見栄と承認欲求で作りあげられたインターネットの世界。

ここでは誰もが『なりたい自分』になれる。

ハイブランドで全身を包み、華やかな日々をSNSに公開していた謎の女・カレン。

そんな彼女が、突然、この世を去った――

死によって炙り出される『彼女の本当の姿』とは…?

◆これまでのあらすじ

SNSで華やかな生活を披露していた謎の女・カレンが突然亡くなった。カレンとの仲は希薄だった玲香だが、彼女の妹から「形見分けをお願いしたい」と依頼されてしまう。渋々引き受けたのだったが…。

▶前回:夜の港区から突然姿を消したセレブ美女。遺された家族の言葉に違和感を感じた友人は…




Chapter.3 まつりのあと


芽衣らをカレンのマンションに招待した数日後。玲香は何げなく開いたフリマアプリで、見覚えのあるバッグを見つけ驚愕した。

「これ…カレンのバーキンじゃない」

サイズも素材も部屋にあったものと同じ。恐らく芽衣が出品したものだろう。

出品価格は300万円を超えている。相場として少々高額なところも釈然としない。

形見分けの作業の際、芽衣が真っ先に手にしたのがカレンのバーキンだった。彼女と一心同体だったバッグを芽衣に渡すのは複雑な心境だったが、だからと言って断ることもできなかった。

玲香の妹・明奈も「売りに出しても大丈夫」と言っていた。

手に渡った後はその人がどうしようと関係ないのだ――

玲香はそう言い聞かせ、無理やり納得しようとする。なぜなら、その後一向に形見分けが進んでいないからだ。

彼女と噂のあった森に声をかけようとしたが、彼は神出鬼没な存在で連絡の術が見つからない。

カレンのSNSの相互フォロワーに声をかけても、「受け取るような仲ではない」などと断られてばかりだ。

芽衣とともに部屋を訪れた悠里でさえも、「気味が悪い」と何も手にしようとしなかった。

気持ちは理解できる。当初は玲香も同じ思いだったから。自身も形見分けとして選んだものは、カレンの念が薄そうなワインなどの消えものである。

だからこそ、たとえ売りに出されたとしても、彼女の形見を受け取ってくれる人の存在が実はありがたいのだ。


形見分けを進めるために、玲香はある方法を思いつく


しびれを切らした玲香は、芽衣たちの時のように人をまとめて呼び、遺品を持ち帰ってもらうことを思いついた。

『今週の土曜、ホムパをしませんか?美味しいワインを手に入れたんです』

カレンの部屋で、形見分けを行うことも添え、ドン ペリニヨンにシャトー・シュヴァル・ブラン、貴腐ワインの王様、シャトー・ディケム…など、ワインセラーの中のラインナップを提示し、知人たちに連絡をする。

