなかった。その上、すぐに彼の父親も病死してしまい、私は途方に暮れた。

女手一つで、私はこの子を育てられるだろうか。

小さな子を抱きかかえながら、心細さで押し潰されそうだったことを今でもよく覚えている。

けれど、勇一はすくすくと元気に育ってくれた。

勉強もできるし、とっても優しくて、本当に良い子に育ったのだ。

勇一の笑顔を見れば、苦労は全て吹き飛ぶ。あの子は私にとって、宝物以外のなにものでもない。

…それなのに。

それをわかっていながら、あの女は私から勇一を奪った。

勇一を自分のものにして、私をひとりぼっちにした。

…許せるわけがなかった。

だから、私は別のものを奪い返したのだ。

悪く思わないで頂戴ね。


自分の子どもをある女に奪われたと主張する女が、とんでもない行動をおこす…




勇一は、本当に良くできた子だった。

母子家庭ゆえに、経済的に決して裕福ではないことを理解していたのか、子どもの頃から何か欲しいとねだったことはほとんどない。

塾にも通わず、名古屋で一番の公立高校へ進学。大学も家から通える名古屋大学を選んだ。

「お母さんが1人になるの心配だから、就職もこっちでするよ」

そう言って、東京の大手企業からの内定を蹴り、地元の優良企業に就職した。

「勇一、あなたのやりたいことをやっていいんだからね」

私がそう言っても、勇一は笑顔で「わかったよ」と言うだけ。いつも私を一番に考えてくれる、本当に親孝行な息子だった。

けれど、去年。

あの女が突如うちにやってきて、すべてが変わった。

「お母さん。僕、彼女と結婚しようと思っているんだ」

勇一が結婚すると言い出したのだ。

勇一は自分の色恋沙汰を話すことは一度もなかったから、本当に晴天の霹靂だった。

「一条華子と申します」

勇一と並んで立つ華奢な女性は、育ちの良そうな、とても上品なお嬢さんだと思った。

…その時は。




東京生まれ東京育ちの彼女は、名古屋で就職した学生時代の友人を訪ねてきたときに、勇一と出会い恋に落ちたという。

それから2年の遠距離恋愛の末、勇一がプロポーズしたらしい。

初めて見る、勇一の照れくさそうな顔。

突然の出来事だったけれど、いつかは勇一が家から旅立つことは頭では理解していたし、孫の顔だって見てみたい。

勇一の結婚を、私は心から喜んだ。

「あらそう、よかったわね。あなたも、もうそんな歳だものね」

けれど、勇一は突然こんなことを言いだしたのだ。

「それでね…僕、東京に行こうと思っているんだ」

それだけじゃない。

「…どうして?会社はどうするの?おうちは?」
「会社は辞めるよ。彼女の実家が老舗の和菓子屋さんなんだけど、彼女は一人っ子で跡継ぎがいないんだ。だから婿養子に入って、ゆくゆくは僕が跡を継ごうと思ってる」

東京に行くだけじゃない。うちの籍からも抜け、向こうのご両親と同居するというのだ。

「…あなた、本気で言っているの?」
「…うん。でも、名古屋にはしょっちゅう帰ってくるから、心配しないでね。お母さんもいつでも遊びに来てね」
「…」

言葉が出なかった。

この女は、私が手塩にかけて大事に育ててきた息子を東京に連れて行くというだけではなく、法的にも奪おうとしているのだ。

それなのに、変わらず上品に微笑むだけ。

私のたった一つの宝物を奪おうとしているのに…澄ました顔をして、こちらを見つめている。

その上品さが、もはやおぞましかった。


息子の嫁にあらぬ嫉妬心を抱いてしまった女の狂気が今、はじまる…


勇一が名古屋を去るのは、あっという間だった。

「お母さん、何かあったらすぐに連絡してね。僕も頻繁にLINEするようにするから。身体には気を付けるんだよ」

家を出る最後の瞬間まで、勇一は私を気遣ってくれた。本当に良い子に育ってくれたと、改めて思う。

けれど、名古屋駅まで勇一を見送り家に帰ってきて、私は絶望した。

もともと広い家じゃなかったけれど、勇一のいなくなった家はガランとしていてだだっ広く感じる。

私の生きがいだった勇一は今、あの女と一緒になってしまった。

もう、私には誰もいないのだ。

勇一と過ごした楽しかった日々がフラッシュバックして、涙が溢れ出てきた。…悲しくて、寂しくて、どうしようもなかった。


人質


勇一が東京に旅立ってすぐ、女は妊娠。それから10ヶ月後、元気な男の子が生まれた。

名前は康太と名付けられたという。

もし勇一が婿養子になるのではなく、うちに女が嫁いでいたら、男の子には“一”という文字を使った名前を付けたかった。

それなのに、私のそんな気持ちなんて露知らず、勝手にそんな名前をつけてしまったらしい。向こうのご両親は、将来の跡取りだといって喜んでいるんだとか。

私の息子を奪っておきながら、孫まで自分たちのものにする気でいる…。

私はもう、正気ではいられなかった。




のぞみ1号は、三河安城駅を通過した。

もうすぐ名古屋に到着する。

すやすやと眠る康太を抱えながら、私は自分の取り返したものの温もりを感じていた。

「康太なんて名前はやめましょうね、…そうね、淳一がいいかしら」

さっきから、延々とスマホが鳴り続けている。

勇一か、あの女だろう。

私は昨日、初めてこの子の顔を見に東京へと遊びに行った。

最初はほんの数日だけ一緒に過ごして帰るつもりでいたけれど、あの女を見て、居ても立ってもいられなくなってしまった。

相変らず澄ました顔をしながら、勇一とこの子を我が物顔で扱うのだから。

けれど…

「久しぶりに2人で食事でも行ってきなさい」

私がそう言うと、2人は喜んで私にこの子を預けた。…拍子抜けするほど、簡単に。

それにしても、女は私に対して一切の警戒心がなかった。それってつまり、私に対して何の罪悪感もないということ。

…本当に、どうかしてる。

私はこの子を返さない。

あの女が私にひれ伏し、勇一を返すまで。

自分の親と一緒に暮らしながら、勇一まで奪っておいて、新しい命まで授かるなんて。

ひとりでそれだけの愛情を独り占めするなんて、ずる過ぎる。

私はたった一人で勇一を立派に育て上げたというのに…。

「淳一、今日からは新しいおうちですよ〜」

懐かしい重みを膝に感じながら、あの女が苦痛に歪む顔を想像する。

自分の子どもを奪われる苦しみを、思う存分知るがいい。

自分の犯した罪の重さを、思い知るがいい。

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