アスリートと「噛むこと」の親和性。ロッテが研究する「噛むこと」とパフォーマンスの関係
プロアスリートが、試合前後や試合中にガムを噛んでいる様子を見かけたことはありませんか?彼らがなぜガムを噛んでいるのか、気になったことはないでしょうか。
株式会社ロッテは、創業1948年以来チューイングガムを製造・販売し、「噛むこと」を研究し続けてきた会社です。「噛むこと」の価値を広く正しく届けたい思いから、2018年11月には「噛むこと研究部」を設立しています。
長年に渡り行なってきた医学、歯学、栄養学、スポーツ科学などさまざまな分野の研究者らとの共同研究による確かな成果をもとに、世の中へ「噛むこと」の重要性を発信しています。
スポーツ界でも注目されつつある、噛む力。ロッテでは、明治安田生命J1リーグに所属する川崎フロンターレやプロ野球の千葉ロッテマリーンズといったプロクラブにも「噛むこと」を取り入れていただいております。
これまでの研究成果やアスリートにおける「噛むこと」の重要性について、株式会社ロッテ中央研究所噛むこと研究部の井内田尊徳さんと東京歯科大学口腔健康科学講座スポーツ歯学研究室・教授でスポーツデンティストでもある 武田友孝さんにお話を伺いました。
なぜ、アスリートに噛むことを推奨しているのか
ーはじめに、噛むこと研究部が行なっている取組みについて教えてください。
井内田:武田教授の監修のもと、スポーツチームやアスリートを対象に噛むことの良さを知っていただき、練習や試合中にガムを噛むことを取り入れていただいております。具体的には、噛むことの知識や知見についての口腔健康セミナーの実施、咀嚼(そしゃく)能力判定とその結果に基づく噛むトレーニング指導を行なっています。
ースポーツにおいて、噛むことにはどのような効果があるのでしょうか。
武田:食べ物を噛むと、脳へ味や硬さなどに関する情報が伝わり、咀嚼筋とよばれる筋肉群が噛む強さを調整します。筋肉は単独で動くわけではなく、力を入れたところとは別に離れている筋肉とも連動することが分かっています(※)。このため、噛みしめることでふくらはぎの筋肉(ヒラメ筋)の興奮性が高まることが確認されています。
※運動生理学では、このように離れた筋肉の活動性を上げることを遠隔促通という。
東京歯科大学スポーツ歯学研究室・スポーツデンティスト 武田友孝さん
噛みしめることで、背中や腕などの筋活動量が約7~19%も増加することも明らかになっています。身体バランスが良くなり、頭部と視線も安定します。
噛みしめることで、筋活動量が上がる
出典:上野俊明: 噛みしめと上肢等尺性運動の関連性に関する研究. 口腔病学会雑誌 62:212-253,1995.
また、噛むことは集中力の向上や維持にもつながります。噛むことで脳の前頭前野という認知に関わる部位が刺激され、活性化するんです。スポーツに欠かせない瞬時の判断にも、良い効果があると考えられます。
ー噛むタイミングは、競技によって変わるのでしょうか?
武田:そうですね。競技だけでなく場面によっても異なります。ウエイトリフティングでは、強く噛みしめた方がいいと言われています。
他にも100メートル走を例に挙げると、スタートから数メートルはしっかりと噛んで、後半は口の周りの力を緩めて走っているようです。これは噛むことでスタート時の姿勢を安定させると同時に、スピードに乗るために地面をより強く蹴っているから。後半は手足をスムーズに動かすため身体に余計な力が入らないよう、噛む力を弱めリラックス状態をつくっているのです。
同じようなことは野球でも言えます。バッターがボールを打つ際、バットにボールが当たるまでは噛まずにリラックスした状態をつくり、ボールが当たる瞬間にグッと噛みしめてバットを握る手に力を入れています。
このように、タイミングを意識してしっかりと噛むことで、さまざまなメリットが生まれます。
ー噛むことと運動能力は、関係があるのでしょうか?