すると、ワイン好きが何人か興味を示し、訪問してくれることになった。




ホームパーティーの日――

玲香は前日の夜からマンションにこもり、レシピサイトを熟読しながらローストビーフやマリネサラダを準備した。

お取り寄せした月島のフレンチ『ル トレトゥール K』のリエットやキッシュなどを皿に並べたら、あとは客人を待つのみだ。

訪問者は、男女合わせて3人ほど。

ITベンチャー企業の経営者である音野弘忠ら、食事会で何度か顔を合わせたことがある面々である。

― 彼は、来てくれるかな…。

玲香は5歳上の恋人・加賀にも声をかけていた。

3日前に連絡して以降、まだ返事はなかったが、メッセージは既読になっているから頭には入れてくれているだろう。

父の大学の後輩である加賀とは、1年前に無理やり引き合わされた。

玲香は10代の頃から、古風な両親の考えのもと、彼らの知人の息子などと強引にお見合いをさせられてきた。ほとんどが退屈な出会いばかりだったが、彼は違った。

端正な顔立ちや、背が高くがっしりとしたルックスに玲香は一目で心奪われたのだ。そして、両親の後押しもあり、すぐに交際に発展した。

テーブルセットをしながらスマホを眺めていると、玲香の思いが通じたのか、ディスプレイに彼からのメッセージ通知が届いた。

『感染症の心配もあるからね。遠慮しておくよ』

彼は医師をしている。仕方ない、と言い聞かせながら玲香はLINEに笑顔のスタンプを返す。

― どうせ来ないなら、すぐに返事してくれたらよかったのに。

心の奥でポロリと本音が漏れた。

だが、いつものこと。ここ数ヶ月、彼とは1ヶ月に1回会えるかどうかだから。

「お邪魔しますー」

約束の時間より少々遅れ、一同は揃ってやってきた。

彼らは部屋に入るなり、モダンラグジュアリーなインテリアや、遺品の数々に目を奪われる。

「ここがあのカレンの部屋…」

なかでも音野は興味深げにそれらのひとつひとつに見入っていた。玲香はしめしめと微笑みながら、彼に近づく。

「音野さん。形見分けの希望があれば遠慮せずにおっしゃってくださいね」

「ああ、そうだね…でも、見ているだけだから」

強引な服屋の店員に話しかけられたかのような音野の態度に玲香は拍子抜けした。

― いっぱい持って行ってくれそうな雰囲気だったのに。

結局、宴はそのままスタートした。


音野が形見分けとして持っていったモノとは?


待ち人来ず


「玲香さん、お医者さんの彼、今日来るって言っていたよね」

高級ワインを何本かあけ、皆イイ感じに盛り上がっていたころ。参加者のひとりから、耳が痛くなる質問が投げかけられた。

ほろ酔いだった玲香も水をかけられたかのように現実に戻される。

「あ…あのね、実は急患が入ったみたいなの。みんなが来る前までいたけど、呼び出されて…」

一言、「来られなかった」と言えばいいのに、なぜ話を盛ってしまうのだろうと、質問に答えながら玲香は自問する。

「これ、彼が持ってきたモンラッシェ。せっかくだからあけましょう」

酔っていたからなのか、自棄になっていたのか…玲香は彼と飲もうと隠していたとっておきのワインの栓に手をかける。

ピュリニー・モンラッシェのグラン・クリュ。あまり市場に出回らない白ワインのプリンスとも称される逸品。玲香は26歳だが、年上と遊ぶことが多いため、否応なしにワインに詳しくなってしまった。

いいものは理解できるが、正直、細かな味の違いはわからない。高級ワインや希少ワインは名前と価値で酔っているようなものだ。

ここに集まっている自称ワイン好きの人たちも、はたして“本物”を理解できるのだろうか…。

偽物が紛れ込んでいても指摘できる人間はいないかもしれない。




昼過ぎに始まったパーティーは、暗くなるまで盛り上がった。

話題は音野が新しく始めた事業である、過去のガラケーやフィーチャーフォンのデータ管理サービスでもちきりだった。

酒の席での仕事の話や自分語りは鬱陶しいことこの上ないが、まだ40前後にもかかわらずどっしりとした音野の低音の声質は、ムード溢れるBGMのようだ。

うっとりと聞き惚れていたところ、誰かから声があがる

「じゃあ、そろそろお開きにしましょうか」

「形見分け、お気軽に持って行って下さいね!」

玲香は改めて本題を切り出したが、面々は「遠慮する」と口々に言った。

「正直、あのコとはほぼ面識ないし…」

「ここにあるバッグやアクセサリーなら自分で買えるから」

「そうですか…」

当てが外れた玲香はわかりやすく肩を落とした。しかし、そんな様子に同情したのか、音野は東の窓辺に置いてあった天然石の置物を手に取った。

「これは、ルビーかな?僕はこれを貰うよ」

大きさにして直径20cm。赤紫色の不思議な原石だ。

「ありがとうございます」

「ルビーは健康や仕事の活力を与えてくれる石だからね」

音野のような経営者には、運を磨くこともスキルのひとつと考え、パワーストーンを含むスピリチュアル系に詳しい者も多い。彼がそれを選ぶのも納得だった。



皆が帰り、宴の後の静寂を眺めながら、玲香はカレンのことを思い出す。

遅々として進まない形見分けの作業。

あんなに賑やかな輪の中にいた彼女が、ここまで敬遠されているとは…。

うっすら気づいていたが、これも彼女が命を落とした原因のひとつなのかもしれない。

なんて寂しい末路なのだろうか。

― 彼女みたいな最期になるのだけは絶対に嫌。

今の自分がカレンのような結末を避けるには、誰もが憧れる人と結婚し、幸せな家庭を作るしかない。しかし、今の状態で加賀と結婚できるのだろうか?

もし彼と結婚に行きつかず、このまま独りで年だけ取ってしまったら…と考えると玲香はぞっとするのだった。

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カレンを反面教師に幸せを掴むため動く玲香。だが人生は思うようにいかず…