田舎暮らしではなにに気をつけるべきか。ライターの柴田剛氏は「移住サイトなどにある情報を信用しすぎてはいけない。自ら現地を訪れるだけでなく、元住民に話を聞いてみるといい。その地域の独特の風習がわかることもある」という――。

※本稿は、柴田剛『地獄の田舎暮らし』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kimberrywood

■親切にしてくれた村役場の担当者

インターネット時代の今、田舎暮らしブームでの物件探しを支えるのが「移住サイト」だ。ある自治体では、移住問い合わせの9割近くがある移住サイトを経由してというほどの人気サイトもある。

移住サイトによっては、アクセスすれば、移住したい先の空き家物件が地域ごとにわかるばかりか、民間保有の物件でも、各市町村が窓口になっているため、半ば公共サイトとして認知され、信頼度も高いものもある。

市町村の窓口の多くは観光課や地域振興課なので、電話をかければ、物件を保有する業者への紹介だけでなく、それぞれの地域の暮らしぶりや生活環境などの情報を教えてもらえるのが強みだ。

いずれは農業をと考えていた40代のKさんはある移住サイトから知ったA県のある村に新天地を求めた。

人口1000人弱のその自治体には、移住サイトで物件があることを知り、春、夏、秋と何度か訪れた末に、村役場の担当者らからも話を聞いた。役場では就農したい者にはその斡旋もしてくれるという話だった。

「移住希望というと、実に懇切丁寧でした。役場の車で空き物件をそれぞれ案内してくれただけでなく、教育長といった立場の人間までもが、村の歴史などを自ら丁寧に教えてくれて、谷間の山村なのに、実に人情味あふれていて安心できました」(Kさん)

■「あんた、学校はどこでとる?」

役場ではさらに、移住サイトには掲載されていない、村営住宅も案内してくれ、Kさんは結局、戸建てではなく、「二戸いち」と呼ばれる、いわゆる二軒長屋に転入する。

転入に際しては、それまで住んでいた自治体から発行される収入証明書や課税証明書、そしてそこから、住民税の滞納がないかなどの書類を提出し、さらに二人の保証人をつけて、入居が認められた。

村にはほかにも、メゾネットタイプの、都会のマンション並みの設備が整った新築の村営住宅があり、そちらへの入居も勧められたが、「村に縁のない者が、いきなり村でもっとも新しい村営住宅に入居するのはさすがに気がひけた」ため、強く辞去して、村でももっとも古い、山の上の「二戸いち」への入居を決めた。

ほどなく、“洗礼”は始まった。

「村の人たちと仲良くなりたいと、ゲートボールに参加したのですが、まだ40代だった私はそのなかでも最年少でした。自己紹介をした直後、彼らから初めてかけられた声が、あんた、学校はどこでとる? でした。

質問攻めはそれを機に、親兄弟の仕事から何から、プライバシーのあらゆることに及んできました。もちろん村の人にとっては、こちらはどこの馬の骨かわからない不審者でしょうから、信頼関係を得ようとできるだけ丁寧に、丁寧に答えていたんですが、すぐに不思議なことに気づきました。

相手の家族のことやプライベートなことには差し障らないであろう、一般的なことなんかを訊いても、村の衆は決してこちらが訊いていることには一切答えないんです。露骨に無視です(苦笑)。あれっ、と思ったんですが、村の駐在さんのところでいろいろ話していると、どうやら違うようなんです」

■自慢話は絶対にしてはいけない

すでに定年を迎えた村の元駐在がこう説く。

「同じ土地の人間でも感じるのは、村人は、決して自分のことはしゃべらない。とくに人前では絶対にしゃべらない。だけれども、村の人一人が知ったことは、それこそ瞬時に村をめぐってる。インターネットよりも早いくらいだよ。とにかく、相手のことは訊いて訊いて訊きまくる。でも、自分のことは絶対にしゃべらない」