武田:しっかり噛むことで顎周りの筋肉・骨が発達し、骨も大きくなります。小さい頃に硬いものを食べることで、十分に栄養がとれ、身体づくりに繋がっていきます。今の子供たちは柔らかいものを食べることが多いからか、顎が小さい方が多い印象です。幼少期にこそ、よく噛んでもらいたいですね。
中学生を対象に、噛み合わせの強さ(噛合力)と運動能力の関係を調べた研究があります。「噛合力の高いグループは、噛合力の低いグループよりも運動能力が全般的に高い」と報告されています。
また、奥歯が噛めない状態では、背筋力が弱いという報告も。さらに、顎の位置がずれている人、 噛み合わせる歯の数が少ない人、など何らかの不整咬合がある人は直立時のふらつきが大きく、改善するとふらつきが小さくなるというデータもあります。
スポーツシーンで発揮される、噛むことの力
ーこれまでの研究成果をもとに、アスリート専用トレーニングガムの開発を進めておられます。一般的なガムと比較してどのような特徴があるのですか?
井内田:一般的なガムは、噛むにつれて硬さが大きく変化します。ですが、アスリート専用トレーニングガムは硬さの変化が少ないんです。一定の硬さが長く保たれるので、噛むトレーニングに適しています。
さらに各アスリートに合うよう、硬さを3段階、形状・香味をカスタマイズした60種類ものガムをそろえています。選手からも、好評の声を頂いています。
アスリート専用トレーニングガムの硬さを比較
<データ提供:株式会社ロッテ>
ーアスリートの方々はどのような目的でガムを噛んでいるのでしょうか?
井内田:プロゴルファーの中嶋常幸さんから、こんな話を聞いたことがあります。プレー中に緊張すると口の中が乾く。でも水を飲みすぎると、腹圧のバランスが崩れてショットが乱れると。そこで、中嶋さんはガムを噛むことで唾液を分泌し、口の中を潤していると聞いたことがあります。
プロサッカー選手の中でも、プレー中の口の中の潤いを保つためにガムを噛んでいるとおっしゃっている方もいます。
また最近注目されているeスポーツ界では、日本人初のプロゲーマー・梅原大吾選手にもプロフェッショナルガム(※)をご提供しました。梅原選手が競技に求めている能力について「反応速度」と「状況把握力」とお話しされておりました。それに対し武田さんから「モノを噛むことで脳に血流が増え、それにより認知機能を司る前頭前野の部分にも血流が増えますので、反応や認知の部分で良い影響を与えられるのではないか」とアドバイスいただき、トレーニング時や試合中にプロフェッショナルガムを取り入れられています。
このように、ガムとスポーツの親和性は高いんです。事実に基づき、正しく噛むことの重要性を伝えていきたいと思っています。
※プロフェッショナルガム:各選手の噛合力に合わせた硬さや、好みに応じた形状、フレーバーをカスタマイズしたトレーニングガム
ー最後に、スポーツ×噛むことに関して、今後の展望を教えてください。
井内田:ガムを単なるお菓子と捉えるのではなく、ガムを噛むことで唾液が出て口内が清潔に保たれるなど、健康ツールのひとつとして捉えていただきたいです。
ロッテではESG目標として2028年までに健康のために「噛むこと」を実践している人の割合を50%にするという目標があります。野球やサッカー、eスポーツなどとフィールドを広げながら、広く噛むことと健康の親和性を認識していただきたいですね。
株式会社ロッテ中央研究所噛むこと研究部井内田尊徳さん
ロッテ「噛むVP2021」が決定!
2021年より、もっとも“噛むこと”を広く啓発して活躍したアスリートに贈るアワードとして「噛むVP」を設立しました。日々練習に励み試合で活躍されるアスリートを称えるとともに、多くの方々に“噛むこと”の力が スポーツや健康増進に役立つことを、知っていただく機会になればと考えています。
2021年受賞者は、川崎フロンターレの家長昭博選手と、千葉ロッテマリーンズの中村奨吾選手です。お二人とも、ウォーミングアップや練習時にガムを噛むことを取り入れており、「噛むことで心身ともにリフレッシュできる」と話しています。
受賞にあたって家長選手は「ガムを噛んでいて良かったです(笑)。ガムを噛むと喉が潤っている感じがするので、自分としてはプレーしていてしっくりきます」とコメント。中村選手も「たくさんのアスリートの中から選んでいただき光栄です。ファンの皆さんが感じた悔しさは僕たちも一緒です。来年も“噛み合うチカラ”で一緒に戦っていきましょう」と述べています。
川崎フロンターレ・家長昭博選手
千葉ロッテマリーンズ・中村奨吾選手
<写真提供:株式会社ロッテ>