高梨沙羅も失格となった規定違反、年々激化するスーツを巡る競争の舞台裏とは――【写真:Getty Images】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#34 計5選手が失格した大波乱のジャンプ混合団体

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載する。

 北京五輪で初採用のノルディックスキー・ジャンプ混合団体が7日に行われ、日本は高梨沙羅(クラレ)、佐藤幸椰(雪印メグミルク)、伊藤有希、小林陵侑(ともに土屋ホーム)の順で臨み、4位だった。1本目に、第1グループの高梨がスーツの規定違反でまさかの失格。男子個人ノーマルヒルで金メダルの小林陵が大ジャンプを見せたものの、メダルには手が届かなかった。計5選手が違反で失格となった大波乱の混合団体。年々激化するスーツを巡る競争の舞台裏とは――。(取材・文=水沼 一夫)

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 1回目、ヒルサイズ(106メートル)に迫る103メートルを飛んだ高梨は、着地後に笑顔をのぞかせる。会心のジャンプのはずだった。だが、その直後、スーツの規定違反で失格。記録は取り消された。

 スーツ規定違反は他国の選手にも及び、第1グループではベテランのダニエラ・イラシュコ(オーストリア)が、第3グループでは女子ノーマルヒル銀メダルのカタリナ・アルトハウス(ドイツ)が失格となった。

 日本が通過ギリギリの8位に入って迎えた2回目、高梨は険しい表情のまま飛び出すと、K点(95メートル)超えの98.5メートル。着地と同時に、我慢できずに顔を両手で覆って、涙に暮れた。

 各国に続々と失格者が出たことから、それでも日本はメダルの可能性を残した。小林陵の2回目の飛躍を前に、4位まで浮上する。3位カナダとの差は、距離換算で約9メートルだった。エースにかかる一発の期待。小林陵は、高梨が祈るように見つめるなか、106メートルの大ジャンプ。しかし、カナダの4人目も101.5メートルを飛び、万事休す。金メダルはスロベニア、銀メダルはロシア・オリンピック委員会(ROC)となった。

 報道によれば高梨の違反について、太もも回りが規定より2センチずつ大きかったと伝えられているが、スーツを含む道具の規定違反は、ジャンプでは珍しいことではない。2006年トリノ五輪では、ノーマルヒル予選で原田雅彦が失格となった。この時、足りなかった体重は「牛乳1本分」と言われた。ワールドカップ(W杯)では小林陵も違反の経験がある。

浮力を得るために年々激化するスーツの競争

 こうした舞台裏には、浮力を得るために年々激化するスーツの開発競争がある。

 スーツは国際スキー連盟(FIS)の規定があり、ほぼ毎年、大きさや通気量の測り方が変わる。そのルールに合わせて各国はスーツを作り、五輪のようなビッグイベントが控えている時は、そこに向けてテストを繰り返していく。スーツは使い続けると、生地が伸びたり、良いものは他国に真似されるため、完成度の高いスーツは、前哨戦では使わないこともあるほど。選手によっては、国内と海外の大会でスーツを使い分ける選手もいる。

 既定の範囲内で独自のカッティングを入れ、手を加える。そこにも各国の熾烈な争いがある。高い技術を持つ職人が、より良い待遇でライバル国に引き抜かれることも。メーカーが幅を持たせて作ったスーツを“縫い子”が個々の体型や体重に合わせて縫い直している。技術が先行しているのはジャンプの本場・欧州で、日本は長年後れを取っていた。競技力の向上が最優先ではあるものの、世界で勝つためには「そういうことに長けていないとダメ」と有力選手のコーチは話す。

 日本勢は以前からスーツの扱いには人一倍、神経を使っていた。理由は海外遠征の長さ。例年11月に冬のシーズンが始まり、3月まで続くため、帰国する日は限られる。中には体重を維持できず、やせてしまう選手がいる。「W杯で遠征しているうちに生地が伸びちゃう。ドイツなら家に帰れるから直せるけど、日本は帰れないからすごい気をつけている」とこぼす日本の関係者もいた。

 一方で、大会ではチェックする側の力量も問われ、「昨日と同じスーツなのに失格になった」というケースも。日々変化する体重に応じた最適なスーツを着るため、かつては選手個人が遠征に裁縫道具を持ち込んで調整していた。

 FISは抜き打ちチェックのほか、細工ができないように競技前にスーツを確認するなど手順を厳格化している。五輪という4年に一度の大一番。日本のスタッフは規定内のギリギリのところを攻め、細心の注意を払っていたはずだが、思わぬところで足をすくわれてしまった。

(水沼 一夫 / Kazuo Mizunuma)