元駐在はそう教えて、昔の村内の広報誌を見せた。住民の一人から投稿された「井戸端会議」なる記事には、陰口をいましめると同時に、こうも書かれていた。

「それと共に自家の吹聴はしない事と、よそ様をほめて居れば決して間違いも不和も起きないが、自分で自分をほめると聞手の方ではおだやかならざる気持になってそれが人から陰口を云はれる原因にもなるのであるから口まで出かかった自慢でもグッと飲み込んでさえおけば万事無事である」

元駐在は、自分のことは絶対に語らない、それが小さな集落での和を保つ秘訣なのだろうと、そう教えるのだった。

こういった地域事情は移住サイトではなかなかわからない。

■治安の悪さは住んでみなければわからない

かつて炭鉱の町として栄えたB県のある地域は、炭鉱閉山後、地域振興の名目で、政府による多くの補助金が注がれたことに加え、圏内の高速道路網の充実や、経済都市である某政令指定都市とのアクセスも良好となったこともあり、移住者も順調に増え、昭和末期の暗さは薄まりつつある。かつて炭鉱住宅が立ち並んでいた旧産炭地域は今、続々と宅地造成されている。

もちろん、「人気」に嘘はないが、一方で見落とされがちなのが治安面の実態だ。「負のイメージ」である治安や犯罪発生状況については行政側から積極的に情報提供されることはほとんどなく、その実状を知ることは容易ではない。

国道沿いを眺めれば全国と変わらない飲食チェーンやパチンコチェーン、ショッピングモールが展開していても、地域事情までもが同一の光景とは限らない――。見落とされがちなのはこの点だ。

「新旧の住民構成が急激に変化した場所や、急速な地域環境の変化に見舞われた土地では、極端に走った犯罪が時に起こることも少なくない。同時に、程遠い治安状況の実態が、公表されている犯罪件数にすべて表れているわけでもない。

地方では、詐欺や傷害をはじめ、本来であれば殺人未遂の重大事件として立件されるべきものでも、地域事情から警察署が地域事情を考慮し、事件化、送検せずに処理しているものも多い。狭い社会、地域の紐帯の強い地方社会では、立件、検挙しないことでその後の地域の安寧を保つことに寄与する場合が多々あるからだ」(元県警職員)

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■「出て行った者」から話を聴くことも重要

もちろん、住んでみなければわからない細かい地域事情は、B県に限らず、全国どこにでもある。そうした事情は、やはり土地の出身者などに、地域の成り立ちの歴史的な経緯を含めて細かく訊ねるしかない。

表向きはきれいに区画整理され、新興住宅地として整備されていても、その住宅地を囲む“土地柄”や“地域事情”は、決して不動産会社や行政による移住促進パンフレットからでは見えてこない部分である。

移住先の土地を自ら訪れてみることが大切なのは言うまでもないが、それに加えて、その土地から「出て行った者」を探し、話を聴くことも肝要だ。さらに、地域特性がソフト面だとすれば、移住先住居などハード面にも事前の心配りが必要になる。

今でこそ交通や通信網が発達して情報のタイムラグはほとんどない。しかし、肝心なのは、同地出身者にしかわからない地域事情や歴史的な背景だろう。

「通勤時間帯を除けば電車は1時間に2〜3本、都市部から離れているので娯楽も限られている。物足りなさを感じて都会に出る若者も多い。私もその一人ですね」

同地域出身で関東在住の50代男性はそう話す。

■引っ越し先が地盤沈下を起こす事も

柴田剛『地獄の田舎暮らし』(ポプラ新書)

さらに、同地域を含む旧産炭地域では、かつて地下各所に張り巡らされた炭鉱採掘用の地下坑道がしばしば陥没する。新築住宅であっても、わずか数年のうちに襖や扉が締まらなくなることも多い。地下深くでかつての坑道が崩れると、地盤そのものが自然沈下するためだ。

「地元住民じゃ、そんな話は織り込み済みでトラブルにはならないが、知らずに外から入ってくると、施工不良だ、欠陥住宅だ、とトラブルも多い」(同地域の開発業者)

そんな話も、やはり移住者向けのパンフレットには「載っていない話」になる。

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柴田 剛(しばた・つよし)
ライター
地方移住や老後の住み替えなどについて取材するライター。
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(ライター 柴田 剛)